表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十六章
1460/1588

花のような

 十五年も経てば整備の必要な道も、道によって発展したからこそ拡張が欲しい地域も出てくる。そう言ったものには人を介さずマシディリが直接介入し、指揮を執った。


 代わりに、政策の要点である港の整備、アレッシアの上下水道の整備は人を挟む。例えば、港の整備は義弟となる予定のクーシフォスや従弟のヴィルフェット、ディファ・マルティーマで養っている技術者に大部分を投げ、確認と承認だけをマシディリがやることもある。上下水道の整備はスペランツァを久しぶりに起用した。


 ただし、アレッシア内部のことはマシディリもそうだが、マシディリがいない場合はクイリッタがマシディリに代わって統括するようにもしている。


 そうしてまで進めたかった区画整備や壁の撤廃は、残念ながら進行が芳しくない。


(父上がいれば違ったのでしょうが)


 ならば、と手を打つだけ。

 マシディリは、すぐに父エスピラも力を入れていた農業政策に手を付けた。


 マフソレイオや旧ボホロス王国領などの穀倉地帯と仲が良いのもマシディリ。でも、まずは国内を潤すために、と。食を握られ続けるのはよろしくないからと動き出す。


 もちろん、批判の声は続いていく。

 穀倉地帯の一つであるカルド島はウェラテヌスの管轄下。オルニー島はニベヌレスであり、ニベヌレスはウェラテヌスと非常に仲が良い。


 これでは、他国には握られないがウェラテヌスに握られているでは無いか、と。


 的外れでは無い分否定しづらい意見である。

 応手も、一つや二つでは足りない。


 パラティゾの東方諸部族への派遣もこれに対する一手でもある。壁や道の交渉で語勢を弱めるのも一手。タルキウスを巻き込み、インツィーアの穀倉地帯を推すのも一手。


 そして、フィチリタの結婚式を使うのも、手の一つ。


 世界の名品珍品を用意するのだ。普段は手に入らなくても良い。ただ、アレッシアだからこそ手が届いた物を並べるのである。それから、闘技場、戦車競技場、劇場もしっかりと稼働させる。劇に関しては新しい演目も依頼した。


 そして、目玉となる持参金は、どこよりも豪華に、ウェラテヌスだからこそのモノを。


 即ち、数多の土地だ。

 ただの土地では無い。クーシフォスがオピーマを継ぐにあたり、元老院に返還した土地を、フィチリタの持参金として持たせたのである。


 つまり、エスピラが愛娘のために用意していた多額の結婚資金は、フィチリタ本人と式につぎ込めると言うことだ。無論、一度は半分以上をフィチリタに見せ、その上で必要な分をマシディリが借りる形を取った。


 父が用意したのである。

 やはり、使用用途はフィチリタが関与するべきであろう。「全てをマシディリに」が遺言であったとしても。


「父上にお届け物だよ」

 小声が、マシディリの思考を戻す。

 きょろ、と部屋の中を見渡しながらソルディアンナが入ってきた。


「母上には内緒ね」

 言いながら、ソルディアンナがマシディリの目の前に手紙を置いた。その上には花冠と小さな花の指輪が置かれていく。


 書斎にいる間はマシディリの邪魔をしないように、と子供達は言われているのだ。

 だから、マシディリも本来は注意しないといけない。でも、にこにこと笑いながら楽しそうに並べていく愛娘を見ていると、とてもではないが止めることは出来なかった。


 マシディリも、子供達と過ごす時間が好きなのである。

 家族とのんびり過ごす時間も大好きだ。だが、そればかりでは家族を守れない。


「父上」

 ば、とソルディアンナが両手を広げ、ん、と背伸びをした。


 マシディリも笑みをこぼしながら椅子を立ち、ソルディアンナの目の前でしゃがむ。


「それっ」

「きゃー」


 しっかりと抱きしめれば、ソルディアンナがはしゃぎだす。

 何歳までこうしてくれるのかは分からない。だが、可愛い瞬間だ。妹たちを参考にすれば、ユリアンナやフィチリタのようになれば幾つになっても可愛い反応をしてくれるだろう。


 チアーラであれば、もう反抗的な態度に入りつつある。

 レピナは素直では無いが、きっと、父上のこうした対応であれば否定はしなかった。


「んふふ。母上に見つかる前に帰るね」


 満足そうに笑い、ソルディアンナが離れる。

 扉を少し開け、左右をしっかりと確認して、ととと、と足音が離れていった。


(最近は、忙しかったかな)


 フィチリタの結婚準備は手を抜けない。

 アレッシアの改造計画も、アレッシアの将来を考えれば重要だ。批判しかしない元老院議員達にも説いて行かねばならないのである。時には、マシディリから足を運んで、だ。


 その上でエリポスから宗教会議をちらつかせる高圧的な手紙も届いてくる。彼らは、ティツィアーノにも出席を認める旨の連絡を入れたらしい。いや、『にも』は不適切か。


 ティツィアーノに連絡を入れたのだ。

 ティツィアーノも、エリポスを纏めるために前向きな返事をしたと聞いている。


 他にも、連絡は様々。


(父上は化け物でしたね)


 あるいは、存外母が忍耐強かったのか。

 忍耐強くはあるだろう。それは間違いない。


 花冠と指輪を丁寧に机の端に置き、手紙を開く。

 可愛らしい文字が、綺麗に並んでいた。しっかりと書けている。


 ただし、誤字もあるのか、×印が付いている場所もあった。消したつもりでも下の字が見える大きさである。


(今度から羊皮紙にして、削ることを)


 微笑んだまま、マシディリの思考が止まる。


 字は、間違っていない。

 単語としても、文字の形としても、だ。


 そして、他にも複数個所。バツ印と、他の線を引いたような印がある。


(暗号ですか)


 読み解けば、浮かんだ文字は『父上はお元気ですか?』と言う挨拶の一文。

 ユリアンナに影響されたかな、と思いつつ、マシディリも息抜きがてら葦ペンを手に取った。


 さて、何を書こうか。


 ソルディアンナ式の暗号には、花冠と指輪へのお礼を書くつもりでいる。ならば、暗号を読み取ったと分かりやすくするために最初は暗号の返事だろうか。


 いやいや。そうでは無い。ソルディアンナも成長の早い方だ。もしかしたら、天才かも知れない。

 で、あるならば、暗号部は暗号で返し、お礼は素直に伝える。基本的には文字数を稼がねばならないし、べルティーナに露見するかもしれないのなら、怒られない内容にした方が良いだろう。


(少し早いかもしれないけど)


 内容は、マフソレイオの王族との婚姻による利点と欠点を問う内容。

 実際に第二王子とのソルディアンナの婚姻話が、ちらほらと上がってきているのだ。第二王子と言えば、父の内緒の覚書よればグライオの子である可能性が高い子。グライオが噛んでいる可能性もある。


(迷いどころではありますが)


 他の子、例えば妹や甥の婚姻を結ばせておきながら何を言っているかと言われるのがおちだが、やはりソルディアンナに婚姻はまだ早いと思えてしまうのだ。

 我が子可愛さからだけではなく、懸念も大きい。ズィミナソフィア四世の真意も知りたい。無論、グライオも。


 そのグライオからの会談申請も来ているのだ。手紙によるやり取りも、アビィティロやウルティムスを派遣した後も頻度が減ることなく続いている。アレッシアに帰ってきたその日の内にお会いしたいと書いてあったのは、直近の連絡だ。



「マシディリさん。今、良いかしら?」


 芯の通った佳麗で可憐な声は、愛妻以外ありえない。


「大丈夫ですよ」


 声を返せば、静かに扉が開かれる。


 愛妻だ。今日も可愛い。美しい。

 背筋の伸びた妻の、凛とした目が花冠と指輪に注がれた。吐き出されるため息すらも絵になる、素晴らしい女性である。


「どうかした?」


 そんなことを思いながら、マシディリはソルディアンナの来訪には触れなかった。

 べルティーナも口を閉じながら再び視線を花冠たちにやるだけで、そのことを追求してはこない。


「フィチリタさんの結婚式。兄さんの出席を拒否しても良いかしら?」


(おっと)

 これは、まったくの予想外な話であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ