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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十六章
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音楽の都 Ⅰ

 アレッシアに帰ってマシディリが真っ先にするべきことは、軍事命令権を保有する正当性をしっかりと見せつけること。即ち、スィーパス退治を進めていると言う態度だ。


 ただし、もう夏と言っても問題ない季節。第三軍団は夏休みと称して解散させた。ならば動かすのは高官。


 マンティンディとグロブスを状況精査と称して第七軍団の下に送り込む。真の目的はフロン・ティリド南部の視察だ。


 次にウルティムスをハフモニに送る。正確にはフラシ方面だ。その地にいるアビィティロと合流してもらい、グライオから話を聞き、方針を決める。無論、決める前にマシディリへ連絡することは必須事項だ。これは仮初の理由でもあり、本題でもある。


 アピスとルカンダニエは、それぞれ基盤固めと食糧調査。アグニッシモもこちらに回した。


 そして、マシディリが向かったのはテュッレニア。

 ナレティクスの監督する地。

 プラントゥムに居座るスィーパスの東の出口を塞ぎ続けていた、父の信任の厚かった男の下である。


 元老院に言った目的は、もちろん今春のスィーパスの動向を聞くため。



「優しい音色ですね」


 でも、元気が貰える、あたたかな太陽のような音だ。

 まさに、フィチリタにぴったりな音である。


「まだまだ拙い演奏ではありますが、本当にフィチリタ様の結婚式にと言うのであれば、アウセレネの師匠筋の方々を派遣いたします」


 ジャンパオロが目を細めながら言う。

 優しい目だ。言葉では謙遜しているが、愛娘が褒められて嬉しくもあるのだろう。


「立派なものですよ。水オルガンはアレッシアではまだまだ普及していませんからね。それをテュッレニアに元からあった音楽と融合させるなど、流石はナレティクスと言うべきでしょうか」


「そう言っていただけると幸いです」


 ジャンパオロが息を吐く。

 安堵しているのは本当だろう。ジャンパオロは、本来ナレティクスの当主になるのは難しい立場だったのだから。


 無論、今の実力ならば選ばれていたかもしれない。

 でも、血筋も加味されると、他の者が当主となり、庶流として支えていく方が現実的だ。


 そう言った者が当主となり、しかも理由が本流によるアレッシアへの裏切り行為であれば、厳しい目が向けられるのも当然のこと。


(私はまだ恵まれていますね)


 アフロポリネイオでの失敗をこすられ続けても。出生についても言われたとしても。

 マシディリは、ウェラテヌスの本流だ。


(さて)

 そうしているうちに、演奏が終わったようだ。


 アウセレネ・ナレティクスが椅子から立ち上がり、演奏後の挨拶かのように頭を下げてくる。ずっとふいごを押していた奴隷も離れ、膝を着いた。


 すぐにラエテルがアウセレネに近づいていく。非常に良い笑顔だ。いつもより動いているように見える口は、きっと、マシディリよりも音楽が分かっており、褒めているのだろう。


「すみません。テュッレニアに行くと言えば、ラエテルも行きたいと言ったもので。ならばとセアデラも連れてくることになれば、少々大所帯になってしまいました」


「いえ。アウセレネも喜んでいましたから」

「なら良いのですが」


 それにしても、演奏直後に駆け寄るのはどうかとも思う。

 今もアウセレネが何かの一節を弾き、ラエテルが、きっとそう言った一節では無い適当な音を鳴らしたのだ。壊してしまわないかと心配である。分別もあるので大丈夫だろうとは言葉で分かっているが、心が落ち着かないのだ。


「まあ、ラエテルもセアデラもアウセレネ様と仲が良い証だと考えれば、ですかね」


 自分に言い聞かせるようにマシディリは言った。

 少々ジャンパオロの目が開かれ、それから元に戻る。


「お二人にとっての婚約者候補、のままなのですね」


 声はややぎこちないか。

 だが、嫌悪感の類は聞こえてこない。


「ええ。変わらず、ナレティクスとタルキウスから、と考えていますよ」


 後継者を定めてから相手を決めた方が良いのか。

 後継者を定める前に相手を決めた方が良いのか。


 それも含め、まだまだ迷っている段階だが。


「食事の席では、セアデラと近づけてもよろしいですか?」


 ラエテルは水オルガンにも興味津々なのか、ずっと話しているのだ。セアデラもセアデラで、あまり興味が無いのか一歩引いている。


 まだどちらと決まったわけでは無いのだから、気を悪くさせないことも大事だろう。


「構いませんが、あまり、気乗りは致しませんね」

 ジャンパオロが歯切れ悪く言う。声も、地面にこぼれ気味だ。


(珍しい)

 そう思いつつ、ジャンパオロを見やる。視線は基本的に愛娘に向いているようだ。迷っているのが強いか。大事な娘を、と考えれば、気乗りしない親の気持ちも良く分かる。


 マシディリも、ソルディアンナやヘリアンテに良く知らない男が近づいてくる、それも婚約者候補として近づいてくれば観察を厳とするだろう。


 だから、「分かりました」と退く言葉を発するつもりであった。


「時に、マシディリ様がべルティーナ様と婚約されたのはアウセレネの歳の時でしたね」

 短い言葉を発する前に、質問がやってくる。


「ええ」

 アウセレネは今年十一。

 元老院でサジェッツァがエスピラに婚姻の提案をしたのも、マシディリが十一の時だ。


「その時は、如何お考えでしたか?」

「アスピデアウスとオピーマ。両方と繋がりを持つことでアレッシアが割れるのを防ぐのだと希望に満ちていましたよ」


 それから、珍しく父が目の前で酒を飲んでいたのも覚えている。

 成人してからはその機会も多くなったが、子供達が飲めるようになるまではマシディリ達の前では飲まないようにしていたのだ。だと言うのに、あの晩の父は珍しく酔っていた。


「国が割れると決まったわけではありません」

「私も、避けたいですね」

 ぐ、と拳を握りしめる。


「阿っていると言う意見もありますが、私はアビィティロとリリアント様の婚姻は非常に価値のあるモノだと思っております」


 まだ式は挙げていない。

 だが、アビィティロから頼んだ、という形にして、締結までこぎつけたのだ。そのことに対し、『アスピデアウスにこびへつらっている』と陰口を叩かれているのはマシディリも知っている。アフロポリネイオの失敗からだと言っている声も、また。


「結びつくことに意味がありますからね」


 ルーネイトと建国五門が。

 そして、アビィティロがアスピデアウスに取り込まれることは無い。相婿と言う形であり、マシディリとの繋がりを最重視した婚姻だとも広めているのだ。


「ですが、ティツィアーノ様の娘とリクレス様の婚姻は、良くない話ばかり耳に致します」


「ティツィアーノ様も愚かではありませんよ」


 ジャンパオロは、言葉を濁してくれている。


 エリポスでの影響力は、確かにウェラテヌスの方が上だ。アレッシア内での名声もティツィアーノよりマシディリの方がある。それでも、元老院に押し負ける形でマシディリはエリポスから手を引かざるを得なかった。


 無論、ただでは負けない。


 ビュザノンテン、イペロス・タラッティア、ディティキと父が築き上げた街は決して手渡さない方向で決着させたのである。


 その代償として、そして、履行している証として『婚姻関係にある家門だから』と言う理由での助力を申し出るために、との話が上がっているのである。


「だとよろしいのですが。ティツィアーノ様の周りには苛烈な若者ばかりが集まっていると聞きますし、最近は、ウェラテヌス派の者達も過激な者が増えてきておりますので」


「私の支持者かは、少々分かりかねますが、ね」


 マシディリは、思わず突き放すような言い方をしてしまった。


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