表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1479/1589

勝ち過ぎは負けと変わらない Ⅰ

「これは弱腰ではありませんか?」

 バゲータが、眉を険しくする。


 言葉にはしないがペディタも似たようなことを思っているらしい。マシディリを見ることは無く、バゲータに厳しい視線も向けていない。オピーマ派であるからこそ意識の共有が出来ていないのは仕方がないが、だからこそ多くの人の意見を代表しているとも言えるだろう。


「戦果が疑われることになるかもしれませんよね」

 小さく言ったのはフィロラード。


 その心は、マシディリの意図を頭では理解しているが、欲が出てきていると言うところもあるのだろう。口にしてしまうのは、素直さとマシディリと親しい距離にいる甘えか。


 これこそが、圧勝による毒だ。

 勝てる。余裕である。我らは無敵だ。

 そのような驕りが、少しずつ軍団を侵していくのだ。


(今出てくるのであれば、問題はありませんが)

 むしろ僥倖とも言えるだろうか。

 そう考えながら、マシディリは口を開く。


「今はまだ此処まで統治の手を伸ばせはしないからね」

 言い方も、やわらかく。


「リヒウーター族は緩衝地帯。無駄な戦果の拡大こそを避けねばなりません。また、元老院に提出した計画も、スィーパス・オピーマ退治のための五か年計画です。そのためには、アレッシアに対して牙の抜けた巨大な部族が背後にいた方が都合がよろしいのはお分かりいただけると信じております」


 リベラリスも芯の入ったやわらかい声で言った。

 バゲータも、批判したいわけではありません、と語勢を弱めている。納得しているとは思えないが、ペディタもバゲータの言葉に頷いていた。


「各部族から人質は取るよ」


「しかし、人質はあくまでも今の有力者からだけなら、効果は如何ほどあるのでしょうか。アレッシアの攻撃に対して徹底抗戦を訴えている者は今の有力者にいないとも聞いています。彼らが放置されているのなら、あまり意味の無い人質ではありませんか?」


 バゲータが言う。

 横のヘグリイスは腕を組んだまま俯いていた。目は開いている。静かなのは、カルド島がアレッシアに新たに編入された地だからだろうか。


 カルド島が属州となった時、高官に連なった者の多くは元々カルド島で有力者であった者達である。アレッシアに対する遊撃戦を繰り広げていたのはハフモニの者やハフモニと縁が深い者達。ヘグリイス自身、バゲータが言わんとすることにも、心のどこかでは賛同している可能性もある。


(問題とするべきは、どこですかね)

 少しの思案の間に、ヴィルフェットの口が開いた。

 手を向け、その口を止める。


「この地に残る皆には申し訳ないけど、あまりフロン・ティリドに兵を割くわけにはいかないからね。できれば、此処に住まう者達同士でやり合って欲しいのさ」


「実際の距離が離れると心の距離も離れると言うことを聞いたことがあります。遠くにいる人質よりも、近くにいる同族に心を寄せてしまう可能性も捨てきれないのではありませんか?」


「そのためにも段階的に返していくつもりだよ。反乱者の少ない部族にはすぐに返して、多いと返さない。そして、彼らにはアレッシアの暮らしのすばらしさを語ってもらう。


 私は、此処にいる間はフロン・ティリドの文化を尊重するとも。

 だが、半島に来たらアレッシアの文化を尊重してもらう。


 被れるとかどうとかではなく、それが道理だとしてね。その上で、アレッシアの文化の良いところを同族から取り入れて行ってほしい。そう考えての行動さ」


「今なら大打撃を与え、こちらの意のままに従わせられる可能性があると思いますが」


 少し加熱させてしまったかな、とマシディリは自省した。

 先の言葉は、余計な言葉だったかもしれない。バゲータは口を閉じかけていたのだ。それが、マシディリの正論によって口を開いてしまったようにも思えてしまう。


(難しいですね)

 日々、勉強だ。

 父ですら頑固になった部分もあるのだから、もっと柔軟に。受け入れていかないと。


「バゲータ様は、マールバラと講和せよと言われて講和できますか?」


 責めていると捉えられないように。

 言い方には最大限注意し、表情も悔恨を込めて伝える。


 バゲータにとっても苦い記憶であり、マシディリも同じだと、バゲータの手の動きや重心の変化も真似することで同調を深めるのも忘れない。


「私には出来ません。ですが、バーキリキ様であれば、講和に乗り出せます。乗り気にもなれると言えますが、まあ、乗り気になるのはバーキリキ・テランが欲しかったからという私欲にはなりますね」


「マールバラは欲しくない、と言うことですか?」

 リベラリスが静かに言う。


 もちろん、リベラリスの本心からの言葉では無いことはマシディリも良く知っていた。これは、バゲータやペディタ、ヘグリイスに質問させないための行動である質問し、彼らが否定されないために先んじたのだ。


「マールバラに関しても私欲ですね。マールバラは、アレッシア人を殺し過ぎましたから。どうしても許せません。損得ではなく、感情、私怨によって手を取れないのです。そして、私怨こそ最も根深いとは思いませんか?」


 この場で最も私怨を抱いている者。

 それは、幼い時分に父親を失ったバゲータであり、ヴィルフェットである可能性は高いはず。


 故に、穏やかに、されど声音の裏に怒りを滲ませながら蓋をするように、マシディリは口を動かした。


「マールバラは、半島にあるアレッシア以外と手を組み、アレッシアを孤立、孤独化させることでの勝利も狙っていました。私も確かにフロン・ティリドに他部族の協力が入らないようにはしましたが、フロン・ティリド諸部族を根絶やしにするつもりではありません。むしろ、生産拠点として人手は欲しています。


 そうであるならば、やり過ぎは良くないとは思いませんか?


 一度、現状の勝利で剣を仕舞う。それが分かればこそ、味方も増えるのです。それでも逆らう者は厳正に処しますが、苛烈な処置も致し方ないと思わせられるだけの姿勢は必要です。


 勝ち過ぎは負けと変わりません。寛容性こそが大事だと、私は信じています」


 遠征に関しても。

 元老院に関しても。


 徹底的に叩かれるのなら最後まで抵抗もあるが、こちらに来た順番で扱いが変わってくるのなら降伏も早くなろう。


「ですが」

 とのバゲータからの音は、マシディリの推測だ。本当はもっと口内でとどまっており、はっきりとした言葉になどなっていない。


(功名心ですか)

 分からないでもない。


 同じ二世であるヴィルフェットは、誰が見てもマシディリからの信任の厚い若手だ。リベラリスの職責もどんどん重くなっていっているのも、誰もが分かること。フィロラードは功績としては挙げている途中だが、彼は高官では無い。ノルドロも、正確には彼が連れてきた楽団が、であるが、本遠征に於いて重要な役割を果たしてきた。


 バゲータとしては、父の名に泥を塗らないためにも、となるのも致し方が無い。


 ペディタはこの場唯一のオピーマ派の高官。しかも、マルテレスの反乱以後にマシディリの下に加わった者。功績は欲しているだろう。

 ヘグリイスもカルド島出身者で初のアレッシア軍団の高官抜擢者。もっと爪痕を、と望むのは、ヘグリイスだけではなくカルド島の者の意思でもあるはずだ。


(活躍の場)

 冷静に考えれば、次回以降にするのが最善だ。今はこれ以上攻め込むべきではない。今纏めることができれば、夏前にはアレッシアに帰還できるのだ。


(ですが)

 バゲータの父ネーレには、大きな恩がある。それこそ、フィチリタの婚約候補に上がるほどの恩だ。


 なら、作戦を変えてでも場を捻出するべきだろうか。

 そんな気遣いが、マシディリの中に生まれ出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ