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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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兄弟あい語らい

「別に。兄上の能力と人徳で人が集まっているだけです」

「そう見えるようにしてくれているんでしょ? 嬉しいね。頭でも撫でて上げようか?」

「気持ちわるっ」

「酷いなあ」


 椅子の上に足を持ってきて体を小さくしたクイリッタに対し、マシディリは楽しそうに笑い返した。


「実際、父上の神格化という私の意思に反する政策を前に出しながら、私も推し進めたい策を進めてくれているのには感謝しているよ」


 壁の破壊は流石に不可能でも、アレッシアの街整備のための立ち退きなどは目途が立ち始めているのだ。しかも、声を封殺しやすい財の少ない民衆では無く、財の多い貴族から始めているのもマシディリの考えと一致している。


 ただ、批判がクイリッタにばかり向かって行ってしまい、マシディリに対して密かに助けを求めてくる者もいるのが、少々心苦しいのだ。


「子供達のためになっているのなら、父上も喜ぶでしょう」

「ユリアンナも言っていたね」


 クイリッタが鼻を鳴らす。


「あの愚昧と同じ考えだってのが嫌ですがね」

「そう言うことにしておくよ」


 でも、と足を下ろしたクイリッタへと、上体を倒す。


「ティツィアーノ様との戦争準備と言う話は危険だから、クイリッタも気を付けてね」

「ご安心を。それを望む馬鹿ならば排除することもできますから」


「まあ、クイリッタなら大丈夫か」

「兄上はべルティーナの無事の出産にでも気をもんでおけば良いのですよ。それとも、口の堅い娼館でもお伝えしましょうか? あるいは、口の堅い女でも愛人に?」


「クイリッタだって、ディミテラ以外の女性との付き合いは仕事にしか思えないんじゃない?」

「は? いや、別に。そんなことありませんけど」


 またまた、とマシディリは笑った。

 クイリッタの膝は開いているが、先ほどよりは閉じている。背筋も伸びていた。視線も、マシディリに真っすぐにはやってきていない。


「べルティーナがウェラテヌスの兄弟を集めての晩餐会を開きたいと言っているのだけど、ディミテラとサテレスを呼んでも良いかい?」


 残念ながら、カナロイアの王太子妃であるユリアンナは来ることができないだろう。

 べルティーナが一番会いたいのは親友であるユリアンナだろうが、そこは仕方がない。もっと外交的にもしっかりとした場を作らねばならないのだ。以前のように気軽に会うこともままならないのである。特に、昨年は長期滞在をした以上は。


「今? 冬まで待った方が良いのでは?」

「リングアも呼び寄せる予定だからね。冬で海が荒れる前にアフロポリネイオに戻した方が良いってべルティーナも思っているよ」


「べルティーナも変なところが兄上に似ているので、止めた方がよろしいかと」

「変なところって」


「自分が我慢すれば、頑張ればなんて考えていないと?」

「否定はしないけど、無理に止めるのもべルティーナにとっては心苦しい時間を積み重ねることになるからね。限界の前に止めるつもりだし、そこを一番に見極めないといけないのは夫である私だとは思っているよ」


「これは失敬。伴侶を差し置いて分かっているなど申してしまったようで」

 今度はクイリッタが悪戯っぽく笑う。


「構わないよ。誰であろうと、べルティーナの心を私から奪い去ることができる訳が無いからね」

「おお」

 悪戯っぽい雰囲気は、変わらない。


「べルティーナも似たようなことを言っているそうで」

「らしいね」

「似たもの夫婦だ」

「べルティーナを手本にしている部分も多いからねえ」

「しまった。無敵だ」

「もっと聞きたいって?」

「ご勘弁を」


 ぱ、とクイリッタが両手のひらを、花が咲くように上に向ける。すぐに下りた手が太ももに当たり、音を立てた。


「クイリッタの話も聞くよ。主に、ディミテラに関して、ね」

「いくら兄上に対してでも話しませんよ。私だけのディミテラですから」

「おっと。失礼」

「本当に」


 昏く冷たく言った後、クイリッタが左の口角だけを持ち上げた。

 茶に手を伸ばし、ぐい、と傾けている。


「夏に一か月ほど呼びましたので、父上の別荘をお借りします。アグリコーラの整備もそのためですから」

「そう言うことにしておくよ」

「他に何のためが?」

「チアーラのため」


「誰が愚妹なんかのために」

「クイリッタはやさしいからね」

「兄上だけですよ。そんなことを言うのは」

「そうかな」


「……ディミテラも入れておきますか? サテレスがいるからでしょうけど」

「素直じゃないね」


 母上みたい、とは付け加えないでおく。

 だが、伝わりはしたようだ。


「晩餐会にまでディミテラを呼ぶ必要はありません。一応、正妻はいますから」

「そうだったね」

「兄上も否定派で?」

「ウェラテヌスにとって利の少なすぎる結婚だからね」


 冷たく、一言。


 クイリッタの義兄となったティベルディード・カッサリアは確かに腕の立つ騎兵だ。勇気もある。が、どうしてもアグニッシモ、ウルティムス、クーシフォスと比べると格が落ちる。起用までの時間としても、アスキルやカウヴァッロの方が早く、実力もあるのだ。


 何より、マシディリとべルティーナはアレッシアでも一、二の家門同士の婚姻。

 ユリアンナとチアーラはエリポスの歴史ある王家と。リングアはディファ・マルティーマの支配の確立に向けた大事な一歩にまでカリヨが昇華させた。


 スペランツァはセルクラウスの確保に役立っている。フィチリタはこれからだが、オピーマとの繋がりはアスピデアウスの次に大事とも言える。レピナの嫁いだアルグレヒトも、ウェラテヌスの義理堅さなどを示すために大事になってくる関係だ。


「ウェテリは結局、義姉上だけですね」


 カッサリアの娘にはあげられないと母が猛烈に反対したのだ。そうなれば、父も強行などしない。

 リングアとスペランツァは当主として他家門に入っているため、尊称をもらう側。モニコースに対しては与えて良いのか迷った結果、ドーリスの王族としてのままである。


「アグニッシモが誰と結婚するか、かな」

「その前にラエテルやセアデラになるかもしれませんが」

「あり得そうなのが、また、ね。なんとも言えないよ」


 実際に婚姻の話が進んでいるのはラエテルとセアデラの方なのだ。

 どちらかがウェラテヌスの後継者となるのなら、やはり伴侶の家格としても建国五門が良いとなる。特に功績を挙げ続けるだろうアグニッシモは、建国五門以外から迎えた方が良いだろう。


「あの愚弟にもう少し頭を使う習慣があれば今頃は嫁も持っていたのに」

 クイリッタが舌打ちをした。


「アグニッシモもしっかりと考えているよ」

「あれで? 甘すぎませんか?」

「立場をしっかりと示そうとしてくれているよ」

「当然の行動です。兄上。基準が低すぎでは?」

「遠征でも助かっているよ」


「じゃあ、兄上。アグニッシモを元老院議員に推せますか?」

「うん。そりゃね」


 口にはしないが、アグニッシモの方が圧倒的に政治力がありそうな者も元老院議員にいるのだ。


「スペランツァやヴィルフェットを差し置いて?」

「あー、それは」

「差し置いてもらわねばならないのです」


(評価が高いね)


 当然と言えば、当然か。


 完全にウェラテヌスに残っている男子では、マシディリの次がアグニッシモとなるのだ。年齢としても、マシディリがアグニッシモの時には既に東方遠征の指揮も行い、執政官にもなった後。クイリッタも指揮を執ったことがある。


 軍事的な功績に於いてはアグニッシモが兄弟の中で二番手だが、政治的な出世は遅れていると言っても間違いでは無いのだ。尤も、他の者から見れば圧倒的に早いのだが。


「フロン・ティリドの前に、クイリッタの遠征の後方支援責任者に据えてみた方が良いかな」

「アグニッシモの仕事は兄上がなどと言わないように」

「はは」


 笑って、ごまかす。

 残念ながら、クイリッタの冷たい視線は去ってくれなかった。

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