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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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仲睦まじい家族 Ⅱ

「信頼できる弟達がいて嬉しいよ」

 朗らかに笑いながら、マシディリは懐からパピルス紙を取り出した。

 ユリアンナからの手紙だ。あて先は、クイリッタへ。ただし、マシディリが先に目を通すようにとも書かれている。


「ドーリス周辺やアフロポリネイオの内情について、ユリアンナから見た情報だよ。行く前に目を通しておいて欲しいのと、クイリッタからの連絡もお願い」


「ユリアンナに送るのと同じ手紙を兄上にも送っておきます」

「方針が決まってからでも構わないよ」

 アグニッシモに対して、クイリッタが報告を減らせと言ったように。


「宗教方面から兄上が手を入れるのであれば、素早い共有も大事では?」

 ただし、事態は違う。

 クイリッタとアグニッシモの関係と、マシディリとクイリッタの関係も異なるのだ。


「それもそうだね」

 マシディリはパピルス紙を机に置き、クイリッタの目の前まで滑らせる。

 クイリッタはパピルス紙を受け取ると、懐に仕舞っていった。


「ティツィアーノ様とは連絡を取っているかい?」

「コクウィウム伝手で。エリポス諸国家が緊張感を持ち始めていると」


「まあ、クイリッタなら心配していないよ」

「ええ。ご安心を。全ては兄上に流れるようにいたしますので」


「クイリッタが解決してしまっても良いけどね」

「私の解決は兄上が唯一の頭になることですので」


「元老院か」

 要か不要かで言えば、『要』だ。

 ただ、肥大化しすぎたそれは、些か腹を引きずっているようにも思えてしまう。


「解体で良いのでは?」

「駄目だ」

「兄上」

「王政と思われた瞬間に、多くが瓦解するよ」


「独裁官も受け取らないと」

「まだ、早いかな。でも、この半年で執政官でも法務官でも無い私が存在感を高めるようにはしておくよ」

 アレッシアと交渉するにあたり欠かせない人として。


「マフソレイオですか?」

「流石に、手垢がつき過ぎているのじゃないかな」


 フロン・ティリドに関しても、マシディリが主導した計画だ。

 東方諸部族について、パラティゾからマシディリに多くの情報が伝わり、決断も委ねられているのは良い状況とも言える。だが、まだ足りない。


「アフロポリネイオ、ですか」

「そうだね。失敗は誰にでもあるから。折角なら、リングアの失敗を使ってしまおうかな、と」

「デオクシアは?」

「ディファ・マルティーマに来ることになったよ」


 渋っていたけどね、と外を見ながら告げる。

 外では、サテレスが草を手にディミテラに話しかけていた。ディミテラも時折首を傾げ、近くにいた奴隷が近づいてサテレスに答えているようである。


「ドーリスは、何と?」

「野蛮人の機嫌など伺いたくは無いってさ」


「良いのですか?」

「カナロイアとメガロバシラスは喜んでいるよ」

「ティツィアーノに接近させて、という意味です」


「私は見ない。その方が、クイリッタにとって都合が良いんじゃない?」

「お任せいただけると?」

「緋色のペリースはしばらく羽織るつもりは無いよ」

「かしこまりました」


 言わずとも、エリポスの外に対して積極的に働きかけないあたりは流石クイリッタである。信頼できる弟だ。誰よりも、任せられる。


「多少不安定になっても気にしないで良いから。エリポスとの関係に不安が生じることは、そのまま神々への祈りにも繋がってくるしね。うまいこと、最高神祇官である私への期待に転換していくよ」


「そのためのアフロポリネイオ」

「まあ、そこまでうまくはいかないと思うけどね」


 アフロポリネイオ政策について、だ。

 あの国は、マシディリにも勝てると今でも信じている。マシディリも負けたと言う結果がある以上何も言わないが、心穏やかでは無いのは確かだ。


 特に、リングアに手を出したことについては、煮えたぎる思いがある。

 政治的な接近は十分に考えていたが、閨を共にするまでの関係になることを許した覚えは無い。


「さて」

 机に手を置き、立ち上がる。


「手紙より直接の方が話が進むとは言え、家族の時間をあまり取り過ぎる訳にもいかないからね。そろそろ戻ろうか」

「お気になさらず」

「私が気にするよ」

 すぐに返し、心からの笑みを向ける。


「特にクイリッタは家族と過ごす時間が短いからね。こういう時ぐらい思いっきり羽を伸ばしてくれないと心苦しいよ」


「ウェラテヌス以上に優先するべきことはありません」


「私が家族と楽しく過ごすためにも、ね。クイリッタは過ごせていないのに、邪魔したのに、なんて思いながら子供達と遊びたくはないよ」


 クイリッタが大きなため息を吐いた。


「かしこまりました」

 投げ槍にいって、クイリッタから外に出る。


 遅れて、マシディリ。

 父上、とサテレスが手を挙げた。クイリッタが一切変わらない歩幅でサテレスに近づいていく。


「もう良いのですか?」

「大好きな父上をお借りして悪かったね」

「ううん」

 サテレスが首を横に振る。髪の毛も少し暴れた。


「父上はいつも同じ時間に起きて、同じように動くから遊ぶ時間はいっぱいあるの」

 サテレスが動きを調整すれば、だろうか。


「兄上は真似しませんように」

 サテレスと手を繋いだクイリッタが、マシディリには冷たい目を向けてくる。

 ひどいなあ、と、口癖になりつつある言葉を言いながらマシディリは肩を竦めた。


「法で守られているはずの父上でさえ暗殺未遂があったのです。これから先、兄上も同じように狙われる可能性は非常に高いかと。ですので、狙われやすいような行動、特に決まった時間に決まった場所に出向くなどはなさらないように」


(アレッシアは、暗殺も嫌っているよ)

 思いつつも口にはしない。クイリッタの言いたいことは、それでは無いのだから。


「父上が狙われたのは二人きりの時や劇場からの帰りだよ」

「企図を減らさせなければならない、と申しているのです」

「そのためのアルビタだよ」

「兄上」


「私も父上と同じさ。暗殺を恐れて家の中に隠れ続けるのも、大勢を引き連れて歩くのも良しとしないよ。それは、貴族らしくない。特に誇り高いウェラテヌスと言うのなら、避けたい行動じゃないかい?」


「兄上。父上には兄上がおりました。何かあっても兄上がいるからこそ、父上は大胆に動けたのです」

「私には弟妹がいるよ」


「状況が異なります。


 確かに、ラエテルもセアデラも父上が当主になった時の年齢を越えました。ですが、父上にはセルクラウスのお爺様と言う大きな後ろ盾があり、ウェラテヌスも名ばかり貴族と言っても差し支えのない状態。


 今は、大きく違います。

 外の後ろ盾よりも、内部に後ろ盾を求める方が自然なほどの大きさ。そして家門内での後ろ盾もまた危険を孕んでおります。誰かに統一のされない幼い当主が、この時世を生き抜けるとでも?」


「ニベヌレスやナレティクスも強力な味方になってくれるさ。個人なら、アルモニア様やファリチェ様もかな」


 口にしつつも、アルモニアやジャンパオロが何時まで元気でいられるかは分からない。二人とも、父よりも年上なのだ。


「良からぬことを考える輩は、そこかしこに居ます」

「でも、私にはクイリッタがいる」


 クイリッタがまたもや大きなため息を吐いた。


「サテレス。伯父上に何か言ってやれ」

「死んじゃ駄目ですよ」

「もちろん。約束しようか」


 小指を出し、甥と結ぶ。

 口ではウェラテヌスの父祖とアレッシアの神々に、と誓うが、流石に誓紙まではいかない。口約束の延長線上だ。だからこそ、守らねばならない。子供の傷とならないために。


「エスピラ様は、良くマシディリ様の自慢をしておりました。エスピラ様だけではなく、お義母様も海よりも深い愛情をマシディリ様に注いでおります。お二人のためにも、お気を付けていただければ幸いです」


 ディミテラが流暢なアレッシア語で言う。

 もちろん、クイリッタのことも愛しておりましたよ、とディミテラが夫に目を向ければ、クイリッタがいつもの素っ気なさを発揮した。歯を見せて笑顔を作るサテレスに向け、マシディリは人差し指を立てて自身の唇に当てる。


 仲睦まじい家族だ。


 その中に潜む秘密の共有。サテレスがアレッシア語を話せると言うことを秘密にしなければならないのは、クイリッタが心配してしまうから。


『同じだね』

 マシディリは、やさしい視線でサテレスに気持ちを共有した。

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