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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1502/1588

良く知る兄弟 Ⅱ

「トリアンフは母上に懸想していたどころか媚薬まで盛ろうとした獣以下の獣です。兄上がレピナに媚薬を盛って肉体関係を結ぼうとするようなものですよ?」


「この上なく気持ち悪いね」


「ええ。屑の中の屑です。

 その妹であり兄弟の長女であるプレシーモは無駄にアレッシアを引っ掻き回した。黙っていれば父上のカルド島遠征ももっと円滑に進み、ヴィンド様やネーレ様を喪わずに済んだかもしれないのに。あの女がクエヌレスを牛耳り、タヴォラドの伯父上からアレッシアの権力を奪ってセルクラウスを手に入れようとしたことでどれだけの被害が出ましたか?


 三男コルドーニはまるで親し気に自身の兄にすり寄り、トリアンフの失脚を影で演出し、アレッシアの大権を奪うように手に入れて、八万の人を血の海に変えた馬鹿。


 フィアバの叔母上は、まあ、何も無いです。フィルフィアは裏切り者。しかも、裏切ってイフェメラに着いた癖に土壇場でイフェメラも裏切って神の怒りに触れた。ティミドは、もう言うまでもありませんね。


 尤も、コルドーニに関しては、私がそのようであるとなぞらえる者も多いみたいですが」


「トリアンフの伯父上と違って、私はクイリッタを深く信頼しているし、愛しているよ」

「兄上。トリアンフと兄上を重ねるところから間違っているのです」

「じゃあ、コルドーニとなぞらえるのも間違いだ」


「ですから」

 はあ、と今度はクイリッタが溜息を吐いた。

 気にしていないのでそれで良いですよ、と流されてしまいもする。


「クイリッタの当選はクイリッタの力があってこそ。クイリッタの政策も、クイリッタとウェラテヌスの年と言われたのも全てクイリッタの力。でも、リングアを起用したのは私の責任。私が無理を押し通したから。

 クイリッタにこすりつけようとする者達は妬んでいるにすぎないよ」


「いっそのこと、私が責任を持ってリングアを回収して庇うようにしてしまうのもよろしいかと」

「クイリッタ」


「現実的な利益を考えてのことです。執政官選挙に辞退せよと言う風聞が広がらなかったのは流石ですが、当選後に辞任を求めてこないとも限りません。相方がファリチェになりますので降りても問題無いのですが、確実に名に傷がつきます」


「でも、責任は私が取るべきだよ。そうじゃないと、誰も私を信頼してくれなくなる。責任から逃げるような者には頼りたくないでしょ?」


 今度もため息はクイリッタから。

 ただし、先ほどと二人の持つ意味合いは入れ替わっている。


「ファリチェも四十五で執政官と若い部類だからね。幾ら民会からの強い後押しがあると言っても、私の辞退は避けなければならないと分かっているよ」


「リングアの馬鹿をアレッシアに引き上げさせることになったら、ウェラテヌス邸には入れずにカッサリア邸に持ってきてください。私が責任を持って軟禁いたします」


「お手柔らかにね」


「馬鹿な弟妹に兄上の手を焼かせるわけにはいきませんから。スペランツァは父上にとっての叔母上のようなモノだと思えば強力な味方ではありますが、アグニッシモの遠征は兄上の助力が前提です。

 あの愚弟が。政治力の無いアイツですら総大将に据えざるを得ない状況を果たして分かっているのか」


「アグニッシモは優秀だよ」

「兄上はいつもそうだ。あれは良い。あれも使える。そう言って誰も彼も残す」


「クイリッタだって、ウルバーニを使ったでしょ?」

「使えましたか?」


「遅刻はしなかったよ。物資の運搬も真剣にやってくれたみたいだしね」

「当然のことです。スピリッテじゃなくてアイツが死ねば良かったのに」


「スピリッテ様が生きていたとして、スペランツァはセルクラウスに入っていたのかな」

「さあ。ベネシーカに弟ができないとも限らないですし、タヴォラドの伯父上がスペランツァに残すこともあり得ますし。大逆転でリングアを指名した可能性も捨てられませんが、その場合はティバリウスにスペランツァかアグニッシモが取られるとなると、まあ」


「生き残っているには意味があるはずだよ」

「その博愛で足元がすくわれないことを祈っております」

「転びそうになったら助けてくれるでしょ?」

「しかし、デオクシアは良くやっておりますね」


「露骨に話を逸らしたね」

 マシディリは苦笑したが、クイリッタには取り合ってもらえない。


「アレッシア製品の否定を続けることで大神官長が飛ばされるのを防いでいる。いや、兄上が飛ばさざるを得ない状況を作らないようにしているのか、私が強権を発動できないようにしたのか。


 ただ、自らがアレッシアの最前線に立つだけではなくアフロポリネイオ市民からも嫌われるとは。兄上にとって非常に都合の良い展開ですね。リングアの馬鹿があそこまで生活拠点を作ったのも、子供までこさえた以上はまさか計略とは思わないでしょう。尤も、あの愚弟はそんなこと知らないのですが。


 全て、兄上の掌中ですか?」


「私を悪人みたいに言わないでよ」

「母上の死後、即座にシジェロを排除した人が何をおっしゃるのやら」

「父上に言い寄る女を殺して、と言うのが母上の遺言だよ」


 実際はサンヌスの部落で匿い、神託を聞くために利用していたのだが。

 あくどさで言えば、殺したのと変わらないとマシディリは認識している。


「タルキウスも、どうやって丸め込んだのですか?」

「クイリッタも知っているでしょ?」


「ルカッチャーノが手を引くとは思えませんでしたが」

「私がタルキウスとの婚姻も考え続けているように、タルキウスの中にもラエテルかセアデラとの婚姻を考えている者も多いと言うだけさ」


「セアデラの考えが分からない兄上では無いと思いますが、兄上もセアデラの考えが分かっていないのでは?」

「本当に分かっていなかったらルカッチャーノ様に直接持って行っているし、セアデラにも話をしているよ」


「綱渡りですね」

「此処まで大きくなったからね。仕方がないよ。失敗すれば、一気に食い荒らされる。セルクラウスのように踏みとどまれる方が珍しいさ」


 現に、タイリー・セルクラウスについていって巨大化したクエヌレスは、今や後回しにされるような家門になっている。タイリーの義息、プレシーモを娶ったバッタリーセは北方諸部族との交渉でアレッシア側随一の窓口であったにも関わらず、だ。


 それでも、第二次フラシ戦争後はまだクエヌレスの者が起用されていた。


 だが、北方仕置きではサジェッツァの弟であるエスヴァンネ・アスピデアウスが起用され、クエヌレスの者は高官にすら起用されず。次の騒乱でアレッシア側が中心的な起用を迷ったのはジャンパオロ・ナレティクスかルカッチャーノ・タルキウスか、で。

 今回の遠征でも、アビィティロはクエヌレスの者を交渉で起用することを打ち切っている。


「クイリッタも気を付けてね。蒼。一応、ルカッチャーノ様が気にしていたよ」


 くい、とクイリッタが外套を引っ張った。


「今度は蒼のペリースをつけて元老院に向かいます。執政官として残りの月日は、『精力的な活動』をする予定ですので」


「刺激しすぎないようにね」

 何を言ってもやるのだろう。

 だから、やわらかく言うにとどめる。閉じた瞼の裏にも、クイリッタの付けている蒼が浮かんでいるのだ。直に、アレッシア人の多くがこの蒼とクイリッタを結び付ける。


 その前の所有者、ルカッチャーノ・タルキウスの印象をはがして。クイリッタ・ウェラテヌスが蒼いペリースの持ち主となるのだ。そして、赤の印象はアグニッシモへ。



「兄上もお気を付けください。


 アレッシア人を第一にする。アレッシア人以外がアレッシアの国政を担えないようにする。

 そうはいっていても、結局はエリポスやマフソレイオの力を借りている、外国の力を入れていると陰口を叩いている者も居ますので。


 特に、父上は宗教会議を利用し、出席の打診も断り続けていました。ですが、今回、兄上は仕方が無かったとはいえ、出席したがっていると言うようにも見えております。特に、タルキウスは利用してくるでしょう。


 弱気と思われるような対応は、くれぐれも」


「お詫びとしてアレッシアの優れた製品をより流通させるだけだよ。技術自体は渡さないさ。それに、下交渉は終わっているしね。アレッシアの神々を祀る神殿がエリポスにも増えるよ。アフロポリネイオとの交渉後に、建設を開始してね」


「それだけの明確な侵略を理解できない愚か者が多いこともお忘れなく」


「手厳しいね、クイリッタ」

「失礼。ティツィアーノの顔を毎日のように見ていたもので」


「仲良くしてよ。一応、縁戚関係になるんでしょ」

「私はしてやっても良いと思っていますよ。向こうが私を嫌っているのです」


 今日一番の白い息が、マシディリの口からこぼれた。

 お互い様だろう。ティツィアーノも、同じことを言うはずだ。


「ま、もうちょっとしたら二人で休暇を取ろうか」

「誰がティツィアーノなんかと」

「私とクイリッタで、だよ」


 クイリッタが机に肘をついた。手のひらに顎を乗せ、そっぽを向いている。顔の赤さは、寒さもあるだろうが。


「父上に弟がいて同じことをしようとしたら、母上が許さなかったと思いますがね」

「それぐらい私とべルティーナが仲良く見ているのなら良かったよ」


「はいはい。どうせ、断っても断ってもやるつもりでしょ? なら、アグニッシモが遠征準備中でスペランツァが本格的に復帰した僅かな間にちゃちゃっと行きますか」


「仕事みたいにこなすね」

「え? 仕事じゃないんですか」

「傷つくなあ」


 肩を竦め、眉を下げる。

 クイリッタは片側の口角を上げ、へっ、と肩を揺らしていた。

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