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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1484/1590

表裏にして一柱

「でも」

「私達には弟妹がいる、ですか?」

 マシディリの言葉を読み切ったクイリッタに、そうだね、と笑みを向ける。


「特に優秀な長弟がね」

「あーはいはい」


 クイリッタも細かく頷いていた。口元を引き締めつつも口角は少し上がり、素直じゃない様子が良く現れている。


「兄上」

 ゆっくりと、これまでよりも鷹揚な動作でクイリッタが上体を前に出してきた。

 これまでとは動き方が違う。敢えて、だろう。


「こちら、叔母上(カリヨ)から頂いたディファ・マルティーマの利権一覧になります。どうぞご自由に。それから、フロン・ティリド南部の道路整備の物資もこちらで用意いたしました。多分、壁を取り払ってアレッシアを大改造するよりも先に終わると思いますよ」


「助かるよ」

「どういたしまして」

「クイリッタの方も、準備が大変なのにね」

「レグラーレからの情報ですか?」

「他にも。ウルティムスは、ティツィアーノと戦う準備をしている可能性があるとまで考えていたよ」


 基本は重装騎兵を率いており、部隊としての破壊力を誇りつつも誰よりも目立った活躍を残してきてはいないのがウルティムスだが、彼も伝令部隊の二番手集団。決して、劣っている訳では無い。それこそ、アグニッシモの制止役を任せたこともあるほどだ。


「詳しく聞いても?」

 クイリッタが言う。


「エリポスでの地盤が弱いティツィアーノ様の軍団を、圧倒的な物量で圧し潰すつもりだろうってさ。


 ティツィアーノ様が今回叩き潰したのは、私と密かに連絡を取り合っていた都市だからね。その内信頼関係を築くだろうけど、今はまだ他のエリポス諸都市も揺れている段階さ。その状況で、ひたすらに戦いを挑む。


 戦場でのクイリッタとティツィアーノ様ではティツィアーノ様に分があるからね。軍団の質もそう。でも、現状ならば回復力に大きな差がある状態じゃない。


 だから、クイリッタが挑むのは消耗戦。同程度、いや、ウルティムスの言葉を借りるならクイリッタが二倍の損害を出したとしても、その被害が数千に及ぶのなら圧倒的にクイリッタが有利になっていく。


 三から四回戦術的な勝利をティツィアーノ様に収めさせても、クイリッタが戦略的な勝利を譲らなければ、最後に勝つのはクイリッタだって、見ていたよ」


「流石は第三軍団。戦いたくはありませんね」

「考えすぎだと笑っている人もいたけどね」


 笑う、とまで言うとマンティンディまで限定されてしまっただろうか、とは思いつつ。

 グロブスも可能性は低いと見ていたのは事実だ。アビィティロは、その段階に行った時点でアレッシアの崩壊が始まると発言している。当のマンティンディも、二人の戦いが起これば、次の争乱はアレッシア中心部で起こると予言していた。


「まあ、念のためです。万が一に備えているだけ。と言っても、兄上は良い気持ちもしないでしょうし、私も兄上の意に反してまで戦うつもりはありませんよ。今のティツィアーノに喧嘩を売ると言うことはタルキウスも敵に回すと言う話ですし」


「仲良くしてとは言わないけど、協力はしてよ」

「善処します」


 善処するだけ良いか、と吐息に混ぜる。


 マシディリからすれば、クイリッタは幼い頃から変わらないのだ。

 もちろん、野菜を食べたくないと駄々をこねることは無いし、マシディリと同じのが欲しいと泣くことも無い。


「メガロバシラスも動いてはいるからね。こちらがティツィアーノ様に対しての支援を渋れば、負担軽減を訴えてメガロバシラスが自国の軍備を増強する。そんな動きも見ているよ」


「知っております。ですが、本国を抑えた今、ティツィアーノを生かすも殺すも私の掌中にあります。まあ、兄上の意見が最優先ですが」


「ティツィアーノ様の軍事目標に許可を出したのはクイリッタでしょ?」


「牽制ですよ。おかげでパラティゾはティツィアーノよりも兄上に便宜を図らねばならなくなりましたし、サジェッツァも簡単には動けない。あれも、一応は、信じられないことにではありますが、アレッシアを割りたくないらしいですからね。


 有名ですよ、兄上。ラエテルがサジェッツァを嫌っていると。ウェラテヌスのじいじを殺したアスピデアウスのじいじとは会いたくない、となっているそうですね」


「伯父たちとは仲が良いさ」

「フィルノルドの下に人が集まることも度々あるとか」


「リリアント・アスピデアウスはトトリアーノの娘ではあるけど、サジェッツァ様の養女でもあるからね。自身の美貌を自慢はしていても、男関係は完全に落ち着いているよ。つつましくしているとも言えるね」


「第二次フラシ戦争以降の元老院議員は、議席数の削減を快く思っていないようですが」


「彼らにかかる財をそのまま彼らの故郷に還元していると浸透した地域では、代表の元老院議員と住民の間で大きな認識の差が生まれているとも聞いているよ。

 クイリッタも、アグリコーラの復興に力を入れてくれたしね。何も進められなかった代表よりもウェラテヌスの方が、なんて、嬉しい話も聞いたかな」


「遅々として復興が進んでいないのを見かねただけです。アスピデアウスの怠慢では?」

「その糾弾はしないでね」


 どちらかと言うと、チアーラの気分転換のためでもあるのだろうとマシディリは見ている。


 ウェラテヌスとドーリス間の関係が悪化したのは事実だ。当然、関係改善を担うべきチアーラの心は穏やかではないはずである。特に、婚姻を主導したユリアンナが何を思っているのかは怖いものだ。出産があったために連絡が遅かっただけで、今何を言われるかと思い悩み続けていてもおかしくはないのである。


 その状況下で廃墟も多く活気も無い街であれば、余計に気も病もう。


 だからこそ、気分転換として整備する。多くの場合は部屋の掃除や家具の配置換えだが、街と言う規模の大きさは今のウェラテヌスだからこそ。


(私であれば財を他に使いそうと言うのも、分かっているからでしょうね)


 そのために、挨拶に来る者が無駄に多くなっていたのではないか、と考えている。


 無論、マシディリにとってもチアーラは可愛い妹だ。でも、流石に妹のために街ごと変えることはしない。


 神官を代えたり、神殿を移し替えたり、何かと理由をつけて行事を変えたり。

 そんな風に、最高神祇官と言う権限の範囲で収まることはするだろうが、アスピデアウスが監督することになっている街に盛大に手出しはしないのである。


 妹よりも、アレッシアを考えて。

 その点で言えば、クイリッタの方がより父に考え方が近いとも言えるだろう。


「変えていかねばならないこともあるでしょう。今回も、騎兵ならともかく歩兵で東方諸部族兵を入れたことに対して批判は止んでいません。臨時給金が彼らに出たことも、また」


「らしいね」

 マシディリが直接耳にしたことは無い。

 だが、話題が出ているのは聞いている。誰が言っているのかも、また。


「しばらくは言わせておこうかなと思っているよ。フロン・ティリドへの威圧になったとは、元老院への報告で明らかになるはずだし、各神殿にも伝記は奉納する予定だからね。

 それに、東方に駐屯しているパラティゾ様が見返りも良く分かっているはずだよ。東方で新たな支配者の誕生を防ぐためだってね。私に協力した者達だけではなく、商人にとってもアレッシアと言う単一の支配者の方が貢納先が少なくなって利が大きくもなるのも分かってほしいけども。一国支配の方が富をより円滑に回せるってね。


 まあ、数多の鉄鉱石がやってくれば、民の目にも明らかになってくるさ」


 それは、見返りだ。

 イパリオンとの関係の改善と、イパリオンがさらに東で接触している部族との抗争を有利に進めるための連携。結果もたらされるのは鉄鉱石の産地の確保。


 当然、その鉄鉱石を手に入れるべくマシディリは手を打っているし、東方諸部族兵の帰還に学者などを伴わせ、知識の共有という見返りをあげている。


 この見返りが理解できる者こそ、マシディリがずっと手を組むに値すると判断できる、信用できる者達だ。


「結局声が大きいのは愚衆と言うのを忘れませんように」

「クイリッタの気配りには感謝しているよ」


 愚衆と忌み嫌うからこそ、マシディリを遠ざけようとしていることに関して。

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