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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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兄弟集結の宴 Ⅱ

「まあ、政治的な判断能力は身に付けてほしいからね。根回しも大事だよと言う話さ」

「はんだんのうりょく」


 絵にするなら、簡易的な線だけで構成された顔。

 そんな状態のアグニッシモが、顔はきっちりとマシディリの方へ向け続けている。


「第二次フラシ戦争での大量の人員入れ替えから内紛まで、アレッシアの政情は思っているよりも乱れていると言っても過言ではない。その中で愚衆が拠り所とするのは宗教か強力な頭だ。

 兄上は、最高神祇官になられてから各神殿に根回しをし、民衆の支持を得られるように、民衆からの信仰を得るかのように動かれている。

 お前も、兄上が凄いと言うのなら兄上を見習って、せめて来年一緒に動く軍団との仲を深めておくべきだと言う話だ」


 丁寧だね、クイリッタ。

 そんなことを言えば、長弟はどのような顔をするのだろうか。


 湧き出る悪戯心を抑えながら、マシディリは至極真面目な顔を維持する。


「でも、普通に話す仲だよ。それに騎兵部隊の奴等とは今も遊んでるし」

「これだから政治力がと言われるんだ」


 スペランツァが冷たく言い放つ。

 今度は唇どころか首まで突き出し、ちびり、とアグニッシモが酒を舐めた。

 完全に拗ね拗ね状態である。


「例えば、兄貴の遠征は別に兄貴の手柄獲りじゃない。もう片方の執政官への配慮であり、軍団を組織しておくことでフロン・ティリドが早期に蜂起するのを防いでいる。あの軍団の行き先を奴らが知るのは大分経ってからになるから、反乱が起きるのは少し頭を使える者であれば冬の終わり。怒りに満ちた暴れ牛なら冬の始まり。


 どのみち、兄上の計画通りの時期にアグニッシモを送ることになるようにと考えての行動だ」


 アグニッシモが完全に唇を尖らせた。どちらかと言えば下唇が大きく押し出すような形である。


「貴族の財から没収を始めたのも、平民側の執政官が政策を止められないようにするためだ。奴が止めれば貴族の味方。多くの民のことを考えているのはウェラテヌスとなり、止めなければ賛成したとみなせる。

 一つの行動に一つの意味しかないアグニッシモが政治力が無いと言われるのは当然だ」


「スペランツァ」


 流石に言葉が強い。


 その意味を込めて、マシディリはややきつめに四弟の名を呼んだ。スペランツァも言い訳はしない。目を閉じ、マシディリとアグニッシモに対して頭を下げてきている。


 微妙な顔をしたのはアグニッシモだ。

 傷ついた、と言う方が適切だろうか。


(さて)

 周囲をちらりと見る。


 リングア。モニコース。クーシフォス。


 フィロラードはべルティーナに呼ばれ、女性陣に囲まれている。セアデラは、口に多くの食事を含んでいた。


「私達だけで固まるのは少々問題もあるからね。今は、少し離れようか」


 やさしく言って、視線でアグニッシモだけを連れ去る。

 他の二人は、それぞれ妻の方へと歩いて行った。


「政治力、なんて言っているけど、必要なのは気遣いだよ。ただし、それが顔色をうかがうことになってはいけないけどね」


 マシディリは少し離れたところに置いてあるドライフルーツ置き場へと足を進めた。その先には誰もいない。最初に寄ったりはしていたが、今は会話が中心だ。食べている者はもっとがっつりと食べたいがために揚げたり焼いたりしている肉の場所にいる。


「気遣い?」

「そう。例えば、べルティーナはベネシーカやルーチェと言った私達の義兄弟に対して先に声をかけているよね。あれが気遣いだよ。

 でも、リングアは四人で集まっていた私達を頻繁に見ていた。あれが、顔色をうかがう、ということだよ」


「兄上が兄貴の嫁さんの名前を出さなかったのは、気遣い?」

「いや。それはまた別の思惑があるけど、今は一旦置いておこうか」


 良い着眼点だよ、と褒めるのも忘れない。

 アグニッシモからの生返事は、素直故に一旦置いておくことを受け入れたが故の声だろう。


「境目は非常に難しいけどね。

 今日で言えば、フィロラードもべルティーナと話している時に私の様子をうかがっていたよね。あれは、私に対する気遣いでもあり、もしかしたら顔色をうかがっていたからかもしれない。


 あまり、私から言うことでは無いのだけど、うん。私の顔色をうかがうような行動の匂わせは大丈夫だよ。むしろ、クイリッタにとっても都合が良いかもね。でも、クイリッタの顔色をうかがうことは無いようにね」


「???」


 はは、と軽く笑う。

 話しとは関係なく手を挙げ、クーシフォスとフィチリタに微笑みかけた。つま先も、二人に向け、足を踏み出す。


「私も完全に出来るとは言い切れないからさ。そこまで難しく考えなくて良いよ。ただ、もう少し周りを見て、相手を喜ばせることを考えてくれれば嬉しいかな。


 それこそ、第七軍団の高官に対して積極的に話しかけたり、気に掛けているのだと言うことを伝えたり、ね。ちょっとのことだけど、それだけでも結束力に違いは出てくるからさ。


 アグニッシモも、いつもの友達と率いたばかりの歩兵隊では最後の一歩の踏ん張りが違うでしょ?」


「そう、かも?」

「アグニッシモは弟気質でありながら親分肌だからね。その姿を見せる人の幅を広げてくれれば良いだけだよ」

「俺も兄だよ」


 うぐぅ、とアグニッシモが肩を落とす。

 到着した先で、フィチリタがアグニッシモを見てマシディリを見てきた。クーシフォスの頬は上がったまま、硬い表情が出来上がっている。


「フィチリタにとっては良い兄さんだけど、クーシフォスやモニコースにとっては年下の義兄だから、どちらかと言うと弟じゃないかって話です」


 曲げた左手を横に出し、マシディリは言った。


「弟?」


 マシディリ以外では「弟じゃないやい」などと言ったのだろうが、マシディリが横にいるとアグニッシモは受け入れる方向に素直になりやすい。その態度が、ますます弟らしさに磨きをかけているのだ。


「確かに、私にとっては弟のような年齢であり、幼い時に遊んだこともありますので義兄としてよりも義弟として見てしまうことも多いかもしれませんが、私は戦場でのアグニッシモ様を知っております。

 ですから、どちらかと言うと勇猛で頼れる漢の中の漢と言う印象が強いですよ」


「これが気遣い」

 間髪入れず、少しふざけた調子でマシディリはアグニッシモに声を向けた。


「本音です」

「これが」

 クーシフォスとアグニッシモの声が重なる。


「兄上の笑えない冗談は本当に父上似だよね」

 フィチリタに浮かぶ笑みは、どちらかと言えば哀の笑みだ。


「笑えないか。難しいね」

「エスピラ様でさえ、最後まで身に着けることができませんでしたから。やはり、相当に難しいことなのだと思います」


「これが!」

 アグニッシモが反応する。

 クーシフォスも、流石に今回は「本音です」とは返せなかったようだ。


 こちらもまた、正直者である。父親がマルテレスであることも納得の性分だ。


「クーシフォスの気遣いは、フィチリタに対してがきっと多分に発揮されているよ」


 顔はクーシフォスに。微笑みも同様にクーシフォスへ。ただし、声はアグニッシモに向ける。つま先もそう。重心もやや右、アグニッシモ寄り。

 ただし、視界の端に入れる形で最も注視したのはフィチリタの様子だ。


「ウェラテヌスの大切なご息女を娶らせていただきましたので、何よりも大事にするつもりです」


 クーシフォスが少々膝を曲げる。

 フィチリタの目が慌てたようにクーシフォスに向かったが、手は途中で止まっていた。


「オピーマにとっては仇の娘。言葉を選ばずに言わせていただきましたが、非常に難しいところもあるのではありませんか?」


 きゅ、とフィチリタの指が閉じ、硬そうな拳が出来上がった。

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