表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1507/1587

二頭様

「駒を犠牲にし過ぎているんじゃない?」

 傾いた陽がやわらいで伝わる室内に、マシディリの声が静かに広がった。


 薄暗くはない。ただし、備えとして部屋に燭台が並び始めている。先程まで残っていた夕食の香りは、今は小腹を埋めるための果実のさわやかな匂いに変わっていた。


「純粋に兄上と私の戦術家としての差では? 私であれば、私に対してもっと早く決着をつけられる時が多々見受けられましたが」


「はは。クイリッタが予想している手と言うことは、ただ味方を失うだけかも知れなかった手でもあると思うけどね」


 楽しく笑いながら、マシディリは駒の一つを手に取った。一手前の動きへと戻し、別の駒に手をかける。


「言いたいのは他のことでは?」

 対してクイリッタは、何の遠慮も無く自身の駒を最初の配置へと戻していた。


「他のこと?」

 感情と一致した笑みを変えず、マシディリも駒を最初の配置へと戻していく。


「人の使い方です。私に苦言を呈したいのでは?」

「折角の休暇中だと言うのに、また政治の話かい?」


 苦笑は本心だ。先の言葉で全部を語らなかったのも事実ではあるが、愛弟との旅行中にわざわざ嘘を並べることは無い。したくも無い。


「兄上」


 リングアや、あるいはマシディリのことも『生真面目』と言ったことのあるクイリッタだが、今回はクイリッタに対しても当て嵌まる。

 そんなことも感じながら、マシディリはクイリッタとしっかり視線を合わせた。


「クイリッタが処分を下したとはいえ、追放で終わらせている者も多いし、この前はウルバーニとかも使おうとしてくれたからね。クイリッタは十二分に私に寄り添ってくれていると思っているよ」


「そのウルバーニ。結局使えなかったではありませんか。使えない奴は一生使えない。ウルバーニの年齢ともなれば改善の見込みも無い。カルド島では自ら父上に売り込んで来たくせに、少し取り立てられれば遅参し、それでもと使われても成果を出せず、今回はアビィティロからも簡単な仕事しか任せられなくなった。

 兄上の方針では、時間がかかり過ぎます。ドーリスや調子に乗っているアフロポリネイオは、こちらの事情を鑑みて待ってくれなどしませんよ」


「二十年前の遅参を何時までも責められていては、ウルバーニも可哀想だよ。成果だって時の運だ。結局は勝敗だからね。それに、簡単な仕事でも人に任せないと回らないことはあるから。任せられる仕事がある時点で、大事な人材だよ」


「褒めているのか、貶しているのか」

「うん。簡単な、が余計だったね」


「義姉上と話しているように話していただければ」

「愛してる、と毎回言った方が良いかい?」


「やめましょう。気持ち悪い」

「ひどいなあ」

 少年時代と変わらない笑い声が、二人から発せられる。


 そろそろおやめになった方が、という奴隷の言葉には、すまないね、とだけ返した。奴隷からの返事はため息に近いモノ。

 気安い奴隷達だ。心を許した者しか連れてきていない。そして、忠誠心のある者だけを傍に置いている。


「夜は冷えます。お二人が体調を崩されて奥方様に叱られるのはお二人だけでは無いこともご理解いただければ、幸いです」


 少しだけ強い口調の後、寝具をお持ちいたします、と言って奴隷が出ていった。

 一足先に駒を並べ終えたクイリッタが、身を乗り出してくる。


「前々から思っていたのですが、兄上は少々無礼な人がお好みで?」

「自分を分析してそう思ったの?」

「兄上」


 はあ、と盛大なため息。

 悪戯っぽさを多分に含んだ笑みを浮かべながら、マシディリも駒を並べ終えた。


「べルティーナは礼儀正しい人だよ。子供達にも挨拶を始めとする礼儀をしっかりと教えているしね。能力の有無に関わらず、礼儀は身につけられるものだからって」


 礼儀にそった行動をされて不快になる者は少ないのだ。むしろ、礼儀になっていない行動をされることで不快感を持つ者の方が圧倒的に多い。

 自分が不要と思っても、他人は必要と思っていることが多いのも事実だ。


 人と関わるのなら出来る限りで行うべきであるし、特に外交に携わる身であるのなら他国の文化も知っておくのが最善。調停者として確立されるには、大前提にもなってくる。


「アスピデアウスの血と言えば、リクレスは後継者候補に名を挙げなくて良いのですか?」

「まだ六歳だよ」

「兄上は既に後継者候補でした」


「私はウェラテヌスの第一子だからね。でも、私の次はクイリッタだったよ。それに、カルド島攻略戦の直後にスペランツァが後継者候補に名を連ねたかい?」

「兄上がいましたからね。私も、リングアも」

「そう。ラエテルはその時の私達の年齢だよ。セアデラもいるしね」


 ただ、リクレスも覚えは早いと聞いている。

 主に体の使い方に対しての話であるが、今後座学でもそうであれば、一気に後継者候補になるだろう。ただし、十歳前後までは考え方の切り替え時期と言う話もあるので猶予が必要だ。


「性格としても我が儘放題でも無いし、あからさまに誰かを見下すことも無いし、弟妹の面倒も良く見てくれているからね。その点は心配していないかな」


「母親が義姉上であれば、ウェラテヌスとしての自覚に欠けることも無いでしょうし。むしろ欠けたら完全に見込みが無さすぎて取り違えを疑うほどですよ」


 一定以上の財がある者で取り違えなど、起こるはずも無い。

 貴族であれば財が無くともそのような状況を作ることは無い。

 つまり、二つが揃うウェラテヌスであれば、あり得ないことである。


「まあ、出来ればもう少し後継者候補が欲しいところですがね。愚弟達の例がありますので」

「優秀な弟妹の子供達がいるからね。そこは心配していないよ」


 クイリッタの眉間が面白いように寄る。その顔で、頭を左右に動かしていた。



「どこに?」


 たっぷりの間があっての、一言。


 マシディリも相変わらずの苦笑を浮かべるしかない。


「まあ、クイリッタの所もユリアンナの所も難しいかもしれないけど、チアーラは十分に可能だからね。スペランツァのところも一人にセルクラウスを継がせれば、あとは自由だし。リングアだってそうだよ。フィチリタもレピナもいる」


「フィチリタとレピナを入れてしまえば、それはもうセアデラやラエテルの子供達を後継者候補にするようでは?」


「あー、うん。そうかもしれないね。やめておこうか」

 でも、産まれていないと言う点ではこれからの私の子もそうじゃない?

 そんなことを言う前に、クイリッタの言葉がやってくる。


「それに、簡単に本流以外の者を後継者候補にしては乱れが生じます。私を含めて弟妹は皆兄上のことを慕っていますが、代を経るにつれ変わっていくのはどこを見ても明らかなはず。


 兄上。何よりもまず、兄上の絶対的な権力の確立とウェラテヌス本流の絶対的な権威こそを求めるべきでは?

 そのためにも、父上を神格化し、来るべき時が来たら、やけに前に出ていた私をビュザノンテンあたりに追放するふりをするのがよろしいかと思いますが」


 今度は、マシディリが大きなため息を吐いた。


「神格化の流れを止めにくくして、本当に厄介な弟達だよ」


 新たにスペランツァが賛成派として動き始めたのだ。

 他にも、リングア、チアーラ、レピナと賛成を露わにしている。フィチリタは消極的だが、嫁ぎ先のオピーマ内部からは歓迎する声がマシディリの耳にも届いていた。


 明確な反対派は、アグニッシモだけ。


 セアデラは「兄上がお決めになることですので」と何も明言していない。この件に関する発言にも細心の注意を払っているようだ。ラエテルは、「お爺様が神になったら、父上もなっちゃうよ」と言ってきている。


「民が望んでいる、なんて、如何ですか?」

 クイリッタの発言の最中に、奴隷が外の壁を叩いた。


「クイリッタ様に。緊急の御手紙が届いております」


 クイリッタの片眉と同じ方の口元が上がり、ため息を充満させた表情で奴隷に近づいて行った。静かな足音は、それでもうるさいと思わせる運び方が為されている。

 受け取りは丁寧に。されど広げるまでの動作は早く、忙しなく。


「『二頭様に』。ほら。他の奴は勝手なんですよ」


 クイリッタが吐き捨てた言葉は、きっと手紙の冒頭。

 レグラーレやリャトリーチかも報告が上がっている、クイリッタの権勢を揶揄したかのような言い回し。マシディリとクイリッタ。二つの頭がある、と。


「仕事の持ち込みは禁止したはずだけどね」

 マシディリは、仕事の仮面をかぶってそう笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ