音楽の都 Ⅱ
「騒ぎたいだけの者だと言うことですか?」
「そこまでは言いませんよ。ですが、おそらく、私とは目指すべき姿が大きく異なっています。それでも、アスピデアウスやオピーマよりは私に近いのでしょう。
これがタルキウスのように単独で力があれば、私の支援と言う形にはならなかったとは思いますが。残念ながら、そうでは無いため、ウェラテヌス派、と言っているに過ぎないと思います。
タルキウスもタルキウスで隙間風を感じてしまいますからね。やはり、婚姻は急ぐべきでしょうか」
ナレティクスとタルキウスに、と考えているのに、その当事者に聞くようなことでは無かったかもしれない。
そうは思いつつ、打算も有って、マシディリは頼るようにジャンパオロに語り掛けた。
ジャンパオロは老獪とは程遠い顔で一緒に悩んでくれている。
「どちらと娶せるか、すぐに定めるつもりがおありですか?」
数秒後の言葉が、これ。
マシディリは違和感のない程度に間を開けて口を開いた。
「いえ。まだ迷っています」
「では、急ぐ必要はありません。今晩の席順も同じ。自然な流れで行きましょう」
静かで優しく一歩引いた声。
そうでありながら、これ以上は一歩も引かない意志の強さも感じる声である。
(ラエテルの方がナレティクスにとって都合が良いのでしょうか)
確かに、と思う節もある。
ラエテルの方が対人関係や芸術事は得意なのだ。一方でセアデラは軍事関連にも強い興味を示している。その点で言えば、タルキウスの娘を娶った方が都合は良いのかもしれない。
それでも主張しないのは、ウェラテヌスへの干渉となるのを恐れてか。
タルキウスなら堂々と言って来ただろう、という気もしてしまう。そんな自分自身に対しての嫌悪感も嘘では無かった。
(さて)
不意に訪れた無言の間に、考えを巡らせる。
何について切り出すべきか。話すべき内容は山ほどある。そのうちどれを行くべきか。
考えている間も、ラエテルはアウセレネと話し続けている。セアデラは、あまり二人の会話には興味が無いようだ。近くの者を捕まえ、楽器を指さし、何かを聞いているようだが生返事のような頷き具合であり、あまり熱心では無い。
(セアデラにするのも問題かな)
だが、ウェラテヌスの当主として言えば、次期当主にナレティクスの娘を娶らせたい。
タルキウスとの関係も大事だが、ナレティクスを取り込めるうちに取り込んでおきたいと言う気持ちもあるのだ。特に、タルキウスは離れる時はさっと離れてしまうとも思える。
その点、ジャンパオロならば父への恩義も大きい。
そう易々と見捨てたりはしないはずだ。
フィガロットのアレッシアへの裏切りの件もある。アレッシアを見捨てる選択肢も、ナレティクスには無いだろう。
(父上)
父ならば、現状をどうやって打開しただろうか。
やはり、遠征か。マフソレイオなどの威容か。それとも、あっと驚く一手か。
「マシディリ様」
ジャンパオロの声も、間を割るにはぎこちないモノ。
「クイリッタ様は婚姻について何かを言っておりましたか?」
その話題は、考えてきていなかった。
でも、理由も分かる。その答えも。
「私が決定すれば、クイリッタは反対しませんよ。ですが、クイリッタの発言がアウセレネ様の重荷になっていたのなら申し訳ありません」
ジャンパオロの目が横に来るが、マシディリには届かなかった。
眼球はそのままアウセレネ達に注がれる。
「誰にも申しません。マシディリ様は、クイリッタ様の発言についてどう思われておりますか?」
最初は、強引に進めようとしている神格化について話を逸らすつもりであった。次に、壁の撤去について話、話題を変えようとも考えてしまう。
だが、全て捨てた。
真剣な声だ。
これにきちんと答えずして、何が人の上に立つ者だろうか。責任ある立場だろうか。
ウェラテヌスの当主だろうか。
「優秀な血を入れ続け、優秀な家門を保ちたいと言うクイリッタの気持ちは良く分かります。ですが、大事なのはそこだけではありません。一定の水準は必要ですが、その水準させあれば問題無いと思っています。
大事なのは、頭よりも情。
父上は母上がいればこそ踏ん張れたことも多くありました。私も、べルティーナがいるからこそ胸を張っていられます。
そのような者が、二人にも見つかると、違いますね、そのように良い影響を与え合えるような関係を築くことが出来る人と婚姻関係を結ぶのが一番では無いでしょうか」
加えるのなら、子供への愛情もしっかりとあって欲しい。それでいて、過干渉は駄目だ。マシディリは両親からの愛を疑ったことが無いし、弟妹の自信も両親からの愛に起因しているところがあるような気はしている。
同じようなことが続いてほしいのだ。
「それを聞いて、安心いたしました」
ジャンパオロが息を吐く。
「クイリッタが不用意なことを言ってしまい、申し訳ありません」
「いえ。アレッシアで一番の才女を目指すと言って、アウセレネも勉学に励んでくれていますから。もうしばらく黙っておきます」
ジャンパオロが少々踵を上げ、小さな勢いそのままに戻した。
「音楽の街テュッレニア。統治を円滑にするために自らも音楽を選び、阿りすぎていると言われないように水オルガンと言う新しい楽器も導入するその眼力は、十分に優秀ですよ。
早くウェラテヌスに欲しいですね、と言ったら、怒りますか?」
くすり、と悪戯っぽく笑う。
音楽の街テュッレニア。滅びた要因は、奴隷に武器を与えたこと。
区切りはしっかりしないといけないのだ。アレッシア人と、それ以外。アレッシアがアレッシア人を守らずして、誰がアレッシア人を守るのか。
(父上の意思にも沿いますし)
干渉を強めようとするエリポスも、少しずつ人を送り込み、数を増やしてアレッシアの意思決定に影響を及ぼそうとする者達も。その頭は使いつつも力を与えてはいけないのだ。
「怒りませんが、少しばかり複雑でもありますね。
不安の声も聴いているのです。べルティーナ様が優秀だからこそ、ウェラテヌスとアスピデアウスの結びつきが強くなっていることはどうなのか、と。誰の目から見てもマシディリ様とべルティーナ様の仲が良いからこそ、べルティーナ様がウェラテヌスを良くない方向に持って行っているのでは無いか、操っているのでは無いか、と。
私も、そろそろ戦場に立てなくなります。
その前に何としても子供達に戦功を挙げてほしい。そのためにはマシディリ様に頼り、場を用意してもらえないかと頼むことも多くなるでしょう。
そのことについてとやかく言われ、フィガロット様などを持ち出されるのは、避けたいことですから」
「受け継がれるべき魂を分からぬ者に言われようとも、とは、簡単には言えませんね」
ジャンパオロとて言うまでも無く分かっていることだ。
愛妻ならばよりよく伝えられたのだろうが、マシディリはべルティーナ程うまく伝えられる自信はない。
「フロン・ティリド遠征は、長期遠征になりますでしょうか」
「半年ほどを考えていますよ」
安易な否定はできない。
やることは戦争だ。こちらの都合で片が付くものでも無く、読み通りで進むことの方が少ない事象である。故に、幾通りも考え、備え、それでも不測の事態が起こりうるのだ。
「半年ですか」
「今は南部の調略を進めています。元から影響下にあった地域に加え、他の地域でも様子見までは持っていけるでしょう。
その後に狙うのは中央。
彼らはゆるやかな宗教的連合体です。基本は農耕民族。足りなくなれば豊かな資源を持つ南部や北東部に攻撃を仕掛け、奪っていく者達。そのためにも部族間で緩い繋がりがあるのです。
故に、釣り出し、一戦で以て完膚なきまでに叩きのめせば、統治に移るだけの時間を稼ぐことが出来るでしょう」
「既に、戦略があるのですね」
「ええ。食糧輸送のための道も、確認を続けています」
準備こそがウェラテヌスの、いや、エスピラ以来のウェラテヌスの最大の武器となる。




