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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1509/1587

夜が白むまでは

「リングアのように、とは」


 その手では無いかな、と、マシディリはクイリッタの動かした駒を見て思った。

 周囲が言うよりも素直なところが多い弟である。幼い頃よりその性分は変わっていない。そう言うところも、晩年の父が傍に置いていた理由だろう。


「リングアがクイリッタを警戒しているように、だよ。まあ、リングア自身に対してでは無いけど、リングアがアフロポリネイオにいることに対して警戒と言うか注意を割いているのを否定するつもりも無いよ」


「ならば連れ戻しましょう」


 駒を持ち、返しの一手を。


「決めたことさ」

 マシディリは、目を閉じた。

「守ろうとすれば傷つけ、頼ろうとすれば手を引いてやりたくなる。難しいよ、本当に」


「で、兄上は如何されたいのですか?」

 事実のみを整理する声だ。


 大事なことである。余計な感情に走るよりも、必要なことかも知れない。そう思えばこそ、マシディリの口元もゆるく持ち上がった。


「当主としての判断を優先するよ。リングアの起用を続ける。ジャンドゥール伝手に父上の遺言もアフロポリネイオに伝えておくしね」


「カナロイアでなくて良いのですか?」


「ウェラテヌスから一歩離れているところの方が良いかなって。離れていると言っても、前はグライオ様、今はアビィティロとヴィルフェットだから腹心中の腹心だけどね」


 ただ、アフロポリネイオは無視する可能性が高い。


 ジャンドゥールも歴史ある国だが、カナロイアやアフロポリネイオ、そしてドーリスの三都市には及ばないのだ。国家としてもその三つは長らく維持されてきたが、メガロバシラスに手痛い劫掠にあったこともある。しかも、その前はジャンドゥールに対してカナロイア・ドーリス連合軍が戦っていたのだ。


 酷く昔の話だ。

 それでも、アフロポリネイオが態度を改めるまでに耳を貸すとは思えない。


 貸すとすれば、デオクシア。そして、その態度は大神官長デラコノスを批判するような態度と取られてしまう。自然、孤立は深まるものだ。


 そうは言っても、亡命してきたドーリス人よりも国家に尽くす気持ちが強く、居座り続けるだろうが。


「仕事の話はしないと言っておきながらだけど、デオクシアをビュザノンテンに入れて政治に関わらせるのはありかな?」


「それこそ此処でしかできない話では?」

 やるべきでしょう、とでも言うようにクイリッタが両手のひらをマシディリに向けるように、腕を横に広げた。


「デオクシアの才能を使わないのはもったいないと思います。むしろアフロポリネイオの大神官だったと言う地位を利用し、名目上は最高神祇官である兄上の下にしてエリポスでの行動を認めるのも有りではありませんか?


 アレッシア人でも無い者がアレッシアの政治を司るのは論外ですが、やってほしいのは民心の安定。北方諸部族やフロン・ティリドの部族長に一定の権限を認めて統治させるのと変わりません。エリポスも所詮は彼らと同じだと示す良い手だとも思います。


 もしも兄上が実行しづらいのでしたら、私が用いましょう。如何です? 巷が言うには、私が我が儘を言えば通るそうですよ」


「クイリッタ」

 言いつつも、漏れるのは呆れと諦めのため息。


「あまり、露悪的な行動はとらないでね」

 言っても聞かないだろうな、とは分かっている。


「優先順位は決めております。

 それに、私の功績だけでは今の私の地位はありませんでした。若くしての執政官もあり得ません。全ては、兄上を支えると言うことがあって、初めて成しえたこと。

 兄上のためになるのでしたら、悪逆であろうと何だろうとやってやりますよ」


「なら、余計な敵意を向けられるような真似はやめてほしいけどね」

「命を狙われるとすれば兄上です」

「最高神祇官は法で守られた存在だよ」


「その法が出来た後で、父上はアレッシア人に二度も暗殺を企図され、二度目で遂に命を落とされました」

「サジェッツァ様に二度目の意識は無かったと思うけどね」


 両者ともに口が閉じられる。

 この議論は平行線だ。二度やって、二度とも流れている。どちらも譲らなかったのだ。故に、変心はできないと二人とも知っている。


「ビュザノンテンの守りを堅くしたいのは、優先順位によって、かな」


「エリポスとの対決を見据えているのなら、必要なことでしょう。兄上がフロン・ティリド遠征に同行しただけの東方諸部族兵に与えた過大な臨時給金が、鉄鉱石と言う返礼となり始めた時期です。海路の維持は大事では? 特に、リントヘノス島をカナロイアの支配域として認めてしまっています。エレスポント島も、カナロイアの影響は避けられません。


 両島を睨み、海路の安全を図るにはやはりビュザノンテンは必須では無いでしょうか」


「両島ともに東方諸部族からアレッシアまでの航路を睨める上に、マフソレイオからエリポスや東方諸部族への航路上にもあるからね。見事な狙いだよ」


「兄上」

「ビュザノンテンはアレッシアから十分に遠いからね。物理的な距離が心の距離になるのは歴史上でも良くあること。いざという時に攻め落とせる都市じゃないと」


 クイリッタがため息と共に、駒を少し強く打った。


「他の人が聞けば、主張しているのは逆だと思うのでしょうね」

「クイリッタは誤解されやすいから」


「誤解ではありませんよ。結局はサテレスとディミテラの安全を保証したいから主張しているだけ。アレッシアのため。ウェラテヌスのため。それだけなら、ビュザノンテンの強化のために暗躍なんてしていません。

 ま、兄上に筒抜けでは暗躍と言えるかは分かりませんが、ね」


「もとより私から隠せるとも思っていないんじゃない?」

「分かりませんよ。隠そうと思えば隠せますから」

「ふふ。楽しみにしているよ」


 それこそ、マシディリからチアーラにやったようにでは無いが、マシディリの益に反することであればそれとなく匂わせてくるだろう。その信頼はある。ビュザノンテンもそうであるように。


「自信が無ければティツィアーノや第四軍団を近づけるような真似もしませんか」


「そうだね。ティツィアーノ様や第四軍団、そして亡命してきた方々によって大分状況は分かって来たよ。戦準備の進みも、実際にどこまで動員できるかも、どのような防衛思想を持っているかも。変えるとしてもどう守る方向になる可能性が高いかも」


「エリポスは丸裸、と」

「アフロポリネイオの攻略は進めておきたいけどねえ」


「兄上が惚れ込んだ人物です。そう易々とはいかないのは分かっていたのでは? いえ、楽しんでいるのでは、と言った方が良かったですか」

「はは。愛人をたくさん持つ人の気持ちが分かるような気もするよ。こうやって、どうすれば落ちるのか、来てくれるのかと考える時間は楽しいからね」


「その点で言えば、兄上は義姉上を決して手放さないようにした方が良いかと思います」

「もとより手放す気は無いさ」

 当然のことである。


「バーキリキとかクルカルとか、兄上は直接的に過ぎましたから」

「下手って?」

「まあ、女性に対しては、はい」


「べルティーナ以外に愛を囁く気は無いから。たとえ話でそこまで言わないでよ」

「はいはい」

 適当に流される。


「そう言えば、義姉上は母上に憧れていたのでしたっけ」

「叱りはしないよ」

「年若い巫女について、探られましたよ」

「私から言ってあるからね」

「パラティゾがフォンス伝手に注意を伝えたそうで」

「パラティゾ様にはべルティーナから?」

「ええ。呼び出したのか、婦人会でこぼしたのかは分かりませんが」

「頼もしい妻だよ」


 床払いが済めば、べルティーナは早速婦人会と言う名の茶会を再開したのだ。


 三女フェリトゥナのお披露目が名目とは言え、派閥を越えた奥方間の繋がりはマシディリにとっても良い力になっている。故サルトゥーラも、家を支配しているのは奥方であると、公的な場では唯一とも言える冗談を言っていたのだ。


 べルティーナ伝手に繋がりが強化されるのは、本当に心強い限りである。


「クイリッタも、カッサリアの家を大事にね」

「物品では示していますよ」


 不器用な男だ、とマシディリは苦笑した。

 気持ちはディミテラにしか伝えたくはない。そう言うことだろう。女性の気を惹くためにはなどと言いつつ、クイリッタも誠実さによって嘘を吐き続けられないのである。


「失礼いたします」


 火の元を持った奴隷が入ってきて、燭台に火を灯し始めた。


「あまり遅くならないように願います」


 まるで親のような注意を飛ばしつつ、奴隷が水と酒と茶、そして新たなドライフルーツを机の横に置いてくれる。


「ありがとうございます」


 返せば、やってくるのは礼儀正しいお辞儀。

 兄弟は、忠告など無かったかのようにその日も夜遅くまで遊戯に興じたのであった。

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