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東端の覇者

 なるほど。聞いてはいたが、本当にマルハイマナは統治に力を入れているのだなと言うのが良く分かる旅路であった。


 何せ都市が多い。かなりの頻度で建設されており、エスピラとシニストラ、グライオと言った面子と彼らの荷物持ちの奴隷の五人旅ならば一日の工程で必ず最後には街に止まることが出来たのである。もちろん、一日の途中途中にも都市はあり、マルハイマナの王族と同じエリポス人が支配地域に広く定着することとエリポスの最大の特徴である重装歩兵の運用を楽にするためだと良く分かるのだ。


 何より、簡易的と分かる都市が並んでいるのだ。軍事的な植民地としての側面を色濃く残す、文化的な発展などを捨て置いた簡素で実用的な街ばかりなのである。同じような見た目が続く建物は、なるほど、住んでいる人に差を付けないのと同時に大幅に建設の手間を省くことに成功しているようだ。


(マシディリも連れてくるべきだったかな)


 マルハイマナの国王、エレンホイネス二世の意図は分からないがここまで安全な旅ならば。ソルプレーサとズィミナソフィア四世に任せる形でマフソレイオに置いてきた息子を連れてくることも良かっただろう。


 マシディリ自身が世界最高の図書館とマルハイマナを実際に歩くことのどちらを好むかにもよるのだが。


 そんなことを思いながら入った首都アンティコウストは思わずエスピラも目を細める都市であった。


 これまでが画一的な建物ばかり並んでいたからと言うのもあるだろうが、多種多様な建物が並んでいる様は非常に華やかで文化的先進国であるエリポスをも圧倒できるような彩がある。色味ではなく、形による彩があるのだ。


「すごいですね」

 と思わず呟いたシニストラは王宮に入ることでその言を繰り返すことになった。


 窓には絹がかかっており、日差しを防ぐのにも風を弱くするのにも使えるらしい。絨毯は紅く染色された羊毛であり、大きく長く謁見の間に横たわっている。謁見の間を形成する石にも紋様が描かれ、色味での派手さは無いがしっかりとした技術の粋を感じられた。


 ただ、エスピラは王の格好だけは好きではない。


 絹織物をしっかりと纏っているのは良い。紅い染色なのも別に良い。


 その腕に小さな宝石のちりばめられた金の腕輪を付け、首にもじゃらじゃらと、人によっては下品に感じない程度に緑と青の宝石が並んでいるのがいただけない。少なくとも、ウェラテヌスとしての感性に合わない。


(エレンホイネス二世は戦上手と聞いていたが)


 この派手さが報告に無いとは考えにくい。

 とすれば、反乱の鎮圧どころか領土を広げることに成功した東方遠征と言う果実で牙が溶けだしているのか。


 そう分析している間に王の目の前に立ち、後ろにいるシニストラとグライオが頭を下げた。


 厳しい視線を向けてくる王にエスピラも一度強い視線を返し、それから両脇に居並ぶ臣下に頭を下げさせろと目を向けた。無視をするかのようにマルハイマナの高官たちがエスピラを睨んでくる。その中で、面識があり、今回エスピラ達を招待したアブハル将軍、アブハル・アブー・ハイダラがエスピラに頭を下げた。一応マフソレイオ、エリポスとの国境近くを守り続けている将軍には敬意があるのか、渋々と言った様子で僅かに臣下たちの頭が下がった。


 それから、エスピラは王に頭を下げる。


「お初にお目にかかります。マシディリ・ウェラテヌスが父、エスピラ・ウェラテヌスと申します」


 父祖の名前ではなく子の名前を。

 マルハイマナの、エリポス系ではない人々式の名乗りに少しばかりよせてエスピラは自己紹介をした。


「将軍から話は聞いている。そなたのおかげでマルハイマナは広大な地域を支配するに至った。最早マフソレイオもメガロバシラスも怖くない。感謝する」


 尊大な声である。

 誰もが、エレンホイネス二世の第一印象をそう設定するだろう。


「勿体なきお言葉。私も、王がマルハイマナと言う大国をさらに成長させる勝利を飾ったこと、我が事のように嬉しく思います」


「何故そなたが?」


「朋友の安定はアレッシアの安定に繋がりますから」


 エスピラは顔を上げて、堂々とエレンホイネス二世を見据えた。


 エレンホイネス二世が鼻で笑いながら左の口角を上げ、膝に肘をつくように前傾姿勢になる。


「そうだな。友は大事だ。だが、そなたは将軍には頭を下げなかったそうでは無いか」


 楽しむようにエレンホイネス二世の口元は歪んでいた。

 緑の瞳も楽しいと光っていて、色素の薄い黒髪も楽しいと風に揺れているようである。


「その昔、メガロバシラスの『大王』はアレッシアの元老院を『王者の集会』と称しました。そして、大王の後を継ぎ、超大国となっていたメガロバシラスを砕き国々に変えたのも王。ならばアレッシアの使節であった私と将軍では格は同じ。いえ、元老院から代表として派遣された私の方が上まであったでしょう。

 ですが、今回の私は元老院からの支持はありません。故に、紛い物の王として正真正銘の王に頭を下げたまでです」


 エレンホイネス二世の表情は固定されたまま。


「アレッシアを『王者の集会』と称した大王と超大国を作り上げた大王は違う。いや、実績で言えば後者の大王の方が上だ。その者たちが評価したモノも、自ずと格差が出るのではないか? 

 今回も、そなたはすぐさまひれ伏すべきであったはずだ。元老院からの後ろ盾のない、ただの野蛮人であるそなたが我が臣下に頭を下げさすとは何事か」


 高官の幾人かが口元を僅かに上げた。視線もエスピラを見下してくるようである。



「前者につきましては否定が遅いとしか言いようがございません。


 大王同士に格がある? それならば一括で大王と呼称せずに別の称号を付けるべきではありませんか? しかもその頃のメガロバシラスは既にマルハイマナの敵。否定し、蔑み、僭称だとして大王の格を落とすことで超大国を作り上げた大王の後継者だと堂々と名乗ればよろしかったでは無いですか。


 それをせずに今更。


 その発言は、今も昔もメガロバシラスには勝てません。許してくださいと這いつくばる行為に他ありません。仮にも自身の国に誇りを持っているのであればそのような発言はでることは無かったかと。出たとしても、臣下が肯定をしなかったかと」



 殺気だった臣下に対して、エスピラは剣の柄を叩いて脅して見せた。

 笑みの消えた顔でエレンホイネス二世が手を横に広げ、臣下を止める。


「後者につきましては、確かに私は敗戦の責任を取らされる形でアレッシアを追い出されたと言っても差し支えないでしょう。ウェラテヌスとして、カルド島の英雄としての影響力もそれなりに残っている私がアレッシアから出ていくのは他の派閥からすれば大変都合が良いことですから。だから、国難にも関わらず長期間外に出されている。


 ですが、マフソレイオからのお墨付きはあります。マフソレイオの、同じメガロバシラスから分かれた国家の王から代表として選ばれた以上は、直接王から印を賜り、婚姻の儀に於いて女王の父親代わりの役目を果たした以上は陛下以外の者達に先に頭を下げる必要など無いでしょう。


 それは、マフソレイオの格に関わりますから」


 エスピラは印を取り出すと、不敵に笑いながら揺らして見せた。


「それは、そなたがマフソレイオの者になったと言うことか」


 エスピラは眉と肩を上げて否定する。


「私はアレッシア人であることを誇りに思っております。何より、アレッシアに刃を向けることは父祖に刃を向けること。そんなことできますでしょうか」


「では何故そなたが印を持っている」

「託されたからです。マフソレイオと、アレッシアの未来を」


 臣下の一人が鼻で笑った。

 エレンホイネス二世がその臣下に顔を向ける。


「いえ。どちらも勢いを失った国であれば、互いに慰め合っているのかと憐れんだだけです」


 臣下の言葉に、くつくつくつ、とエスピラは肩を揺らして笑った。

 口元には手をあて、小ばかにするように笑った。


 エレンホイネス二世の視線がエスピラに戻ってくる。


「信頼関係ですよ。固く結ばれている、切れることのない朋友の間柄。それに、相手を下げて勝ったところで貴方の権威が上昇するわけじゃない。相手を認め、良い所を褒めたたえたうえで上回ってこそ貴方がよりすごいことになる。相手を馬鹿にすることに利益などありませんよ。むしろ、自身の格を下げるだけのとても愚かな行いです」


 どの口で、と誰かが言いそうなものだったが誰も言わなかった。

 余計な口を挟まないことにしたのかもしれない。


「それほどまでに信頼が厚いと言うのか?」


 エレンホイネス二世が背もたれに背中を戻しつつ聞いてきた。


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