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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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フロン・ティリドへ

 プラントゥムのスィーパス政権は、軍事力でも国力でもアレッシアに圧倒的に劣る、アレッシアの仮想敵国だ。そのような状況でも権力争いが起こるのが、人間の悲しい性。


 そして、マシディリが流した僅かな情報からそこを突けるのが、ソリエンス・オピーマが優秀である理由。自ら優れた外交官が一個軍団に匹敵すると言えた理由だ。


 この一年での彼らとアレッシアの間における大きな変化。それは、トーハ族のプラントゥム国境派遣もそうである。同じく、派遣のためには多量の物資を輸送しなければならない。

 そこに目を付けたメルカトル派が、これまで海運で培ってきた技術で以て襲撃し、多大な戦果を挙げたとの報がアレッシアにも入ってきたのである。


 無論、メルカトルが権力闘争にて優位に立つためだ。

 そして、マシディリが望んでいた展開でもある。


 スィーパスによるトーハ族への攻撃。これを理由にトーハ族の怒りを燃やさせ、されども増援は求めず、テラノイズを中心にカッサリアとも関係深い者達を付けた軍団にプラントゥム侵攻を命じたのだ。


 大義名分は、十分にある。

 兵を奮い立たせる理由も十分だ。

 指揮官であるテラノイズもアスピデアウス派きっての武官。


 志願兵も含めた定員を超える一個軍団一万一千の軍団で以て、春のプラントゥムに踏み入れたのだ。無論、アレッシアの侵攻地域では田畑を使える訳が無い。使えなければ、困るのはスィーパスらプラントゥム亡命政権。守護もできないのでは現地部族に愛想をつかされてしまうので、出陣せざるを得なくなるのだ。


 そこに舞い込むのは、後方にてスクトゥムらのアレッシア軍団が現れたとの報。


 グライオの死によって動揺したところに手を伸ばし、冬の間にプラントゥムに於ける盤面をひっくり返したまでは良かった。マシディリも、やれば出来るじゃないかと微笑んだほどである。


 だからこそ、足を引っ張るのだ。


 救援の報を無視はできないし、かといって軍団を差し向けて安全かは分からない。現地部族は両属しているかも知れないのである。


 なお厄介なのは、スクトゥムが仮初の指揮官であると言うこと。


 副官もファリチェならば、言うほど強い相手ではない。

 だが、ヴィエレと言った猛将も存在しており、グライオが鍛えた兵団であれば決して油断することは出来ない相手だ。


 勝てるはずの大将であり、此処で負けては未来は無い敵。でも、油断ならない体を持っている者が後ろに。

 前には、数は少ないながらも怒りに燃える規律を持った軍団。


 スィーパスは、身動きが取れなくなったのだ。


 そして、アレッシア側は戦う必要は無い。


 後方、スクトゥムらは地盤をしっかりと固めて行けば良いだけ。やってきたら逃げる。いなくなったら奪う。それを繰り返すだけで良いと伝えている。大事なのは、フラシやハフモニを戦地にしないこと。


 テラノイズも、戦う必要は無いのである。

 テラノイズの手元にいるのは一万一千。スィーパスらが高官を失っているとはいえ、スィーパス自身も猛将であり、イエネーオスも優れた指揮官だ。経験のある者達もまだいる上に、軍勢も二万を超えている。


 アレッシアで見ればスィーパスと戦っても勝てるだろう。

 でも、テラノイズで見れば戦えば危ういのである。


 それならば、川などの自然の障害物を使いながら、にらみ合うだけで良い。

 にらみ合うだけで圧倒的に数に勝る敵軍を、劣勢な兵数で抑えきった優秀な将軍と言う名が得られるのだから。


 これは、テラノイズだけではなく、アスピデアウス派のためにもなるのであれば、テラノイズも積極攻勢には出て行こうとしないのである。


 その間に、マシディリはプラントゥムに入れずとも遠征地に入れて置いた第七軍団と第九軍団に作戦の準備を開始させた。第三軍団は動かさないが、マシディリの名代としてアビィティロを一時的に指導者として向かわせてもいる。それから、第二軍団の招集と確認のための訓練日程も組み上げた。


 その上で提出したのは、スィーパス討伐のための五か年計画。

 実際問題、五年は必要ない。この五年でやることは、ただのフロン・ティリド編入戦だ。


 そのようなことは誰もが分かっているが、目立った反対は起きえないのである。


 理由の一つ目は、食糧事情。


 今のアレッシアの食糧は、マフソレイオからの輸入やカルド島、オルニー島と言った穀倉地帯からの供給。ハフモニからの流入が非常に大きな部分を占めている。マフソレイオはアレッシアの盟友であるが、親ウェラテヌス派と言え、オルニー島を監督するニベヌレスも今やウェラテヌスの兄弟家門。


 いわば、半島の胃袋をウェラテヌスが半ば握っているようなモノだったのだ。

 それが、少なくとも五年は遠征する軍団に費やされる、軍団を養うために使うと言う宣言をマシディリがしたのである。


 無論、形の上での批判は出た。だが、実際は違う。昔は半島第二の都市だったアグリコーラにも穀倉地帯はあるのだ。それこそ、第二次ハフモニ戦争でマールバラが暴れ回った土地があるのである。同じく、タルキウスが監督するインツィーアにもある。


 この両面の供給に頼る量が増えれば、それだけ二つの家門は影響力を強く持てるのだ。


 実利以外で大きいのは、昨年のエリポス遠征に比べ、明らかに軍事命令権の範囲内に収まっていることである。これを批判するのは、決定を下した元老院、ひいては神託を下した神々への非難へと繋げて見られかねないのだ。


 そして、マシディリがしっかりと処罰をしたのはアフロポリネイオなどのエリポス諸国と内通していた者達。クイリッタが他の者達も処罰しようとしていた話は知っているため、余計なことをする勇気は沸いてこないのだ。


 人は、過去に経験した恐怖によって足が竦む。


 ウェラテヌスが失脚に足るだけの情報を握っているのは、エスピラの代から分かり切っていたことだ。マシディリが比較的寛容であることも、愛妻を貶めたマンフクスを家門全体として切り取らなかったことからも明らかになっている。


 何よりも、マシディリが行くフロン・ティリドはアレッシアから見れば未開の地。そこに力を注ぐためにエリポスから離れるのであれば、多くの者にとっては都合が良い。


 例え、食糧的な旨味はフロン・ティリドの方が多くとも、名声としてはエリポスの方が得られるのであれば、そちらに飛びつきたくもなるモノだ。長い目で見た利益よりも目先の利益に行く姿勢は、誰もが持っているのである。


 自分はそうでは無い。将来の利益のために今は多少の損を取れる。

 そう思っていても、どこかでは目先に行きかねないように。


「さて。そろそろ、ですかね」


 スィーパス討伐のための五か年計画。

 これは、何も元老院を安心させるだけの策では無い。

 フロン・ティリドへの策でもある。


 フロン・ティリド南部、半島からプラントゥムへと至る道は、マルテレスとの戦いで何度も戦地になった場所だ。現地の者ではなく、アレッシア人同士が争った場所である。


 無論、快く思わない者も多い。

 マルテレス側に着いた者も居るし、そもそもアレッシア人自体を嫌う者も多いのだ。今もスィーパスとやり取りをしている者だっている。関係無い者も居る。


 そこに伝わるのは、プラントゥムにいるスィーパスへの攻撃計画を提出したと言う話。攻撃が開始されたと言う現実。数多の物資が集まっていると言う事実。


 一部の不満分子が、それも畑を荒らされて食う物に困った者達がアレッシア軍の備蓄へと攻撃をしてしまうのも、致し方の無いこと。


 情報統制をするとあっても、物資を多く持つ者がいれば噂は立ってしまうモノであり、噂には尾ひれがつきかねないモノであり、集落ごと全体には伝わらずとも、上層部では余計な想像がめぐらされるモノである。


 特に、アレッシアから遠い北部の者達は、どう思うか。


 当然、願うはずだ。

 アレッシア軍が弱く、いや、弱くなくともさらに東の略奪者たちよりも与しやすいのなら、自分達も分け前が欲しい、と。


 アレッシアに追われた者達、恨む者達は思うはずだ。

 彼らの、あまり関わったことの無い部族の力を借りてでも、取り返したいと。



 二番目の月の十日。

 マシディリは、フロン・ティリド諸部族連合からの先制攻撃と彼らから親アレッシア派の部族を守ると言う名目の下、一年ぶりに父が死んだ地に足を踏み入れた。

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