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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1474/1590

第七軍団

 テュッレニアの音楽が鳴り響く。

 直後に立ち昇るのは、紅き光。太く、天を突く一本の柱。


「神よ。神々よ! 悪逆と暴力とあらん限りの幸運を我に授けたまえ!」


 姿を見ただけで三弟の猛々しい声が聞こえた気がして、アレッシア最強の騎兵集団が敵軍に突っ込んだ。


 アグニッシモは最強だ。フロン・ティリドに於いても、まともに戦える集団などいない。

 その上、包囲攻撃をする時の音楽、即ち敵が恐怖する音も奏でている。


 連合軍の決死の攻撃が瓦解するのも、無理からぬ話であった。


(狙いが悪かったですね)

 終ぞプラントゥム以来の狂兵を動かすことなく、マシディリは戦場を見やる。


 兵を分散させているアレッシア軍。そこに対して総攻撃を仕掛けるのは、分からなくもない。

 だが、点在している敵に挟まれている状況であり、味方は連戦連敗。その中で賭けのような攻撃に出るのは愚の骨頂。勝ててもただの運。負ければ当然の一か八か。さらに言えば、アレッシア軍は初めての地でも高速機動を披露し、気取られない内に側背に回ることも多かった。


(優秀な者が上に立たなければ良いのですが)


 探りは、まだ途中だ。

 兵から慕われ始めている者も出てきている。

 出来れば、リヒウーター族制圧までは敵の頭が変わらない方が都合が良い。

 とは言え、考えない訳にもいかないのだ。


「アグニッシモ様からの伝言にございます。今回は、徹底した追撃を行ってよいかどうかを伺いたい、と仰せでした」


「敵軍の寸断と散逸を狙ってであれば可能、と。難しい任務ではありますが、アグニッシモならば大丈夫だと信じていますよともお伝えください」


 敵軍から見れば三連敗だ。

 求心力も何も無い。これが、元は結束力がありました、ならばまだ戦えるかもしれないが、元から一枚岩でないのなら戦うことなど不可能だろう。


(予定とは違いますが、メクウリオ様も入れたいのは変わりませんね)


 本来であれば、此処で少々残るであろう連合軍への抑えとして、そして第七軍団と協調させるために第二軍団を呼び寄せたかったのだ。だからこそ、スィーパスの動向が気になっていたのである。


 だが、今日の勝利でその必要が限りなく低くなった。

 第七軍団もリヒウーター族制圧戦へと連れて行ける。


 無論、第二軍団を三角植民都市群、あるいはその先へと駐屯させることができれば、だが。



「テラノイズ様がピオリオーネまで引きました」


 被害状況を調べている最中に、知りたかった情報がやってくる。

 残念ながら待望とは言い難い入りだが、何も分からないよりもかなり良い。


「軍団の状況は?」

「イエネーオスとの野戦には臨まずに撤退を決断したため、全軍無事であり、ピオリオーネでの籠城準備も万端とのことです」

「手を付けていないようで安心しましたよ」


 準備を進めていたのは、前の遠征の時からだ。

 そこから物資が保たれているのなら、問題は無い。あとは食糧だけ入れ替わっているかの問題なのだから。


「イエネーオスがピオリオーネを無視して東進するような素振りはありましたか?」


 ピオリオーネに籠るテラノイズと第二軍団の総数とイエネーオス率いる軍団の総数は互角だ。ピオリオーネを無視して動くと挟撃されて一気に危機に陥ってしまうため、普通であれば動かない。


 動くとすれば、後続を待ってから。あるいは、そのために数名を先に送り込むか。


「中軍を率いているスィーパスの動きが止まりました。伴って、後軍を率いているヒュントも動きを止め、グランディ・ロッホに集めた物資も東へ送る様子はないとのことです」


(進軍しない)

 フロン・ティリド連合軍の敗報が届いたのか。あるいは、プラントゥム西側で決戦があり、スクトゥムらがアゲラータを撃破したのか。はたまたプラントゥム諸部族の反乱か。


(反乱は美味しくないですね)

 今起こされても、乗じて兵を動かすことは出来ないのだ。


 今年一年は第三軍団を休ませると決めている。公にするわけにはいかない情報であるため伝えてはいないが、国力を見せつけるためにも他の軍団を働かせるとは伝えてあるのだ。


「第二軍団の展開範囲を広げるようにと伝えておいてください。具体的には、北へ。アスバクとルベルクス様が通った部族の場所に一個大隊ずつ駐屯させるような計画を立てておきます」


 いや、もっと細かい方が良いか、と思い直す。


 百人隊長ごとに臨時の権限を付与し、八十人一組で展開していくのだ。その上で大きな目で見れば、いつも通りの四百人での単位となり、千二百人で軍団長補佐の監督部隊となる。それを細かく作成し、時には組み換えも可能にする。


 場所だけではなく、道などの移動にかかる時間も含めて配置を決めて行かねばならないのだ。


「ヘグリイス、ペディタ、バゲータの隊をリベラリスの下へ送ります。リベラリスはアスキルとヴィルフェットと良く協議した上でリヒウーター族制圧戦の前準備を進めてください。

 それから、第七軍団の高官には招集を。アグニッシモには千六百の歩兵を預けますので、パライナと共に強力な残党に打撃を与えておくように、と。殲滅はしなくて構いません。苦戦しそうだと判断すれば戦わないことも選択するように」


 練習だ。

 細かい指示、マシディリの考えはアスキルに託してある。困った時、悩んだ時はアスキルが手を貸し、マシディリの目的と大きく逸れそうな時は口を出す。それでありながら、リベラリスとヴィルフェットに自身による決定と徹底的な思考、精神の持ちようを鍛えてもらうための訓練だ。


「次は第七軍団ですか」

 ふんす、とフィロラードが両手で拳を作る。鼻も膨んでおり、目も大きい。


「気合十分か! 若い者は威勢が良くなくっちゃな!」

 ポタティエが野太い声をあげ、大きな歯を見せた。

 子ども扱いと受け取ったのか、フィロラードの眉が険しくなる。


「カナロイアでは計画を事前に知っていたとはいえマシディリ様の暗殺を防いでいるし、さっきも敵の突撃を受け止めていますからね。余裕ぶっていたら、その内功績で抜かしますよ」


「おー、がんばー」

 コパガが緩く言う。


 また険しい顔になるかと思われたフィロラードだが、本当に気にしていないような第七軍団の面々を見て疑問が上回ったようだ。吊り上がる眉は徐々に戻り、引き締められた口元の硬さも緩くなっている。拳もいつの間にかほどけ、きえかけの少年らしさが残る顔つきになった。一種のあどけなさは、得体の知れなさに対する恐怖が呼び起こしたものかも知れない。


「なんで?」

「何で、とは?」

 フィロラードの声に、ユンバが返す。


「いや、こう、第七軍団はマシディリ様の精兵軍団にならないといけない軍団でしょ?」

「第三軍団の下に着く、という意味であるのなら、遺憾だと伝えさせてもらう必要はある」


 ヒブリットの硬い声に、うん、とフィロラードが頷いた。両手は両足の前。恐怖等ではなく、理解によって耳を傾け始めたようにも見える姿勢だ。



「アビィティロも他の者も優秀だ。一緒に伝令部隊として働き、その後も戦場を共にしたからこそ良く分かっている。


 だが、それは麻痺だ。

 我らも十分に早い出世をしている。マシディリ様から遅れたとも言われているクイリッタ様も、エスピラ様が執政官になられた時と同じ年齢。ましてや我らは執政官はもちろん法務官も出したことの無い家門であり、財務官もいない者が多い。


 満足はしていない。だが、焦る必要も無い。

 我らはただマシディリ様の信頼に応え、以後の信用に足る結果を粛々と示していくのみ」


「抜擢だからこそ、私達の功績はマシディリ様の功績となり、私達の失態はマシディリ様の失態となる。そう言う話です」


 ヒブリット、スペンレセと続いた言葉に、フィロラードの口が薄く開いた。頷きも二度。


「我らは焦っていない。いずれ機会がやってくる。それが見えないのであれば、見えないものにも備えることができると思われてるからこそ。結果を出すことだけを考えれば良い。そう考えている」


「これが守りの姿勢であり、出世に遅れたのだと言われれば、言い訳染みた返答しかできませんがね」


「いえ」

 うん、とフィロラードが頷く。

「ためになります」


 素直では無いレピナと一緒に居ながらも素直でいられるフィロラードは、本当に良い人材である。


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