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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1475/1590

誰を見て

「こちら、珍しい漂流物が見つかったとのことで、是非マシディリ様に、と」


 レグラーレが持ってきた壊れかけの壺は、紙が混ぜ込まれた壺だ。

 割って出てくるのはソリエンスからの手紙。連絡が少しだけ頻繁になってきたのが気になるが、それだけ重要でもあると判断したのだろう。


「なんと?」


「練兵の遅れを不安視して、スィーパスはアレッシアとの決戦を避けたらしいね。フラシ遠征時にメクウリオ様が火計を使ったのも要因の一つらしいよ。これ以上田畑をやられ、求心力が低下していく方が恐ろしいってね。戦力差は薄々感じ取られているらしいから、アレッシアに降伏した方が良いと思われたくも無いってさ。


 それから、練兵の遅れにはプラントゥム西方にプラントゥムの言葉を使える者達を派遣したのも影響しているとも見ているね。東進してきた軍団は数こそ多いけど言語の統一性に乏しく、個人の練度も高いとは言い切れない。


 スィーパスの言葉を借りるなら、エスピラ・ウェラテヌスにとって餌のような軍団である、と」


「嬉しそうですね」

「まあね」


 声も明るくする。

 リヒウーター族制圧戦に入れそうなのも理由の一つではあるが、多くを占める部分では無い。


「ソリエンスも優秀な外交官だよ」

 次に手にするのは、スクトゥムからの手紙。


「あと、アゲラータが暴れたらしくてね。ただ、アルム様が上手いことアゲラータ軍を引っ張り、アゲラータ達に村々を略奪させたらしいよ。だからこそプラントゥム西方で求心力が低下して、その復活に躍起になっているってさ。スィーパスが動けないのは、自身の戦力を西に向けることも考えているからじゃないかって」


 アルムは祖父カリトンのように軍事的な才能もあるのかもしれない。

 無論、優秀な参謀が付いた結果かもは知れないが、どのみち胆力はありそうだ。そして、胆力こそが最も必要とも言える素質である。


「どのみち、時間は稼げそうだね。メクウリオ様とテラノイズ様とスクトゥム様の連携の見直しと構築を進めながら、私達もリヒウーター族へ向けて北上しようか」


「ちなみに、見直しは誰が?」


 レグラーレがマシディリを指さし、それからこわごわと自身を指さし、うへえ、とした顔を作り上げた。


(適任はレグラーレですが)


 アフロポリネイオの記憶も蘇る。

 あの時と違い、今は情報に精通している者も多く居るが、それでも手放すのは少し怖いモノだ。


「仕事をため込みすぎませんように」

 口を開く前に、レグラーレに釘を刺される。


「誰にしようかね」

 流しながら思考する。


 まずもって遠くにいる者では駄目だ。この場にいる者か、プラントゥムに居る者。遠くともテュッレニアまで、半島北部にいる者までか。

 それとは別に、新しい伝令部隊の構築などもしてしまいたい気持ちもある。


「マンティンディに構築をしてもらおうかな。下地はすぐに動かせる人材で。軌道に乗せるための多くの人材は、十五歳前後の若者を集ってやってもらおうか。

 それから、イーシグニスも一応呼び寄せておくよ」


 服を掴んで急いでやってくる姿が想像できるようだ。

 頭の中のイーシグニスの服がはだけているのは、彼が無類の娼館好きだから。結婚してもそれは変わらない。


「私達も明日には進発しようか」


 すぐには肯定の返事がやってこない。


「マシディリ様」

「ん?」


「ラエテル様が近々フロン・ティリドに入られます。少しだけ出発を遅らせては如何でしょうか」

「作戦行動を私情で遅らせて良いことは無いよ」


「作戦行動に従事する者のやる気を出させるのも大事なこと。来年度のことも考え、第七軍団とアグニッシモ様の連携を整わせていくのも、リヒウーター族制圧戦の前にやっておくのが良いのではありませんか?」


「言うねえ」

 本当は会わせたいだけだろう。


 ラエテルの意思、というよりは、マシディリを思っての比重が高いことも長い付き合いで何となくわかる。ラエテルも、会えるなら会いたいと言ってくれるが、そこまでのわがままは通さないはずだ。


 愛息の性格を考えても分かるし、愛妻の方針を見ても分かることである。


「先に周囲の集落を幾つか落とそうか。戦場での指揮はアグニッシモに。スペンレセはアグニッシモの補助に当たって、第七軍団は一時的にアグニッシモの指揮下に入れるよ」


「ラエテル様もお喜びになるかと」

「そうだね」


 本陣はプラントゥム以来の狂兵一千とクーシフォスの騎兵一千が残るマシディリのいるところ。東方諸部族からの援兵は、その顔が知られなければ意味が無いため堂々と行軍をさせ、リヒウーター族の集落の手前まで進ませる。


 アグニッシモによる集落攻略も順調だ。


 何よりもアレッシア軍と諸部族との兵力に圧倒的な差がある。この状況ならばフロン・ティリドの部族の選択は自ずと籠城になるが、籠城で大事なのは士気である。だと言うのに、歴戦の、戦闘経験のある兵は帰還兵ばかり。その帰還兵が恐怖にやられていれば、士気が高くなるはずが無いのだ。


 ならばと奇襲を企てても、そこはアグニッシモの得意な場。完膚なきまでに返り討ちにし、余計に士気を下げる結果にしているのである。


(ひとまずは、十分ですかね)


 フロン・ティリドの部族も、別に横一線な訳では無い。動きを注目されている部族もあるし、人数も差が出てきている。


 だから、わざわざ全部を潰す必要は無い。


 影響力のある部族の一部を武力で叩き潰し、厳しめの戦後処理を行うと同時に別の影響力のある部族を調略で下して寛大な処置をすれば、嘘であっても頭を垂れてくるモノだ。


「レグラーレ。今日の情報もリヒウーター族へ流しておいてくれるね?」

「扱いが雑になった……」

「レグラーレの提案だからね」

「うへぇ」


 今度は口に出し、がっくりと肩を落としている。そんなレグラーレに対し、アルビタが「不敬?」と呟いた。レグラーレの背筋が伸び、「私ほど敬意に溢れた人物はそういない」などと嘯いている。


「地固めに動いていると思われるのなら、好都合かな」


 いや、無いだろう、ともすぐに頭の片隅で否定している。

 リヒウーター族攻略の準備は進めているのだ。漏れない可能性は低い。


(攻略自体は一か月。あとは帰還して、夏を迎えて。リングアも)


「父上!」

 思考の最中に、全てを吹き飛ばす声が聞こえた。


「ラエテル」

「ちーちーうーえー!」


 両手を広げた、突進。

 思わず小さな頃、まだ弟妹がいなかった頃の愛息を思い出し、マシディリの頬が緩んだ。


 野暮なことを言う必要は無い。少し腰を落とし、マシディリも両手を広げた。


 どん、と衝撃が走る。

 だが、愛息が幼かった頃よりも軽い衝撃だ。持ち上げる時に必要な力は、その時以上であるが。


「元気にしていたかい?」

「うん!」

「べルティーナも?」

「真っ先に私のことを聞いてきたら思いっきり泣いてやりなさいって、言っていたよ」


 目を、合わせる。

 愛息が無邪気に笑った。


「最初は僕のことだったから大丈夫!」

「そうか。ソルディアンナとリクレス、ヘリアンテは?」

「自分達で畑を作るんだって息巻いていたよ」

「それは、楽しみだね」

「うん!」


「うん?」

 下ろそうとするも、ラエテルの手が放れない。


「もう?」

「皆見ているからね」

「でも、軍団のために行動している訳じゃないよ」


 少しだけ、それはどうなんだ、とも思う。

 が、ラエテルの話は終わっていない。


「父上もそうだよね? 見ているのは、アレッシアの栄光とウェラテヌスの名誉。軍団のために便宜を図っている訳でも無いし、特定の何かを優遇している訳じゃないって。母上も言っていたよ」


 耳の痛い話だ。


(軍団の支持を失うわけには、ですか)

 自分は、少々暴走癖があるのかもしれない。


「あ、でも名誉のためなら我慢しなきゃか」


 母上にも叱られちゃう。そんな風に唇を小さくしたラエテルがやや幼く言った。

 父上が僕の年齢の時にはカルド島だもんね、とも言って、手が緩まる。


「たまには良いよ」


 やさしく言って、抱きかかえ直す。

 そうすれば、ほんと? と愛息が顔を輝かせてくれたのだった。

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