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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1503/1588

セウヒギオの祭典

「セウヒギオの祭典に、是非とも参加させてみてほしいのです」


 エリポス式のレスリングをしている者達を見ながら、マシディリは静かに言った。


 マシディリが連れてきたのは各地からの屈強な男である。フラシ、ハフモニ、プラントゥム、北方諸部族、東方諸部族。様々な地域の男達に、セウヒギオの祭典で行われる競技のルールをひとしきり叩き込み、こうしてエリポスの選手たちと競わせたのだ。


 無論、八百長試合である。


 白熱はさせる。観客を盛り上げさせもする。粛々とさも真面目そうな顔をして椅子に座っていた宗教関係者達の尻を浮かび上がらせるほどの試合だ。


 でも、最後でエリポス人に花を持たせるようにと言い含めてある。破る者も出てくるだろうが、構わない。数が多すぎれば即座に処すが、数名ならば褒美を与えずにどこかで見切りをつけるだけ。


「多くの男が憧れ、誰もが熱狂する平和の祭典ですから。参加したい者は各地にいます。彼らの参加を認めることで、よりエリポスの影響力は高くなりましょう。

 そして、これは想定外だったのですが、彼らに勝つことで優れたエリポス人と言う喧伝もできます。何より、同じ顔触れだけによる慣れも防げ、白熱した試合を展開することもできるでしょう」


 参加したい者が各地にいる訳が無い。想定外なはずも無い。

 知らない者も多いのだ。ハフモニ人は知っていても、フラシの者では上層部しかセウヒギオの祭典は知らない。プラントゥム人はほぼ無知だ。


 だが、そんなことを伝える必要も無く、読み取らせるわけにもいかない。


「悪くはありませんが、毎回、マシディリ様が指導されるのかな」


 今回の宗教会議の議長が言う。

 鼻の穴がやや大きくなっていた。頬も、血色がよくなっている。


「私だけでは手が足りないでしょう。もちろん、ルールに詳しい者を多く集めるつもりでもいますが、エリポスの皆様の助けがあれば嬉しい限りですね」


「ほほほ」

 上機嫌が隠し切れていない笑い方だ。


 一応マシディリを紹介した形になっているカクラティスは、片眉を上げ、口を真っ直ぐに閉じている。息子のフォマルハウトはにこにこした顔を崩してはいなかった。


「当然、メガロバシラスからも選手団を派遣しても良い、と言うことですよね」


 承諾への障害を投げてきたのはエキシポンス。

 彼の紹介もカナロイアの父子だ。

 宗教会議の議長の顔が、椅子に座っていた時のむっつり顔へと変わっている。


(メガロバシラスの不都合、というよりは、カナロイアへのごますりかな)


 エキシポンスの行動を分析していると、選手と目が合った。


 自然な動作で指示を出す。派手な動きをしつつ、接戦を演じろ、の指示だ。必ず成功するとは思っていない。それでも、動きを変え、気勢をあげれば観客の注目は再び選手たちに集まるモノである。対戦相手も、また、警戒を強めて慎重になることが多いはずだ。


「平和の祭典です、イストミアン様。メガロバシラスが派遣すると言うことは、メガロバシラスも休戦せざるを得ないと言うこと。参加国が多いほどエリポスに静謐が訪れることは必定でしょう。特に、離れていればいるほど、行き帰りに時間がかかりますから」


「ふぅむ」


「では、アレッシアに参加してもらえれば、マシディリ様に仲裁を頼む必要も無くなるのですねえ」

 フォマルハウトがのんたりと言った。


 イストミアンの口元がまた引き締まる。冷や汗の垂れそうな視線はフォマルハウトへ。当のフォマルハウトは、試合に熱中しているかのように手を突き上げ、揺らしている。

 内心ほぞを噛んだのはエキシポンスか。それとも、織り込み済みか。


「規模の巨大化に伴う諸々の出費は、こちらで負担いたしますよ。無論、その分運営方法にも関わることにはなりますが」


 話す速度を落とし、視線も外す。言葉も、一度完全に切った。


「試合や審判には一切関わらないと神々にお約束いたしましょう」

 そして、話す速度も声音も元に戻す。


 当然のことしか言っていない。同時に、エリポス人が審判を買収しようが、有利な判定を下そうが、マシディリは何も言わないと提示したつもりだ。


 何より、フォマルハウトが意識させた停戦こそが欲しいはずである。


 ティツィアーノとクイリッタの軍団による睨み合いには、肝を冷やし続けていたはずだ。エリポス諸都市からマシディリへの贈り物が増えたことが何よりの証左である。タルキウスにも贈り物を届けている者達がいたが、タルキウスではこの件に噛むことができない。ルカッチャーノとしても苦渋の決断だっただろうが、贈り物の転送と執政官選挙の応援、宗教会議の出席辞退でタルキウスも停戦に噛んでいたことにした欲しいとマシディリに頼み込んできているのだ。


 そう。エリポス内部に於けるタルキウスの影響力排除には失敗した。

 そして、それ以上にマシディリの影響力拡大に成功している。


「興味があると言っているアレッシア人の中にも、本当にちらりと見たいだけの者が多いのです。ですが、アレッシアから派遣した者がいれば、彼らが出る間は滞在する者も出てくるでしょう。選手が増えれば、世話をする者も増えます。場所も多く必要になってくるでしょう。当然、彼は無償ではありませんし、アレッシアからであれば元老院からの支援を出す予定ですよ」


「そこまでするとは、怪しいな」

 直接言ってしまうあたり、もう一押しなのだろう。


「イストミアン様。当然のことではありませんか。セウヒギオの祭典に出るのは大きな名誉。子々孫々に誇れる勲章です。イストミアン様が考えられたように、アレッシアにも大きな益があるのですよ。だからこそ、支援する。至極当然な話だとは思いませんか?」


 でしょう、と、自然な動作で議長の前に手を差しだした。戻し際、するりと議長の腰帯に飾りをひっかける。大きな宝石のついた、原価の高い飾りだ。


 イストミアンがアレッシアについて快く思っていないのは知っている。

 同時に、欲張りであるとも。

 ならば、加工して形を変えられる物の方が喜ぶはずなのである。


「ま、私のほんの気持ちです。是非とも検討しておいてください。

 ドーリスにも、アフロポリネイオにも話に行かないといけませんから」


 こだわりない様子で、マシディリは宗教会議の議長から離れた。声掛けしたいような雰囲気を感じつつも、足は止めない。完全に無視をする。その離れる動作の中に、そろそろ決着をとの指示を混ぜ、選手に伝えるのも忘れなかった。


 次に向かう先は、選手に大声をかけているドーリス国王クスイア二世。

 マシディリが連れてきた選手団を纏めているのは、イーシグニスだ。ついにエリポスの娼館事情にも精通し始めた男は、選手団と言う男達にも人気がある。


「ドーリス人は強いですね」


 決着。

 ひっくり返され、規定秒数押さえつけられた奴隷を見ながらマシディリは告げた。


「連れてきたのは奴隷だろう」

「アレッシア人にも勝っていたとは思いますが。形として、欲しかったですか?」

「ふんっ」

 返事は、荒い鼻息。


 マシディリのエリポス遠征で、アフロポリネイオは大いに名を挙げたのだ。

 逆に下げたのがドーリス。ドーリス人傭兵がいての勝利であるのだが、そのドーリス人傭兵は圧倒的優勢を築いてもアレッシア第三軍団にはじき返されたと言う結果が残ってしまったのだ。


 その屈辱の意識は、濃いらしい。


 ティツィアーノとの一騎討ちでも、ティツィアーノが手加減せずに勝ったと聞いている。そのティツィアーノを簡単に転がし続けたアグニッシモの話も知る人は知っているのだ。


 そのアグニッシモが兄と慕い、一目置いているのがマシディリだが、残念ながらマシディリとアグニッシモではアグニッシモの方が強い。そのことを知らずに囁く人の、なんと多いことか。


「セウヒギオの祭典への参加が認められたら、今回連れてきた奴隷の国々よりもアレッシア選手団を最大規模にしたいと考えています」


「当然だな」

 クスイア二世は目も合わせようとはしてこない。正中線も向かないまま。ただし、足は閉じていなかった。


「私は予定が少々立て込んでいますので宗教会議の終わりと共に動きますので選手団と歯別行動になります。選手団は、私の腹心であるイーシグニスとイロリウスの新当主アリスメノディオに任せていますので。つもる話があればしていただけると幸いです。

 特にアリスメノディオは、自身も幾つかの競技を体験するほどに熱を入れてくれましたので、陛下のお言葉あると舞い上がるでしょう」


 イフェメラ様も、先王陛下のことを尊敬されていましたから。

 そう、とどめをつけて。


 クスイア二世が想定通りに動くとの確信を得ると、マシディリは次へと向かう前に選手たちへの激励に向かったのだった。

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