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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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リヒウーター族制圧戦 Ⅰ

 リヒウーター族。

 その支配領域はフロン・ティリド北東部の平野一帯に広がっている。その平野には川が蛇行して流れており、流れる川、ラフィット川が平野に多くの栄養を運び、物を運んでいる。


 また、川の恵みは物資的な豊かさだけには留まらない。


 その東にはより攻撃的な部族がいるのだ。彼らから身を守るためにも、彼らに追われてきた者から身を守るためにも河川による防御は役に立っている。川辺の守りを固め、活かすことで敵の侵攻を防ぎ、耐え、奪い返してきたからこそのフロン・ティリド諸部族連合の中核部族となったのだ。


 もちろん、彼らにとって最大の脅威となっている部族の支配方針が、土地を変え執着心を持たないようにすると言う方針であることも奪還の一助にはなっている。逆に、執着心を捨てさせることでしか安定的な支配を取れなくした可能性も捨てきれない。


 兎にも角にも、川だ。


 平野での戦いであり、アグニッシモやアスキルと言った遠征軍の中でも群を抜けた戦力を十全に使える状況であるが、川が鍵を握っている。


「デュプイ様にお伝えください。ラフィット川および支流の数々さえお渡しいただければ、こちらには講和の用意がございます、と」


 保持しておいた捕虜を、それもフロン・ティリドの幾つかの部族の者をリヒウーター族の族長であるデュプイに向けて送り込む。


 返答は、まさか首にはなるまい。

 そう思ってはいたのだが、後日マシディリの下に届けられたのは、色味を失った四枚の赤い舌であった。


「川が全てだと強く思っている証か!」

 がはは、とポタティエが豪快に笑い飛ばす。


 並べられた使者の舌に慄く者は一人もいない。むしろ気になっているのは、どの部族の舌が切り取られたのか、という一事だ。


「その部族に先鋒としてリヒウーターを攻めさせることができるってことですよね」

 フィロラードが舌を手に取り、言う。


「現実的ではないがな」

 否定の言葉はヒブリット。他の者も、思うことは同じだ。


「慌てず、期待せず、いつもどーり」

 ゆんたりとした言葉遣いはコパガ。加えてはいけないと思いますね。加えませんよ、とアレッシア軍だけでの攻撃を進言したのがユンバである。


「アスキル様に東方諸部族兵を加えた部隊でまずはかく乱を。アグニッシモはリュミエットまでの露払いをしておいて。リュミエット自体は、私と第七軍団で攻略してしまおうか。

 リベラリスはクーシフォスと共にランヌ・ルベアローラに睨みを利かせるように」


 即ち、作戦通りに。


 ランヌ・ルベアローラはリヒウーター族の中心集落だ。ラフィット川を内包し、川の東西に広がる立派な集落である。

 リュミエットは、そこから三回の蛇行を挟んだ北側にある土地だ。北から東回りで南にかけてを川に囲まれた土地であり、物資の集積地としての役割と防御地点としての役割がある。



「東から来る敵への警戒だけでは無いのですね」

 じぃ、とリュミエットを睨みながらフィロラードが呟いた。

 マシディリも馬上で堂々とリュミエットの守りを見つめる。


「川を渡ってくるかもしれないと警戒しているからね。籠城できるように食糧も十二分にあるし、木々の生育を怠らないことで臨時の木材も手に入れられる。良い土地だよ」


 攻め込むための入り口の幅は五キロほど。決して狭くはないが、そこさえ守れればどうとでもなるのなら、守備も硬く出来ると言うモノだ。


「突破まで行っちゃえるよ」

 軽快にマシディリの前に馬を出したのはアグニッシモだ。


「いや、アグニッシモにはコパガの支援の下でもう一つ南で渡河作戦をやってもらおうかな。向こうの蛇行は、こちら側からの敵に備えた陣地だからね」


 と言っても、さほど大きな陣地では無い。

 奪われて利用されることを恐れたのか、攻撃地点はそれなりに隠されている場所だ。


「投石支援?」

「そう。多くの投石機で支援を行って、アグニッシモの一点突破で行こうかな。何よりもアグニッシモの武勇をしっかりと印象付けておきたいからね」


 アグニッシモに引き継がせる時のためにも、今後の作戦のためにも。


 スィーパスは確かに攻撃を控え始めた。とはいえ、マシディリが奥地で足止めされれば好機とみなすのは必然だろう。ティツィアーノのエリポスでの行動の情報がマシディリの下に入り始めたと言うことは、スィーパスも同じ情報を掴み始めてもおかしくは無いと言うことでもある。


 他の問題も、山積みだ。

 ティツィアーノの行動を見て不安を抱いたエリポス諸都市からの連絡、アフロポリネイオからリングアへの擦り寄り、デオクシアからの接触、父の死後に乗じた被庇護者同士の土地争い、アレッシア他貴族との関係強化。

 時間をかけて良いことは無い。そもそも、マシディリの当初の予定ではフロン・ティリド遠征など無かったのだから、出来て夏までだ。


「さて。苛烈に、防衛線を突破しましょうか」


 第一列、ポタティエ、ユンバ。

 第二列、スペンレセ、ヒブリット。

 第三列、マシディリ。高官では無いがフィロラード。


 その布陣で、リュミエット攻略戦は開始した。


 リュミエットは、今や起点だ。


 その北方、ランヌ・ルベアローラと同じく川を挟んだ集落はアスキルらが襲撃している。距離は少しあるが、突破できれば川の東西から攻撃を行えるようになるのだ。リヒウーター族としては兵を送り続けなければならないだろう。


 だが、南方にあるのは最大の集落ランヌ・ルベアローラを狙うは死を厭わないクーシフォスに平均値の高いリベラリス。優秀な二世の二人だ。


 加えて、リュミエットとランヌ・ルベアローラの間は、アレッシア最強のアグニッシモが攻撃を仕掛けている。


 保身に注力するのなら、リュミエットを捨てるのも致し方ない。いや、心臓部を守ると言う意味では、短期的に考えれば正しいとも言える。問題は、短期的で済むような根回しが済んでいるか、だ。


 逆に、長期的に心臓部を維持するためにリュミエットを守るのなら、大戦力をアスキルのいる北方まで運ばなければならなくもなる。


 そして、連合軍が解散した今、リヒウーター族にはそれだけの兵力は存在していない。短期的な保身からの現支配体制にも不満を抱いている過激派による仲間づくりを待って攻撃するのが全部を守るための唯一の手立てか。


 無論、そんなことをすれば敵の支配体制は揺らぐことになる。


「攻撃開始」

 故に、マシディリは後方に控えたままで攻撃を命令した。


 真っ先に突撃を開始したのは筋肉達磨のポタティエ。投石具の類も使わずに、ポタティエを始めとする筋骨隆々の男達が盾を構えての突撃である。


 ただし、いつもの木を獣の皮で補強した盾では無い。金属を要所に使った盾でも無い。金属の盾だ。重量物過ぎて基本的には扱えない。少なくとも動きながら使う物では無い。


 でも、ポタティエと彼と共に鍛え上げられた者達なら持ち運んで戦える。ポタティエなどは両手に盾を持つほどだ。

 対して、リヒウーター族には対人兵器の類は無く、アレッシアが使っているのよりも質の劣る投石具があるだけ。


 これは、仕方の無い面もある。


 アレッシアが模倣した投石具は、投石を狩りにも使う部族の投石具。一方でリヒウーター族は農耕が中心であり、投石具を使う機会は少ない。周辺地域に騎兵も多くは無く、騎兵がやってきたとしても川に依って守ればいずれは退いていくのだ。


 これでは研鑽に使う必要も薄いのも当然のことである。


「ポタティエ隊が柵に取りつきました」

 伝令兵からの報告。

 それでも、紫のペリースは動かない。


 じっと座ったまま、目を閉じる。やがてかすかに聞こえてくるのは破裂音だ。

 ぱぁん。ぱぁん。と。遠くから響き、やがてアレッシアの進軍の音も止まってくる。遅れて大地が小さく揺れ、敵騎兵が柵の外に現れた。


 静かに目を開ける。

 蒼い光が打ち上がった。スペンレセの光だ。命じた内容は、ヒブリットの指揮下にある軽装騎兵の動員。


「待機」

 マシディリの言葉を、伝令兵が第三列全体に広めていく。


 当然、勝ちには繋がらない手だ。柵に取りついて壊そうとするまでは良かったが、如何せん人の手だけでは届かない。そこに敵騎兵が打って出てきて囲もうとして、こちらも兵を繰り出して。


 乱戦になれば、依るべき防御がある方が有利なのは当然のこと。


 初日の戦いは、アレッシア軍の攻撃失敗。リヒウーター族による敵撃退の成功と言う結果で終わったのだった。

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