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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1469/1588

格付け Ⅰ

 到着後にマシディリが行ったことは、まずは兵一人一人と顔を合わせることである。

 現実的に考えて、全員と会談することは不可能だ。だが、励まし、労い、食事を共にすることは出来る。その上で一部の者達と簡単に会話をこなすことも可能だ。


 兵からの支持は、決して失えないモノである。

 身勝手な元老院議員へのものとは全く違う対応だ。彼らは何かがあった場合は厳罰も仕方が無いと割り切れるが、軍団兵の心は出来る限り引き止めねばならない。


 故に、マシディリはイフェメラとの戦い以来各地を転戦してきた精兵と共にアレッシア軍の陣地を北上して歩いて行く。


 元老院に対して提出したフロン・ティリド編入戦の目的は後背地の確立。即ち、食糧基地の形成である。


 だが、マシディリとクイリッタとしての目的は違う。

 アフロポリネイオ泥濘戦での被った泥を拭うのが目的だ。


 つまりは圧倒的な勝利。形だけで十分な圧勝。

 実利としてはフロン・ティリドの編入に向けた一歩と、経験値の高い軍団の育成、優れた高官の発掘だ。


 故に、端から一個一個の部族ごとに潰していくことは出来ない。できれば纏まってきて欲しい。纏まらせた敵に対し、一戦で以て格付けを完了し、そして恐怖を植え付けねばならないのだ。


 クイリッタの能力も広く知らしめ、ウェラテヌスの体制を盤石にするのも目的だが、そちらはクイリッタにほぼ任せる。マシディリは、ただただ自身の戦果に集中すれば良いのだ。


(ありがたい限りですね)


 後方支援に関して、まったく不安は無い。

 いわば、これまでの後方に対して行ってきた計算を全て捨て、戦場に集中できる。マシディリが考えなければならないことは、オルニー島以北。各港に到着した物資の運び方、使い方だけ。あとは、全て計略に集中していれば良い。政治もクイリッタがやってくれる。


(では)

 まずは、釣り出しましょうか、と。

 マシディリは、プラントゥムの付け根を睨む三角植民都市群に精兵一千と共に入った。


 元はマシディリが構想した植民都市群だ。マルテレスとの戦いでは、この精兵一千がファリチェと共に籠っている。此処にこの兵団を入れるのは、何も間違っていない。その上、この周囲の部族とは昨年も何度も交渉を続けているのだ。


 怪しいのは分かっている。

 でも、形の上ではアレッシアの味方。


 だからこそ、マシディリは此処に大量の物資も運び込み始めた。ただし、マシディリはその流れを遡上するようにプラントゥムに近づいていく。


「テラノイズ様に、大軍が展開できる土地を確保するようにと伝えてきてください」


 そんな、攻撃指示も飛ばした。

 無論、本当に攻めるつもりは無い。テラノイズも動かないだろう。


 何せ、スィーパスには漏れ伝わるのだ。

 マルテレスとの戦いでアレッシアが投入したのは、最終決戦時には六万である。六万対五万の戦いになったのだ。


 今回は、プラントゥムの西端にスクトゥム率いる一万がいる。プラントゥム東部にはテラノイズの一万一千。ファバキュアモスまで下ってきたマシディリの傍には、第七軍団、第九軍団、第二軍団の三万。傭兵としてアスキルのイパリオン騎兵二千も来ている。東方諸部族からも千の兵がやってきていた。


 即ち、五万を超える大軍。

 以前の戦いを思えばあり得る数であり、スィーパスの自尊心も巧妙にくすぐる数だ。


 決してマルテレスに対してと同格の兵数では無い。

 でも、一段しか劣らない評価をしている。


 ならば、と。スィーパスも張り切って兵を集めるのだ。


 それが、マシディリの知るスィーパス・オピーマであり、ソリエンスが確かめた今のスィーパス・オピーマである。


 自然、噂は流れる。マシディリの目的はスィーパスであると。フロン・ティリドの者達は判断してしまう。


 そして、欲が芽生えてくる。

 アレッシアの後背地。目の前にある大量の物資を手に入れられれば、どうなるのか。


 詳しいことは知らずとも、アレッシアの強さは知っている。スィーパスが連絡を取ろうとしていたこともマシディリは把握している。アレッシアと言う名は強く広まっており、そこから多くの鹵獲品と言う形で目に見える勝利を手にすれば、フロン・ティリドの部族間でも非常に優位に立てるだろう。


 欲に動いても、スィーパスとの盟約を果たしたことになり、スィーパスに恩を売れるのなら。


 スィーパス側も決して愚鈍な輩ではなく、そのような者達としてフロン・ティリドの諸部族を定義し、少しでもマシディリがそちらに兵力を割けば良いと思っているのなら。


 攻撃は、必然だ。


「レグラーレ。準備はできているね?」

「はい。いつでも、封鎖できます」


「メクウリオ。万が一テラノイズ様がピオリオーネを抜かれるようなことがあれば、この地で死守を。決してスィーパス様をプラントゥムからは出さないようにして下さい」

「かしこまりました」


「パライナ、ヴィルフェット、ヘグリイスは作戦行動を開始してください。ノルドロ様も、北方軍団を連れて移動を」


 此処からは、敵に動きを漏らさないように気を付ける。


 まずは第九軍団の半分を密かに離脱させ、ナレティクスの楽団を持った軍団も切り離した。


 次いで、荷駄隊を奥に移動させる。ただし、守備につけたのはアグニッシモとクーシフォスだ。

 二人とも、プラントゥムへの最終防衛線とした第二軍団を除けば、最も経験豊富な高官である。派手な格好さえ封じておけば、敵はそれと判断できないと言う利点もあった。


 そうして進発させた荷駄の後を、ゆるりゆるりと第九軍団の残り半分、リベラリス・インフィアネ、バゲータ・ナザイタレ、ペディタ・ドドルトが護衛するように着いて行く。


 彼ら、特にリベラリスは顔が割れている可能性が高い部隊だ。


 だからこそ、都合が良い。


 リベラリスのことは、フロン・ティリドの諸部族も情報を持っているのだ。父はアルモニア。交渉・調整に長けた人物であり、武功には乏しい者であると。その息子も昨年は軍事行動では無く交渉で多く使われていた。


 油断は、多くはあるまい。

 それでも勝ち目はあると判断する。


 もしも敵がもっと調べれば、バゲータも他の二世に比べれば少々出世に遅れていたことは分かるだろうし、ペディタに至ってはオピーマ派だ。


 なるほどなるほど。

 調べれば調べるほど、攻撃時かも知れない。


 特に、荷駄を先行させてまだまだ不確定なフロン・ティリドの地を行かせるなど、フロン・ティリドを舐め腐った行動にも見えるのだから。



「スペンレセ」


 隠密の移動であったため脱いでいた紫のペリースを手に取りながら、招集した第七軍団の高官の前で、その最高責任者に声をかける。


「はい」


 ベロルスの当主となった男が、マシディリの前に出てきて膝を着いた。

 グライオの政治的な後継者がアビィティロであることにも微塵の反感も抱いていない男である。


「土地は、しっかりと記憶していますね?」

「はい。百人隊長以上は、目を閉じても目的地にたどり着けます。マシディリ様の命令通りに、必ずや」

「頼もしいですね」


 のろしが上がる。

 敵が潜んでいたのは、小高い丘の上だ。木々で隠れられ、その下にはフロン・ティリド有数の道がある。物資輸送にはほぼ確実に使われる道だ。


 だから、敵も潜んでいた。

 だから、マシディリも読んでいた。


 高所から、敵を有利な個所から引きずりおろせる時を。


 そして、血気盛んな者は調略せず、慎重論を唱える者に調略を仕掛けておいた。攻撃をしなければ助けると。でも、止まることは無いだろう。


 軍団とは即ち一人一人の人間が集まった者。


 早い者勝ちで多くの物資を、普通に生活していれば手に入らないような物資が手に入るのなら、駆け出した誰かを追い抜かさずにはいられないのである。


「さて。哀れな獣を狩りに行きましょうか」


 その言葉を合図に、スペンレセ、ヒブリット、ポタティエ、コパガ、ユンバの第七軍団の高官勢が高速機動を開始した。

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