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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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機動と泰然で以て Ⅰ

 進軍を決断したが、マシディリの一番の懸念は三角植民都市群の少し後ろ、アレッシアの支配領域からフロン・ティリドへの出入り口に位置している部族の動向であった。


 これだけの快勝だ。すぐに裏切ることはしないだろう。でも、此処が裏切ればマシディリ達は敵地に孤立することになる。だからと言って軍団を差し向ければ今後、他の部族からの激しい抵抗が予想されるのだ。軍団の大規模な駐屯も反発を買うだけ。マシディリが言葉を尽くしすぎるのも、下手に出過ぎていると捉えられかねない。



(畑を楽しみにはしていたのだけど)


 べルティーナは身重だ。例年通りにウェラテヌス邸の家庭菜園ができる訳では無い。

 ならばと張り切っていたラエテル、というよりもラエテルの活躍を楽しみにしていた弟妹達の期待を裏切らせるのは申し訳ないと言う気持ちが先立つ。


 だが、そんなことを言ってしまえば、他ならぬ愛妻に怒られそうだ。

 既に想定もして、ラエテルとセアデラにも話しているのであれば、やるしかないだろう。


「後方の部族に、アスバクとルベルクスを送ると伝えておいてください。通訳にはラエテルとセアデラを付けます」

「はーい」


 気の抜けた声で返事をしたのはコパガだ。

 旧伝令部隊の彼の緩さは、過酷な場所でも変わらないのは長所ではあるが、グロブスなどの真面目な者達には少々眉を顰められてもいる。


「アスバクはアスバクですが、ルベルクス様は流石ですね。流石です。命を賭した機会を一発で掴むとは。トリンクイタ様が失脚したからこそですね」


 コパガの乗りに合わせるように軽く言うのはユンバ。


「なに。掴んだ者達の集まりよ。マシディリ様とてセアデラ様とラエテル様が一定の活躍を見せねば起用すまいて」


 野太い声でポタティエが笑う。

 さらに筋肉がついたらしく、ヒブリットが言うには「とうに馬に乗れる体じゃない」筋肉をしている。


「気を抜くな。ラエテル様とセアデラ様の命は我らが預かったも同然だと言うことを忘れるなよ。我らが不覚を取れば、お二人の命も危うい。第三軍団ならばとは言わせるな」


「硬いな! それでは損ずるぞ」

 ポタティエの軍扇のように大きな手がスペンレセの肩を思いっきり弾いた。


「かたーい男は嫌われるよ」

 なんて、コパガも長い手を脱力させている。


 第七軍団。いわば、エスピラ・ウェラテヌスが目をかけた旧伝令部隊の三番手集団だ。


 一番手は、言わずもがなアビィティロ。

 二番手集団はグロブス、マンティンディ、ウルティムス、ボダート、スキエンティ。


 題なん軍団はその後ろ、より正確に言うならばエスピラからではなくマシディリから任じられる形で高官になった者達だ。能力、性格ともにそれだけの理由はある。ボダートやスキエンティと違って今も第三軍団の高官との仲も良好だ。


 でも、口惜しさが無い訳では無い。

 活躍の機会を欲しているのは、彼らも同じこと。


 同様に。


「諸部族連中は裏切るにしてもラエテル様とセアデラ様を手中に収めてからの方が良くて、そもそも今の勢いの状態なら裏切る必要が無いと言うことですよね」


 義弟(フィロラード)も、引き続き功を欲しているようだ。

 カナロイア辺境でマシディリを暗殺から救った功績はシニストラにしっかりと褒められたそうだが、レピナが素直になってくれなかったらしい。


(急に言うのも不自然だけど)


 それとなくレピナからフィロラードに伝えてもらうよう、フィチリタへの手紙にも書いておく。無論、フィチリタへの手紙の主題は違う。畑を手伝って欲しいとの連絡だ。同時に、べルティーナの話し相手にもなってくれ、と。

 いきなりオピーマに取り残される形になった妹への気遣いでもある。



「皆、流石はマシディリ様だって言ってますよ。私もそう思います。鮮やかな勝利の数々。本当に敵は何もできてないですからね!」


 日を改めて。

 フィロラードが、つま先でぴょこぴょこしながら言ってきた。


「そうだね。敵がまだ首脳部を変えていないようで安心したよ」

「あ! そのために追撃を緩めた面もあるのですか?」

「理由の一つとしてね。集めた情報にない者が敵軍の主導権を握る方が厄介だから」


「なるほどなるほど。良いなあ。ヴィルフェット様が情報を集めて、アグニッシモ様とクーシフォス様とアスキル様が一気に敵後方を襲い続ける。東方遠征からずっとマシディリ様と共に戦っているだけはありますよね」


 ヴィルフェットはマシディリの従弟だ。

 アグニッシモはマシディリの三弟。

 クーシフォスもマシディリの義弟となっている。


「敵が来ない内に撤退するのが最重要だからね。どうしても攻撃は騎兵になるよ」


 地元の者しか知らないような間道。

 そこを使い、敵軍の後方集落を襲撃し続けているのだ。


 非常に危うい戦法ではある。普通ならば運が大事になってくる策だ。そうでもしないと、捕らえられて各個撃破される危険が高いのだから。


 でも、出来ないのは敵が雑多な寄せ集めであり、彼らの政体が情報統制に重きを置いていたから。


 連合軍首脳部にとって大事なのは、迫りくるアレッシア軍本隊を叩き潰すこと。

 何も間違ってはいない。兵が惑わされないように情報統制を引くのも悪くない手だ。


 だが、情報を流すことに於いてもウェラテヌスは多くの経験を積み上げてきている。そして、雑多な寄せ集めと言うことは多くの者にとって大事なのは自分の部族と言うことだ。


 なるほど。

 此処に、マールバラとまでは言わずとも多くの集団を統率できるような者がいれば戦況は変わっていただろう。しかし、いない。いないのを把握している。少なくとも今の敵軍であればどこかの部族が転覆して新しい者が台頭した場合、別の部族が一気に主導権を握ることをマシディリは把握しているのだ。彼らの対立は、流血を伴ったこともある。


 今は一カ所にいるが、離れた場合には情報のやり取りはより希薄になる可能性だって高い状態だ。


 だから、敵の後方を引っ掻き回せる。

 マシディリ率いる本隊が敵軍の目を引き付け、その後ろを三種の騎兵が走り回るのだ。


 アグニッシモが多くを破壊して。クーシフォスがぎりぎりまで敵を引き付けるように荒らして回り。アスキルが敵本隊から離れた敵部隊事鮮やかに討ち取って。


 無論、本隊も何もしない訳では無い。

 主に行うのは訓練だ。第九軍団にしっかりと訓練をやらせ、その練度で以て敵を威圧する。


 同時に、土木工事も行った。支配にも使え、守りと補給線の構築にも使える陣地群だ。素早さと堅固さで敵を圧倒し、建設する場所によって進軍した地域の守りを固め、支配体制を整えていくためにもなる。


 敵にとってみれば、しっかりとアレッシア軍を撃破して破壊しないと実効支配されてしまいかねない状態なのだ。しかし、前に出れば荒らされている後ろを見捨てることにもなる。


 故に、そうそう動けない。


「リベラリス様も仕事増えているし、バゲータ様も訓練に身が入っているし、ノルドロ様は褒美をもらっているし。良いなあ」


 また別の日にも、フィロラードが呟く。

 今度は父のエリポス遠征の高官の二世代目を持ち出してきたようだ。


 ちらり、とマシディリは手紙に目をやる。


『レピナはね、喜びのあまり、そっけない態度を取ってしまったみたいなの』

 とは、フィチリタの文字である。先の手紙の返事では無い。それにしては早すぎる。だから、きっと、マシディリが何かを言う前にフィチリタも察してくれていたのだろう。


(さて)


 可愛い妹が喜ぶ姿も見たいし、罪悪感を抱えて欲しくはないとも思っている。

 それに、フィロラードも優秀だ。功に焦る姿が見えているのが些か不安ではあるが、能力自体は高いモノがある。


「フィロラード」

「はい。輸送計画の策定は終わっています!」

 びし、とフィロラードが背筋を伸ばした。


「そろそろ、敵が多数の騎兵を以てこちらの別動隊を叩き潰しに来る頃合いだと思ってね。罠を、張ってみないかい?」

「喜んで!」


 フィロラードが声を張り上げる。ノルドロも起用する策だ。二人が競い合うのは目に見えているが、出来れば良い方向にもっていきたい。


(でしたら)


 お目付け役は、リベラリスとヴィルフェット。囮部隊はアスキルにするのが最善だろう。


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