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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1492/1589

孤独になったとしても Ⅱ

(まあ、ジュラメント様式を作るにせよ、アレッシアの優れた技術は必要ですからね)


 現に、大勢のアレッシア人がアフロポリネイオで暮らすようになり、アレッシア人が使っている道具が便利だからとアフロポリネイオに浸透しつつあるのは聞いている。


「戦争であれば生き物ですよ、デオクシア様。軍事介入をしないと誓うことは出来ません。アレッシア人に危害を加えられれば、私には守ると言う責務がありますから。デオクシア様にアフロポリネイオを守ると言う責務があるのと同じように」


「馬の手綱は私が付け替える」

「戦象は味方に恐怖するから敵に直進するのです。敵に恐れを抱けば、味方を踏み潰す害悪としかなりません。獣で無いのであれば、そのような行動はするべきでは無いかと」


「私が、マシディリ様を恐れていると?」

「デオクシア様が恐れているのはアレッシアでは?」


 デオクシアの鼻筋がひくついた。


「意趣返しですか? 趣味の悪い」

「これは失礼。ですが、デオクシア様への個人的な信頼が深まったのは事実ですよ。尤も、デオクシア様は私に対して嫌悪感を深めたかもしれませんが」


「戦象を高く評価しているとは思いませんでした」

「私では扱えないと思っただけです。嵌れば、今でも大きな戦力となることに違いは無いでしょう」


 対策が十全に施されるようになってしまったがためにかかる諸経費を考えれば使わなくなっているのだ。裏を返せば、どこの部族にとっても対策しなければならない存在だと言うことでもある。


「デオクシア様が私の元に来る。そのようなことが起これば、アフロポリネイオへの軍事行動を控えるようにとクイリッタとティツィアーノ様に伝え、元老院でも稟議にかけますよ」


 否定の言葉は、即座には来ない。

 座る時に閉ざされていた足からは衣擦れの音は聞こえてこず、体の正面を隠すように置かれた左手も動くことは無かった。指も、机に張り付いたまま。


「祖国に忠誠を誓う姿は、非常に尊いものです。是非とも大事にし続けてください」


 少なくとも、祖国を貶めるだけ貶め、無闇矢鱈に他国を礼賛する愚者よりも好ましく思っている。


「アフロポリネイオだからこそ、非常に良い関係を築けると思っておりますが」

「アフロポリネイオと?」


 アフロポリネイオを貶していると思われないように声音には細心の注意を払いつつ、尋ね返す。


「アフロポリネイオは宗教的要地と言える国家。エリポスのどの国よりも神に近い国です。マシディリ様も最高神祇官であるならば、どこよりもアフロポリネイオの支持が役立つはずでは?」


 アレッシアとしてではなく、マシディリ個人に対する言葉か。

 いや、それも罠かも知れない。逃げられるような言葉を選んでいる可能性もある。


(いえ)

 下手な駆け引きは、止めるべきだろう。


 国家間ならば良いが、違うのだ。愛息のような素直さも大事である。思い返せば、父も子供の素直さを評価し、使っていたこともあった。


「私にとって、となりますと、難しいですね。如何せん、私が負けたのは事実ですから。敗者が頭を垂れているようにも見えてしまいます」


 素直を心がけたつもりが、駆け引き染みた言葉になってしまったか、と少々悔いた。

 が、口から離れた言葉は訂正などできるはずも無い。手から紡がれた言葉ならばまだ変えられるが、口からであれば誰であっても変えられないのだ。


「ドーリスの先王はエスピラ様に一騎討ちで負けたとは誰もが聞いておりますが、誰もアイレス陛下が頭を垂れたとは思っておりません。思ったこともありません。

 今も、ティツィアーノ様がクスイア陛下に一騎討ちで勝たれましたが、負けたがために宗教会議の出席を打診していると言った話は聞いたことがございませんね」


 やっぱり駆け引きになってしまったじゃないか、と唇の裏を舐めた。

 考え方を変えよう、ともすぐに思う。どうあれ、この言葉はあった、と。自分ではデオクシアの言葉を操れないのだから、考えるだけ無駄である、とも。


「一騎討ちと軍団を操っての戦いは違います。特に、アレッシアでは軍団の方を優先して考えますので、同列に考えるのは怖いですね」


「アレッシア人は勇猛な漢を好むと聞いておりましたが。当初は、エスピラ様も体を隠す部分が多すぎて蔑まれていた、とも」

「間違いではありませんよ。ですが、相手は私を貶めたい者達です。彼らが嬉々として良い話の種だと思うのは、軍団を率いて負けた話と言うことです」


「クイリッタ様も、今年も宗教会議に出席しようと各地に手を回しているとも」

「耳に挟んでいるかは分かりませんが、私はタルキウスは今年は動こうとしていないと聞いていますよ」


 駆け引きはしない。

 そう決めたが故の、素直な言葉だ。


「タルキウスも遅れは取りたくないはず。マシディリ様が聞いておられないだけでは?」

「ウェラテヌスの耳目を騙せていると。そうであれば、警戒するだけ無駄でしょう」

「随分な自信だ」

「ええ。お爺様が下敷きを作り、父上が確固たるモノにした五感です。信頼は、今でも変わりませんよ」


 アフロポリネイオ戦で完全に裏をかかれ続けていた事実があっても。

 あなたが素晴らしいのだ、と言外に匂わせつつ。


「出席を求めるだけに留めることも、依頼せねばなりませんか?」


 デオクシアの左手が、彼の正面から退けられる。

 マシディリも、ようやく正中線をデオクシアに向けた。


「アスピデアウスとしてはエリポスが割れた方が支配域を伸ばしやすいと考えているでしょうね。隙ができると言う意味ではタルキウスも同じです。オピーマは、考える者はいても影響は小さいかと」


「大事な派閥が抜けている」


「強力な同盟国でも無い限り、隣国が割れることを好機と思わない国はいませんよ。

 ですが、現状はエリポスのひび割れもアレッシアのひび割れも連動しているようなモノ。傷口に砂を流し込むようなことは私は望んでおりません。そして、私の意思はウェラテヌス派の絶対意思でなければならないと。そう、考えております」


 リングアは何を考えているのか。

 そう言おうかとも思ったが、マシディリの制御下にあるのか無いのかまで思考させた方が良い、と判断した。


 駆け引きである。

 が、これは国家間の話。致し方が無いことだ。


「収めてくれると?」

「デオクシア様が、私が宗教会議に出るつもりだと吹聴されなければ」


 デオクシアの顔に、険しい皺が少々できた。


「出るからには、という話です。無論、アレッシア内部で、の話になりますが」


 デオクシアの顎が引かれる。視線は鋭く、されどマシディリに刺さるモノでは無い。内側を探すようなモノだ。

 答えも、ほどなくして。


「クイリッタ・ウェラテヌスもティツィアーノ・アスピデアウスも、動かぬタルキウスも下がり、今年はマシディリ様だけが来られる場合、か」


「はい」

 こだわりなく、傲慢に。


 昨年の三人は、あくまでもマシディリがいなかったから必要だった人数。マシディリであれば一人で事足りる。


 そんな風にも、見えるように。


「最大の難関は、タルキウスか? タルキウスはマシディリ様の参加に合わせて派遣しようとしている?」


「流石に他の家門の意思を、こうだ、とは言い切れませんよ」

 涼やかな声は、しかし否定では無い。


「交換条件か」

 デオクシアの声も、昏すぎることは無かった。


 確かめるような声は、室内に入ってきた風のような声。強風を吹かせる訳でも無く、熱気を孕んでいる訳でも無い。心地良さにも変わることのできる風だ。


「少なくとも、エリポス諸都市が恐れているアレッシア軍同士の激突は避けられると思いますが、ね」


 軍団を率いているのはクイリッタとティツィアーノだ。

 マシディリの意思に反した衝突などあり得ない。そう言い切れるが、そんなことを言うべきでも無いのである。


「随分と肩に重いのを乗せてくる」

「軍団から見た父上は、無茶を良く言う方だったそうですので」


 でも、決して無理は言わなかった。

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