リヒウーター族制圧戦 Ⅱ
「マシディリ様の情報通りでしたな!」
ポタティエが、いつもより大きな声で吼える。
元々野太い声だ。今や、机の上に置いている紙すら揺れそうな音である。
「いやいや、なんともうるさいのうるさいの。ばんばんと破裂音が鳴ってしまえば、まあ、馬は逃げるでしょうな! がっはっはっ!」
「馬は逃げても猪は逃げないかー」
「猪も逃げてしまうぞ、コパガ!」
「コパガ、猪はまだ逃げる。ポタティエは猪と違って突撃しか知らないから逃げられなかっただけだ。うん。知らないから逃げなかっただけだろうな」
「こうして被害少なく引いているじゃないか」
ポタティエが再び豪快に笑い飛ばす。
「だからってこっちの耳まで持ってくな」
緩さの消えたコパガが、顔をしかめた。ポタティエの大声に平然としている高官は、アグニッシモくらいである。
「俺らのところにも聞こえて来たから馬を使ってたら不味かったね」
「マシディリ様の言った通りでしょう?」
「俺も分かってたし」
アグニッシモが口をとがらせる。
共有は大事だよ、とマシディリはアグニッシモとスペンレセに対して言うにとどめて置いた。
「ユンバ。使用後、敵の様子はどうでした?」
話しも、先に進める。
「一度だけでしたね。一度だけです。一度使ってしまえば、破裂音は二度は使えません。長大なうえに殴打で威力が出る訳でもありません。使った者達も耳がやられ、連携が取れなくなってしまう。それこそ、そこの猪のようにうるさい声ばかりで新たな兵への指示も妨げられます。
騎兵ですね。騎兵に対しては、本当に絶大な威力を誇るとは思いますが、第七軍団は混乱に陥ることなく戦いを完遂することが可能だと思いました」
「概ね予想通り、と」
「ですね。はい。マシディリ様の推測通り、元からの連携が取れていないと使えない兵器です。それから、兵数も非常に大量におりました。大量です。小規模な一勝で大きく喧伝する策にも出るでしょう。エリポスのように」
エリポスと違って、主に内側に対して。
「明日までは投石機を使わずに攻め込みます。スペンレセは、明後日のために投石機の準備を。方針としては、全方位の攻撃と整地を行っておきましょうか。それから、簡易的な小屋も目の前に作ってください」
アレッシアは何年でも戦う。
それは、敵連合軍に流した噂だ。事実、多くの建築物は噂を補強するのに役立っているし、噂を真実にするときにも役に立つ。
確かに、翌日もアレッシア軍はリュミエットの攻略を成し遂げなかった。
が、着々とアスキルらのイパリオン騎兵や東方諸部族からの傭兵は戦果を挙げ、遠征の見返りとなる略奪を進めている。
許されるのだ。早期の降伏なら。それどころか、多くの見返りを手に入れられる。
リヒウーター族が情報を手に出来ているかは分からないが、逆らい続けたトーハ族は旨味を得ていない。略奪もほとんどできず、物資の消費が多すぎる馬を連れて籠城に入ったことから疎まれても居るだろう。
早めなら、許される。
遅ければ、許されない。
平の兵士一人一人にどこまで影響があるかは不明だ。情報統制もあり、小さいとマシディリは見ている。
しかし、上層部は違う。
情報統制をしている場合、往々にして統制をする側の力が強くなり、強くなった権力が受け継がれていく。一度手にしたモノを維持しようとするのが人間であり、失いたくないのが本性だ。全員とは言わないが、多くの者がそうなる。
そこを突いて揺さぶれば、アレッシアに心を寄せ始める者も出てくるのだ。
「マシディリ様」
「ん?」
「赤い布が流れて参りました」
「じゃあ、予定通りだね」
ドーリスに対しての依頼文を書きながら、レグラーレに返す。
翌日。完成させた投石機を使い、リュミエットの防衛線の一部に対して飽和攻撃を仕掛けた。
敵の悲鳴ごと、岩で圧し潰したのである。
いつも通りの朝。いつも通りの起床の音。いつも通りの光。いつも通りの整列。そこに他二日間との違いは無い。違いは無いからこそ、敵の備えも変わらなかった。
柵を引き倒しに来るのだから、柵を掴みに来た敵を倒す。ただ、投石具の類もありうるため盾を用意した。スコルピオに関しては、来ないことを祈るのみ。
そんな相手だからこそ、いきなり空に浮かんだ大岩に対してなせることが無かったのだ。
音は止まない。巨大な影が空に浮かび、柵が砕け、肉が割け、骨片が散らばり、血が大地を染めていく。そこに居た者が誰かなど、記憶を引っ張り出さねば分からない。
次に訪れる恐怖は、防衛線が砕けたと言う側面からの攻撃のへ恐怖。二日間の成功体験があるからこその虚勢と、彼らの前に訪れるこれまでとは全く違う攻撃だ。
投石具による、投擲。
即ち、小さな石。
衝突の勢いで柵を破壊することはあっても、圧し潰すことは無い。
それでも、想像は起こる。同じ石。投石。頭にぶつかれば、当然吹き飛ぶ。頭が砕ける攻撃はスコルピオもそうだ。遠くから聞こえる投石機の音は、何なのか。どうなのか。
「破城槌を前進させてください」
紫のペリースを翻しながら、いつもよりも前に出る。
敵から見えるかは分からない。少なくとも、味方の士気は上がる。そのことを理解しているからこその行動であり、一見すると意味の無い破城槌の前進に疑問を抱かせないための采配だ。
敵の防御線はほとんどが柵。そこに堀が掘られているだけ。斜面もあるが、巨大な槌によって破壊しなければならないようなモノでは無い。
それでも前進させるのは、軛の役割を果たしてもらうためだ。
獣の皮で屋根を覆い、側面も板で守った破城槌は簡単には壊れない即席の壁となり、中身は通路となる。そこからの攻めが失敗しても大きな問題ではない。
これまで徒歩で来ていた敵が、いきなり小屋のような建造物を幾つも並べてくるのだ。戦場で、敵からしてみれば一日で街が完成したようなモノである。本来はそのような力は無くとも、口伝が続くうちにそこまで捻じ曲がってしまうのだ。
夜になれば、その破城槌が燃え上がる。
潜在的な恐怖だ。火が各陣地まで燃え移ることは無いが、高すぎる火は不安を煽る。その後ろに敵がいると思えば、人が持つ本能的な恐怖と敵が結びつき、アレッシアに対する恐怖となるはずだ。敵が燃やすなら分かるが、アレッシア自身が燃やすと言う行為も理解を妨げる。分からないことに恐怖する。恐怖が積み重なるのだ。
結果として、敵は三日間もアレッシアの攻撃を防いでいる。
士気を上げるためにはその事実を使わざるを得ず、士気が上がる者も居るだろう。
で?
もう一度戦意をくじけば、そこに残るのは最初から空元気だったのでは無いかという疑念だ。
「狼煙を」
「はっ」
翌朝。
マシディリは、破城槌が燃え尽きているのを確認すると、起床時に使っていた音を止めさせた。光も打ち上げない。ただただ静かに、そして大胆に狼煙を上げるだけ。軍団の整列も見せない。ただし、宿営地の前にしっかりと兵を立たせはする。
温度差だ。
何かが起こっている。でも、何かは分からない。快晴の下で、不気味に何かが進行している。
一昨日、一昨々日までは愚直な攻め。
昨日は兵器をふんだんに使った、財力工力を押し付ける戦い方。
次は、何か。
想像できない不安が。想像できてしまう恐怖が。敵の神経を無神経に掴み撫でる。
非情な攻めにより削られた睡眠時間と、多量の汗もそのままにせざるを得ない肌の不快感が、敵の神経を削っていく。臭いも敵だ。人を多く集めれば自ずと出るモノも多くなる。これまでの均質的な攻めと昨日の集中的な攻撃では持ち場による不満も出ていてもおかしくはない。命に危機ならなおさらだ。
(耐性はあるでしょうが)
その耐性は、敵の多量攻撃に対しても川を使って守り、耐え、取り返せると言うこれまでの経験からくる耐性。
そこを破壊するには、やはり、川。
狼煙を上げてから三時間後。リュミエットにかすかに届いたのは、テュッレニアの音楽であった。
今回の遠征に於けるアレッシア軍の総攻撃の象徴のような音である。それも多くの方向から押し寄せる攻撃と共にあった音。総攻撃の合図。音が近づいてくるのは、川から。ラフィット川が、敵の音色を運んできたのだ。
使った船は、持ち運びに特化したメガロバシラス式の船。
乗ってきたのはヴィルフェットを始めとする、リベラリスを除く第九軍団。
彼らが下りたのはリヒウーター族の各集落。
リヒウーター族はリュミエットに兵を集めていた。アスキルやクーシフォスに備える必要もあったため、それ以外の、アレッシアから攻撃を受けていない多くの集落は人が少なくなっている。先までの戦いでアレッシアが裏をかいてくることに備え、むしろ先に捨てたと言う形だったのかもしれない。
そう考えれば、今回も読み通りと言えるだろう。
しかし手段が違う。騎兵は敵を引き寄せるために。リヒウーター族が心のよりべとしていた防御の要、川が攻撃の手段に。八十人一単位で考えられた編成が、人の数に応じて各集落を襲い、同時多発的に陥落させていく。いつもリヒウーター族が襲われる方向からの攻撃は逃亡への心理的な障壁を減らし、いつもと違い西側から攻めているアレッシア軍の槍先へとその身を晒すだけ。気づいた時の焦りが、彼らを川へと溺れさせていく。川が、最も多くの者の命を奪う。
リヒウーター族は蛇行する川が発展させた部族。
マシディリは川を使うことで、その集団の心をへし折ったのだった。




