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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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兄弟集結の宴 Ⅰ

「義姉上の懐妊に備えて改造したのですか?」

 素直に横に着いたスペランツァが、口元に当てた陶器に声を入れるように言った。残念ながら酒と言う先約がいるため、陶器が声を隠すことは無い。


「まあね。と言いたいところだけど、基本構想は父上の時点で完成していたよ」

「なるほど」

「スペランツァは、またベネシーカに怒られたのかい?」


 視線は、愛妻へ。

 妊娠中であるためにべルティーナは基本的に座りっぱなしだ。そこにすぐにやってきたのはスペランツァの妻であるベネシーカ。チアーラは呼ばれるまではべルティーナの所にいかなかったが、行ってからはべルティーナにべったりである。そのそばでちょこんと座っているのは、クイリッタの妻。


「リングアほどじゃない」

「はは」


 べルティーナと仲の良いフィチリタは、クーシフォスとの距離を測りながらなのか少し離れている。レピナは、フィロラードと共に揚げ物焼き物の近くだ。風の流れを考え、べルティーナの下にあまり匂いが行かないように気を付けている。そんな場所であるため、少し離れた場だ。


「まあ、ルーチェが叱ることは無いみたいだけどね」

 当のルーチェは、夫であるリングアを置いてべルティーナの元にいる。リングアの近くにいるのは、これまた妻に置いて行かれたモニコースだ。


「何人目ですか?」

「ルーチェとの子以外はウェラテヌスで支援することは無いよ」

「兄貴のとこは」

「そこも、どうだろうね」


 サテレスのことは支援してやりたいと思っているが、そこまでだ。

 尤も、クイリッタは愛人の数こそ非常に多いが、子は正妻とディミテラだけである。貴方の子よ、と迫ってくる者もマシディリの耳まで届かないあたりはきっちりと管理できているようだ。


「スペランツァは?」

「セルクラウスの財で何とかなりますよ。一時の権威を思えば大分落ちぶれたと言えるのでしょうが、それでも建国五門に次ぐ基盤を有していますから」


「父上は、セルクラウスの基盤も使ってウェラテヌスを立て直した訳だしね」

「他の建国五門に貴種のみに頼らない実力を付けさせたのも父上です」


「なーんの話?」

 にょき、とアグニッシモが入ってきた。

 肉の匂いが随分と染みついている。


「お前はいつ結婚するだと言う話」

「俺は良いよ」

「はあ」


 双子の弟(スペランツァ)による盛大な溜息に、双子の兄(アグニッシモ)が眉を吊り上げた。


「これだから政治音痴は」

「はあ? 俺だって今や兄上の忠実な剣なんですけど? 誰よりも態度で示しているんですけどお? 謹慎? していたスペランツァなんて目じゃない程に」


 ふんす、とアグニッシモが胸を張った。スペランツァのため息はますます深くなる。


「これだから馬鹿は?」

「あ?」


「セルクラウスの当主はウェラテヌスの当主に逆らいませんって明確な意思表示になるだろ。タヴォラドの伯父上の遺言による頼みなのにウェラテヌスからの乗っ取りだとうるさい奴もいるし。こうして出過ぎた真似をして、大人しくすることも兄上の権威を高めてウェラテヌスを纏める良い策なの。分かる?」


 口でアグニッシモが勝つ場面はほとんどない。

 今も、アグニッシモの唇は尖っている。


「べっつに。ほら。俺ももっと功を立ててから結婚するって言う普通の動きをしているだけだし」

「あっそ」

「おい」


「目立とうとするところが政治的な嗅覚の乏しさを証明しているんだよ、愚弟が」

 クイリッタも参戦してくる。


(戯れで)

 まあ、収まるか、とマシディリは考えるのをやめた。

 むしろ収めるためにクイリッタも参戦してきたのだと思えば、しっくりもくる。


「まあ、その政治的な能力の低さが今回は役に立つだろうがな」


 前言撤回。

 マシディリは、クイリッタの言葉に同意を示したスペランツァをまずは視線で制した。雰囲気で察したのか、クイリッタの重心も踵に移る。アグニッシモは口を尖らせたままだ。


「アグニッシモも成長しているよ。少なくとも、以前の倍は考えてから一騎討ちを挑んで人柄を知ろうとするぐらいにはね」


「兄上。そんなことしてないよ」

「ティツィアーノ様のことは手合わせして認めていたでしょ?」

「そうだけどそうじゃなくて!」


 分かっているよ、と右手で伝え、アグニッシモをなだめる。


「アグニッシモも大きな失敗はしないよ。当初の予定ではフロン・ティリドには初めからアグニッシモ軍事命令権保有者として送る予定だったしね」


「その当初の予定が変わったのです、兄上。兄上がアフロポリネイオなんぞに戦いに行った所為で」

「ごめんって」


「いえ。別に。過ぎたことは良いのですが、兄の過ちを修正し、助けるのも弟の役目。当主の失態を他の家門の者が補うのが自然な形。

 その観点で言えば、兄上による編入戦が失敗したと思われるよりはアグニッシモが事をややこしくして時間がかかるようになってしまったと思わせるのが得策であり、私やスペランツァならばそのような立ち回りを心がけると言いたかったのです。

 それが、この愚弟は」


「でも、俺は兄貴やスペランツァみたいに惚れた女を泣かせたくはないね」

「話を変えるな」

「惚れてない」


 スペランツァに関しては議論の余地あり。

 ちらりと、愛妻に何やら熱心に話しかけている義妹を見ながら、マシディリはそう思った。


 何だかんだと言って、ベネシーカの要求は少しは受け入れられているのである。当然、ベネシーカが直接言うこともあるが、べルティーナからマシディリを経由して伝えることもある。それも、マシディリから言いに行くことなく伝えることになることの方が多いのだ。


 言っても、スペランツァは政治的な観点しか口にしないだろうが。


「それに、皆兄上の手腕を褒めてるよ。軍団だって引いているし、スィーパスもあれでしょ。無駄な動員で疲弊したんでしょ。

 流石は兄上だよ。俺が最初から行っていたらこうはなってないし、兄上がいてこその成果だから、俺がどう動こうと兄上がすごいことに変わりはないって」


「その心がけをもっと出した方が良い」

 スペランツァがぼそりと言う。


「そこまでしなくても」

 マシディリは、ただただ苦笑するのみだ。


 ウェラテヌスの当主『マシディリ・ウェラテヌス』を最大限活用するにはスペランツァの言うことが良いのだろうと言うことも、分かっている。『エスピラ・ウェラテヌス』という符号の後に来る符号もまた、立派であるべきなのだ。


「どうかな」

 冷たい言葉は、クイリッタのモノ。

 クイリッタの視線は、スペランツァも否定するような色だ。


「愚衆と同じで良いなら、兄上にすがれば良いさ。アグニッシモも、スペランツァも。そうすれば全て救われる。

 でも、私は兄上にはすがらない。すがってなるものか」


 長弟の険しい声に、緩みそうになる頬を抑える。

 父上が最後に傍に置いていた訳だ。その実感も、強く持てた。


「兄上。少々気持ち悪いですよ」

「え?」

 双子の声が重なる。


「酷いなあ」

 苦笑を返すしかできない。

 ほぼ完璧に隠せていたはずだ。その自負があるのだが、どことなく見抜かれていたのだろうか。


「気持ち悪い兄上は見て見たかったかも」

「見るようなものでもないよ」


 気持ち悪くもないはずだし、とも思いながら、愛妻を見やる。

 べルティーナは、レピナを呼んだようだ。レピナも下唇を少々突き出しながらも、足取りはしぶしぶと、口角は上げながらべルティーナの方へ足を出していた。


「フィロラードは使えそうですか?」

 唇をほぼ動かさずに言ったのはスペランツァ。


「優秀だよ。後は、レピナがフィロラードに対してどれだけ素直になるか次第かな」

 そのあたりは、べルティーナに任せようとも思う。


「足りないところばかり言っても仕方がないしね」

「そうそう」

 アグニッシモがしたり顔でマシディリに着く。


「ところで、アグニッシモは第七軍団とはきちんと話しているかい?」


「あにうえ。これは、せっきょう、ですか?」

 梯子を外すのが急すぎたようだ。


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