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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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孤独になったとしても Ⅲ

「私が思うよりもアフロポリネイオにとって利が無いのなら、また別の方法も考えますよ」


 本当に言い方に気を遣う日だ。

 そう思いながら、決して悪い方向、デオクシアの能力を疑っているようには聞こえないように態度に気を配る。視線、重心、手の開き。机があって見えないはずだが、その見えない膝のみならずつま先までもしっかりと意識して。


「今は戦場にならないことに大きな利がある。アフロポリネイオは、籠城戦を展開したばかりだ。とてもじゃないが次の大規模な戦には耐えられない。

 このことを良く理解しているのが、アフロポリネイオ人ではなくマシディリ様なのが耐えがたい恥辱ではありますが」


 デオクシアが僅かに下唇を噛んだ。


「随分と高く評価してくださっていることで」

「こちらの情報は駐屯しているアレッシア人から漏れていると想定してのことだ」


「リングアが筆まめだと?」

「リングア・ウェラテヌスはまめな性格ではなさそうだが。政治的な発言力がある訳でもなさそうだ。影響力があるのが厄介と言ったところか」


 デオクシアが、に、と片側の口角を持ち上げる。

 マシディリは能面。拒絶の色を浮かばせないために、目の大きさに最も気を配っておく。


「この前、ウェラテヌスの兄弟が集まった時は私と一番会話しなかった弟でしたね。もちろん、モニコースなども弟に含めていますよ」


「モニコース殿下との会話量は多かったのでは?」

「何故?」

「ドーリス。誤魔化せるものでもありますまい。尤も、隠すつもりもなさそうではあるが」


 言わせたい。

 その思いが、共通か。


「チアーラは、オピーマに当てましたよ」

「クスイア二世は、ティツィアーノ・アスピデアウスに特別な贈り物をしたとも、していないとも」


「したかしていないかは、特別な贈り物であるかどうかの判別による、という話ではありませんか?」

「やはり耳目は残っていましたか」


「もとより失われたとも思っていなかったでしょう? デラコノス様は分かりませんが」


 マシディリは、盛大にため息を吐いた。

 憂いを満ちさせたため息である。演技なのを完全に見抜かれても、配慮だと分かるように首を始めとする急所もデオクシアから見えるようにして、机の下で足を開く。



「大神官長があの様子で大丈夫なのですか? 流石に、デオクシア様が就くのはまだまだ問題が山積しているとは分かるのですが。


 祖国が。


 不安であるならば。


 そのあたりは如何お考えなのかと思った次第です。無論、デラコノス様自身も優れた御仁ではありますでしょうが、今日のなさりようは神に仕えると言う大前提が抜け落ちた高慢な振る舞いに映ります」


「こうまん」

 エリポス語だ。

 しかし、心が無い言葉である。目に力が無い訳でも無く、表情も引き締まっている。

 即ち、場を繋ぐためにマシディリの言葉を繰り返しただけの可能性が高い。


「首輪に繋げた狂犬を用いて強権を発動できるだけの状態に持っていこうとするのは、悪くは無い考えだと私も思っております。問題は、首輪をつけていても、檻に入っているのはこちらになりそうなことでしょうか」


「檻の中であれば犬にかまれることも無いでしょう」

「本当に犬の範囲で収まっていれば良いのですがね」


 くすくすと笑う。

 陽が傾き、影は大分伸びてきた。それでも室内に届くには足りず、室内を照らすにも太陽の角度が高い。


「わん」

 揶揄うように、冷たい頬で、無感情な目の目じりだけを下げて。


「趣味が悪い」

 デオクシアが目を閉じた。真顔だ。手は閉じられている。


「差し当たってはティツィアーノ・アスピデアウスとクイリッタ・ウェラテヌスの武力衝突の回避を。私から、公的な声明を発表いたしましょう。出来る限りではありますが、大神官長殿との連名あるいは大神官の名を連ねさせていただきます」


「ええ。独裁官でも無ければ執政官でもありませんが、二人には私から停戦命令と職務分担をしっかりとお伝えいたします。そちらが出す声明の連名は、どうぞ、ご自由に」


 アフロポリネイオも、政治闘争は続いている。

 その中でリングア・ウェラテヌスと大神官長デラコノスの繋がりは厄介なことこの上ないのだろう。


(利用する手も考えましたが)

 目を閉じて茶を飲み、冷たく昏い視線を瞼の内で処理する。


 デオクシアは、リングアの排除を直接は求めなかった。利用をしようともしていない。少なくとも、マシディリに配慮してリングアの扱いには触れないようにしていたのである。


 一方でデラコノスは知らない可能性が高いとはいえ父エスピラの遺言すらも踏みにじるように行動してきた。向こうにとっては娘を野蛮人の愛人に捧げてやったと言うような上から目線もあるだろう。感謝されて当然と言う傲慢な心も、報告書からは透けて見える。


 名前が似ているから。

 何度か聞いただけのアレッシア人は区別がつかず、記憶によっては二人の功績は一致するだろうから。


 そんな風な作戦は、採りたくは無い。

 そう思い、マシディリがそのような行動をとれないだけの誠実さは受け取ったつもりである。


「これは、戯れとして聞いてほしいのですが」


 ゆるりと口を開き、重い幕が上がるように瞼を持ち上げる。


 空気も同じように重くした。残る暑さも、マシディリの雰囲気で冷やしていく。太陽の傾きは、室内の明かりも減らしていった。


「アフロポリネイオがティツィアーノ様への宗教会議出席の打診を盛大に取り下げれば、私の行動が正しく貴方がたへの利益にもなると思うのですが」


 アフロポリネイオとドーリスが連名でティツィアーノに打診したことは知っている。

 ただし、今年のことでは無い。昨年の宗教会議で、だ。その場で、カナロイアがクイリッタに打診した様に、二国は来年も是非にとティツィアーノに打診したのである。


 ジャンドゥールは動かず。メガロバシラスは、自らの参加を打診する際に一緒にどうかなと聞く予定である、と国王エキシポンスからの私信が届いていた。


「珍しいですね」


 発言が止まるのが。

 発言が止まった隙を突くのが上手いデオクシアが、口ごもるのが。


 自身が影の中にあるのを確認しつつ、マシディリはゆっくりと両腕を机の上に置いた。間は広げ、懐がデオクシアから見えるようにする。その状態で、腕は前へ。どんどんマシディリの領域を広げるように。


「戯れ、ですよ。返答を受けて何かを変えることは致しません。アレッシアの神々と、父上と母上に誓って」


 凹凸はあるのに抑揚の無い声。

 矛盾しているが、評するならばそのような声を出した。

 デオクシアの瞬きは、無い。ただし眼球は細かく動いている。


「私は、ドーリスに。共に」


 ドーリスと共に、が正しい文だろうか。あるいはドーリスに誠意を、とでも来るはずだったのか。それでは上から目線など、ややこしくなると思ったのか。

 いずれにせよ、冷えた油のような口になっている。


 無論、もっと違う言葉だった可能性もある。例えば、最初に言おうとしたのは、ドーリスに『共にアレッシアを討とうと』などと行くかもしれない。が、マシディリはその可能性が一番低いように思えた。


「義理堅いのは美徳ですよ」

 これは、本心だ。


「私の弟も義理堅い人間でもあり、相手の痛みを良く分かる人でもあります。だからこそ人一倍悩み、政治から離れざるを得ませんでした。


 可愛い弟です。

 大事にしたいと思っています。


 母上が腹を痛め、命を懸けて産み、父上が愛情をもって守り続けた命ですから。


 それでも、私は、私の弟がアレッシアを危険に晒すと判断した場合は切り捨てるつもりでいます。より多くの大事なモノを守るために。私が迷えば、一つずつ消えていきますから」



 これも、嘘ではない。

 行動指針だ。


 最も大事にすべきは、アレッシア。あるいは、愛妻と、子供達。


 そのどちらにも属しておらず、どちらを守るにも向かない者であれば、血のつながりがあろうとも。


「アフロポリネイオの政治的な判断だ。我々は、カナロイアやメガロバシラスに心を許した訳では無い」


 デオクシアが言う。

 だからドーリスとの関係は捨てられない。そう、言外に。


(当然の選択ですよ)


 それでも、マシディリはドーリスとの関係を希薄にしている。

 そして、ドーリスは関係改善を求めるような動きを見せていないのが、此処までだ。

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