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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1494/1589

立ち場がある

 情勢はめまぐるしく動く。

 対処するには、マシディリもディファ・マルティーマに留まり続けた方が良かっただろう。実際、セアデラかラエテルを送ろうかという話も、べルティーナからは出ていた。


 だが、そう言う訳にもいかない。

 傍から見たらあべこべなのだ。


 クイリッタを遠征に出し、アグニッシモが後方支援を行っているなど、誰が考えても逆の方が適切なのである。それでもとアグニッシモを後方にし、その近くにマシディリがいれば周りはどう見るのか。マシディリでなくともセアデラやラエテル、もちろん、スペランツァも傍に置いておくわけにはいかない。


 故に、デオクシアの滞在が終わると同時にマシディリもディファ・マルティーマを発つ。できればディファ・マルティーマで受け取った方が良い手紙を渡されたのも、道中で。


「メガロバシラスは何と言っているんですか?」

 ピラストロが、マシディリに遠慮なく水を飲みながら聞いてきた。

 咎める者は誰もいない。マシディリも、咎める気は無かった。


「カナロイアと婚姻を結ぶつもりだと言ってきているよ」

「えっと、弟が確か」

「兄の方だね」

「兄かあ」


 ピラストロが口を溶かす。

 ピラストロの反応がこれならば、他の者の反応も想像に難くない。


「悪い話では無いよ」

「ですが、幾らユリアンナ様が嫁がれていると言っても、あまり嬉しくない婚姻同盟じゃないですか? ユリアンナ様には王妃っていう明確な政敵がいますし、エキシポンス陛下にとっても兄殿下は王位を争った間柄でしたよね。あれ? 争ってますよね?」

「争っているね」


 落ち着いて答えつつ、手紙を閉じる。

 次の手紙は、ティツィアーノから。



「嫁いでいくのは王妃派の人間です。外から見れば、人質を差し出した形。カナロイアからすれば私と関係が近そうなメガロバシラスの監視。ユリアンナからすれば厄介払いだね。

 メガロバシラスからすれば、下がり続けている威信を保つ絶好機。ふいには出来ないよ。エキシポンスからすれば、ユリアンナも使って最大の政敵を監視できる、と。


 私は表立っては関わらないけど、どこかで接触を持っておかないとね。本題は、相変わらず軍拡だろうけど」


 ティツィアーノからの手紙を読みながら、エキシポンスからの手紙を解読する。


「どうしてですか?」


「船だよ。メガロバシラスの船をフロン・ティリド遠征で使ったことは話してあるからね。その話を聞きつつ、戦場で使えるならばとカナロイアの知識を手に入れる。当然、使い道は軍団になるでしょ? その話を私の耳に入れておくことで、軍拡させるつもりは無かったと言う言い訳を使えなくしたいと言う算段じゃないかな」


 声にすることで、頭の中が整理される。

 その点で考えれば、ピラストロはこの場の適任とも言えるのだ。


(どうしましょうかね)


「是非アレッシアに知識を、とでもしておこうか」

「リングア様伝手に?」

「いや。直接。無理なら、クイリッタからで、だね」


 口が閉ざされたまま、ピラストロの顔が縦に伸びた。戻り、また伸び。細かい頷きが発生する。


「言いたいことがあるなら言って良いよ」


「リングア様に言っても仕方が無いかあ、と思いました。あ、リングア様は優秀だと知っておりますよ。私よりもずっとずっと頭が良い方ですし。でも、うん」


 ピラストロの口が、先ほどよりもしっかりと締められた。視線もマシディリから逃れるかのように斜め下へ。


 繋がる予定だったのは、批判か非難の言葉か。


 ピラストロは、常に兵に近い場所で指揮を執ってきた身だ。戦場に立たないリングアがこうして高い地位にいるかのような行動に対しての思いは人一倍持っているだろう。

 こればかりは感情の問題だ。マシディリが、どうこうしてやれることは無い。


(いえ。するつもりが無い、の方が適切ですかね)


 自嘲の笑みを、浮かべはしない。

 やらねばならないのだ。


 今のマシディリは、ウェラテヌスの当主にしてアレッシアの最高神祇官。未だに広範囲に及ぶ強大な軍事命令権を有する者。


「ティツィアーノ様への宗教会議の誘いは、婚姻の席で新郎新婦からさせるよ」

「良いの? ですか?」

「もちろん。ティツィアーノ様は断ってくれるからね。せめて形は整えてあげないと」


 受けるわけにはいかない危険なモノだと言う形を。


(タルキウスにも動かないと、ですね)

 次の手紙、アビィティロからの手紙を開きながら、思案する。


 アビィティロからの手紙であるが、作戦の主導者はアビィティロでは無い。整えたのはクイリッタであり、発布させたのは元老院。政略的に見ればマシディリが出向くほどではないが、マシディリが直接指揮を執った方が上手く行く可能性が高い事項。


 それを、アビィティロに任せる形で行っているのだ。


 半島北方で行われていることを思えば、ディファ・マルティーマから引いて正解だったのかもしれない。あるいは、ディファ・マルティーマから繋がる海運で情報の伝達速度を上げていた方が正解だった可能性もある。


(いずれにせよ)

 マシディリは、アグニッシモの功績がしっかりと知られることを取った。


 そこに後悔は無い。


 クイリッタの存在感ははっきりと上昇しているが、最もマシディリの意に近い弟としてアグニッシモが知れ渡ることもウェラテヌスの利益である。特に、二人の弟の動きに怪しさを見いだせてしまう状況であるのならば。


(クイリッタがいない間は、ですね)


 文章がまとまれば馬を止めさせ、手紙をしたためる。

 ほとんどは武骨な手紙だ。入りだけは気を遣い、事実では無く感情を使って褒め、されど長すぎないように本題にもすぐに入る。そんな、事務的な手紙。


 違うのは、愛妻に対しての手紙だけ。


 カルド島で聞いた、柑橘類で香り付けした油を紙に少量垂らして匂い付けをしてみたのだ。文章も、身重の妻を気遣って短くしようとしたが、どうしてもそれなりの量にはなってしまう。


 仕方がない。

 誰に対して書いているのかが傍から見て一目瞭然であるのも、致し方の無いことだ。


「日に日に変わりますね」

「情勢が? ですか?」

「アグリコーラも、だよ」


 紫色のペリースを整え、左手に父と同じように、そして父より大きな革手袋をはめる。


 名目としては、最高神祇官としての仕事だ。

 アグリコーラの管轄はアスピデアウス。今はクイリッタが少々奪い、復興を進めたようなモノではあるが、ウェラテヌスが大きな顔をする利点は無い。


 だからこそ、復興に伴って各地を守るように配置した神殿を視察すると言う名目で回るのである。


 最初は、運命の女神。正確には、使者を送ったのはアレッシアの守り神である処女神の神殿だが、配慮するようにアスピデアウス派の人間を多く経由しているため、時間がかかるのだ。


 その間に、自らが信奉する神の神殿に赴いたのである。


 立派だが、静かな神殿だ。

 天秤と羽の生えた靴がかたどられた像が置かれている。石も白すぎず、かといって安過ぎず。新品故の派手さは、目を瞑るしかない。


「お待ちしておりました」


 年若い神官が落ち着いた声音で頭を下げた。


 マシディリが抜擢した人間である。アレッシアを裏切ったことで文字通り壊滅した以前のアグリコーラ。そこに縁があり、なおかつアレッシアに忠誠を誓っているのが本人の言葉や行動だけでなく、記録からも恩があると分かる人物。もちろん、神官に抜擢できるだけの実績や経歴も必要だ。


 そうなれば、自ずと彼しかいなかったのである。


「安産祈願ですか?」


 旅装の汚れを落とすことを想定してか、奴隷が少し離れたところで桶や布の準備を始める。衣服も出てきた。


 細やかな気配りの出来る人物だ。

 べルティーナの出産予定日や、マシディリの性格も考えているのだろう。あるいは、ウェラテヌスに対してならばどのような言葉が、家に喜ばれるのかを考えてなのか。


 だが、ずれている。

 そのことを責めるつもりは無い。

 マシディリが伝えていないのだから、分かるはずが無いのだ。


「そうですね。安産祈願が一番、ですね」


 目を、神官に。

 マシディリは、すっかりと作り慣れた笑みを浮かべ、神官に好意的な感情を伝えた。

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