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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1470/1589

格付け Ⅱ

 一人が餌に食いつけば。

 我も我もと走り出す。

 遅れじ遅れじと駆け出して。

 遂には大将も全軍に許可を出す。


 フロン・ティリドの諸部族連合軍は、まさにその様子だった。


 連合しているが、別にアレッシアの脅威をひしひしと感じ、固い結束を持って形成した、と言うわけでは無い。自分達の利益を優先する考えは普通であるし、出し抜きたい気持ちもある。何。諸部族連合は二万に迫っているのだ。普通に考えれば、目の前の荷駄隊程度、簡単に蹴散らせてしまう。


 それだけではない。アレッシアは敵地にいる。地の利は連合軍にあるのだ。その上で、目の前にいるのは貴重な物資とそれらを守る少数の兵。三千ほどがいて、決して少ないとは言い切れないが自軍の七分の一。


 此処で蹴散らしてしまうのが、良い。


 それは連合軍にいる各部族のお偉方の言い訳だ。


 決して自身が欲にくらんだのでは無いと。他の者達の暴走を止められなかったのでは無いと言うための逃げ道だ。


(二人なら大丈夫だとは思いますが)


 手のひらを拭う。

 アグニッシモとクーシフォス。基本的には騎兵を扱う彼らに、いや、主にアグニッシモに第七軍団から千二百を預けたのである。防衛となれば、主力として操るのは歩兵だ。そのことに対して、不安が無い訳では無い。


 きっての猛将であるアグニッシモと決死の覚悟を持つクーシフォス。二人ならば持ちこたえられるはずだが、やはり危険な餌の役目。表情に出すわけにはいかないが、不安も当然ある。


「マシディリ様。そろそろ」


 レグラーレが足を緩めながら言う。

 そうですね、とマシディリも足をゆるめ、足元に光を垂らした。


 此処は草地だ。下は見えづらく、それ故に全軍への伝播は遅れる。遅れても、各部隊で判断できるだけの力はついているはずだ。何よりも大事なのは、敵に光が見えないこと。


 ただし、それでも、露見する可能性はある。


 目を閉じ、息を整え、耳を澄ます。

 直後に、スコルピオの射出音が聞こえてきた。


 リベラリスとバゲータの部隊のどちらか、いや、多さから言って両方が間に合った証だ。二つが間に合っているのなら、ペディタの隊も展開しているはずである。


「まだ敵の突撃は続いているようです」


 地面に耳を当てた兵が小声で言う。

 マシディリも手と頷きで感謝を伝え、膝を着いた。


 スコルピオの射出音が、もう一度。

 今度は装填に差をつけたのか、断続的に鳴り響いている。


 ただし、今いる部隊を加えてもアレッシア軍が戦っているのは五千を超える程度だ。敵軍の四分の一以下。未だに不利は続く。


(神よ。神々よ。兵に加護を。アレッシアに、天運を)


 祈りながら、右手の甲が唇に当たった。口は薄く開いている。癖で、嚙みそうになったのだ。


(落ち着きましょう)

 ぐ、と手を押し当て、ゆるゆると下ろす。


 何のためにヴィルフェットとパライナを別動隊に選抜したのか。それは二人の能力に期待したからだ。信じたからだ。作戦通りの遂行だけではなく、修正能力も知っているから。


 第三軍団であれば、不安に思わずに任せただろう。

 そして二人には、第三軍団の高官とも劣らない実力がある。


 リベラリスも父アルモニアの評価通り、大崩れはしない実力があるのだ。耐えきると言う一点に於いて、確実に成し遂げてくれるはずである。


 息を、長く吐いた。


 ノルドロにはナレティクスから経験もある者達がつけられている。信じるのはノルドロ・ナレティクスと言う個人では無い。ジャンパオロ・ナレティクスの人物眼とナレティクスが築いた力だ。


(よし)


 覚悟が決まる。

 同時に音が鳴る。

 種種の楽器の音色だ。


 これこそが合図である。今、敵軍が下り切った小高い丘の上には、パライナ隊が居座っているはずだ。他の場所から、特に敵の後方を取るようにヴィルフェットら別動隊も現れている。


 そう。多くの諸部族連合にとっては理解できないことだ。

 軍団が通れる道は、諸部族連合が封鎖や監視をしていた。それなのにどうして出てくるのか、と。


 理由は簡単。進軍には不向きであるが通れないことも無い道を通ったからである。


 現地の部族は知っているかも知れないが、彼らの支配体制から言って共有はそうそうされないと踏んだ、一種の賭けだ。その上で、出現しただけで敵から地の利があると言う余裕を奪い去る。


 敵も連合軍。

 此処を知らない者も居る。

 その者達よりも、アレッシア軍の方が圧倒的に知っているのだ。


「第七軍団、突撃」

 マシディリも声を発し、立ち上がる。

 アルビタがマシディリの命令を光として打ち上げた。


 大喊声と共に、第七軍団七千が行動を再開する。

 音楽が鳴り続ける戦場へ、全方向から、総勢一万二千を超える追加の部隊が。


 決着は一瞬だった。


 敵連合軍にも踏ん張ろうとする者おり、まとめ上げる者も居た。だが、そのような者を見れば彼らに任せてと我先に逃げる者も居る。見ずとも必死に逃げる者も居た。


 抵抗した者で多かったのは、やはりこの付近に自身の集落がある者。遠くの者ほど簡単に逃げ、近くの者ほど必死に戦う。そのような傾向があったのだ。


(作戦通りに出来そうですね)


 様子と報告を聞きながら、思う。


 敵軍が多く去った戦場に残っているのは、大量の死体だ。血の量はやはり荷駄の近く、アグニッシモが指揮をしていたあたりが一番多い。そこの集計は他の者に任せ、マシディリ自身はリベラリスらが陣取った先に足を運ぶ。


「追撃はほどほどで構いません。この戦いの情報を、拡散してもらわないと困りますから」


 兵に命じ、追撃に興じている部隊にすぐに走って行ってもらう。


 本音だ。だが、全部ではない。

 此処は敵地。相手にアレッシアの方が知っていると思わせたとて、不明瞭な部分が多いのだ。


 やるべきことは勝利。マシディリが勝ったと言う話を、しっかりと伝えなければならない。そのためには、最終盤での負けは許されないのである。序盤の負けは、敢えて、として伝えられるので悪くはないが、最後は駄目だ。


 故に、追撃は慎重に。

 その心であるが、今は兵の士気を下げないために言わないことにした。


「マシディリ様の予想通り、敵はスコルピオに恐れずに突っ込んで参りました」

 リベラリスが真っすぐに立ち、真っ直ぐな視線で報告してくる。


「知らないから、でしょうね」

 返しながら、マシディリは死体を観察した。


 基本は胸から上。頭をスコルピオの矢が貫いている。致命傷自体は槍による傷や剣による傷の場合もあるが、見た目の衝撃は大きいだろう。


 スコルピオの本来の使い方としても、胴体などを狙う高さで貫通していくべきである。だが、今回は敢えて上を狙った。もちろん、見た目の衝撃のために。


「音と強烈に結びついてくれれば、言うことはありませんね」


「貫通されたまま逃げていった者、長くはないながらも敵軍へと帰っていった者もいます。スコルピオの恐怖がしっかりと伝わった可能性は非常に高いのではないでしょうか」

 落ち着いた声でリベラリスが締めた。


 アルモニア様が褒めていた通りですね。流石の実力です。これからも存分に力を発揮してください。

 そのような言葉をつづけながら、リベラリスの信奉する神にもなぞらえて労う。


 全軍が帰還すれば、最も危険な場所を耐え、作戦を成功に導いたとしてアグニッシモとクーシフォスに、マシディリが腰に帯びていた剣を与えた。時間通りの合図と音楽による印象付けを行ったとしてノルドロにも褒美を手渡す。


 無論、全軍に渡す分は無い。

 だからこそ、マシディリはその日の夜ご飯を配る係に加わった。朝も加わった。

 そうして兵を労い、食事を少々豪勢にし、一人一人の功に報いる。


 軍団の掌握。

 それを進めながら、マシディリは再び結集し始めた連合軍に軍団を向けた。

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