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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十六章
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抜き身の短剣が懐に

「今は、アレッシア人がエリポスに入ろうと思えばエリポスの風習を大事にしなければなりません。それはユリアンナですら例外では無い。ならば他の者はどれほどエリポスに染まらなければならないのか。


 そうして植民が進んだ先の民族は、果たしてアレッシア人なのかエリポス人なのか。


 勝ったのは、どちらなのか」


 文化的侵略。

 それは、エスピラも戦略に組み込んでいた方法。

 しかも、エリポスに於いては侵略する側のアレッシアが逆に仕掛けられているとも言えるのだ。


「正攻法では勝てないアレッシアへの勝ち方は、これしかありません。

 尤も戦うつもりもありませんが」


 ぐ、とフォマルハウトが両手を広げた。

 随分と大きな腕だ。いや、長さは変わらない。一般的な腕の長さと同じ。違うのは、フォマルハウトの雰囲気と自信によって。


「私と父上は違う。父上は旧来通りの形に近しいエリポスに於ける覇権を狙っている。

 して、私はと言うと」


 フォマルハウトの口角が持ち上がった。

 目は、いつもより笑っていない。それが深みをもたらしている。


「受け皿としてのエリポス覇権を、狙っています。決してアレッシアと敵対しない国家。アレッシアと敵対することの無い、潰れない国。そして、アレッシアと敵対して許された国を庇い、まとめ上げる、エリポスに於いてアレッシアが最も重用する国。


 秘密ですよ、マシディリ様。


 父上には後継者候補は他にももっともっといる。ですが、私には後継者候補はウェラテヌスの子しかいない。ユリアンナ・ウェラテヌスの子供だけが私の後継者になり得る。


 ね。義兄上。

 これからも、仲良くしてくださると幸いです」



 欲しいモノをちらつかせる、脅し。


 嫌な男だ。

 そして頼もしい男だ。


 ユリアンナも、苦労する訳である。救いなのはフォマルハウトもまたアレッシアと敵対する意思が無いこと。


(今は、ですが)


 ユクルセーダと、同じく。

 これまた同じく、ウェラテヌスがアレッシアの中心に居座り続ける限り、というのも条件の一つだ。


(父上のように)


 やることは山積みだ。

 ならば、まずやるべきは何か。冬になれば宗教会議に出て、その足で春に攻勢を開始する。眠らない男と評された父を顕現させるのが最も想起させ、マシディリもまた頼りになると思わせることになるだろうか。


(王妃殿下を、殺さず、生かさず、現実を民や兵に知らしめていくのが一番ですかね)


 ユリアンナの方針だ。

 カナロイアの軍団の掌握と、商人の掌握。そして、食糧の確保。


 王妃の考え、王や王太子との相違を思えば、王妃が支持を広げられるのは貴族層、政治屋までだ。実務能力は、おそらくユリアンナの方が握りやすい。マシディリも手を貸せるのだ。


(軍事演習)

 は、まだ怖い。


 でも、今回第三軍団が一日で作り上げた防御陣地は残しておこう。フォマルハウトとカクラティスなら、その意図を察せるはずであり、情報が漏洩するかどうかで態度を変えることもできる。


 結局、フォマルハウトは本音も本心も見せてくれたが、全てを露わにしてくれた訳では無いのだ。それでも、大方の道筋はマシディリと同じ。受け皿はマシディリも欲しいと思っており、エリポス人の受け皿がエリポスにあるのなら、良いことだ。


(リントヘノス島)


 カナロイアが占領し、マシディリが領有を認める形で諸国家との講和を進めなければならなかった島。その島が、ただただ邪魔だ。(くびき)の一手である。


(別荘?)

 ユリアンナの、である。


 リントヘノス島に観光的な噂を流し、王太子妃が望む。本国から離したいと思った王妃も乗れば、王と王太子が難色を示しても押し通せるか。


 べルティーナが傍にいれば、ユリアンナは産後でも一気に力を盛り返し、見せつけた。嫡流の男子が生まれたことで支持も増えてきている。同様に、敵対勢力も。


「船旅も手かな」


 囮としても良し。アレッシアの国力を派手に見せつけるのも良し。何より、ウェラテヌスの大船団を呼び寄せれば、それだけ多くの人をカナロイアに入れることができるのだ。


 ユリアンナの強力な味方にもなる。

 良い考えだ。


 しかし、実行はできない。



「元老院が近々新たな軍事命令権を発布するそうです」



 ルベルクス・ディアクロス。コクウィウムの異母弟であり、トリンクイタの子でありながらマシディリの従兄では無い男が、カナロイアに駆け込んで来たのである。


「どこにですか?」


 空いているのは、半島だけ。

 エスピラ・ウェラテヌスが手にした軍事命令権は半島以西の全てに加え、エリポスや東方諸部族に対しても『動乱を警戒して』と付与されているのである。


「エリポスに」

「エリポスに?」


 しかし、穴はある。


「此度の動乱はスィーパス・オピーマに関係ないと元老院で結論を出し次第、改めて両執政官のいずれかに軍事命令権を発布し、エリポスに上陸すると」


 そう。

 エスピラの軍事命令権はマルテレスの反乱に起因するモノ。


 副官であるマシディリに軍事命令権が受け継がれたように、反乱の首謀者もスィーパスに受け継がれている。そのスィーパスに関係無ければ、強大過ぎる権力を削りに来るのは半ば当然のこと。執政官が軍事命令権を持つのも、また当然のことである。


 なお悪いことは、オピーマ派が親エリポス派と言われながらも、イエネーオスが諸勢力との連携よりも自勢力の打開を優先する人物だと知れ渡っていること。知れ渡らせてしまったこと。


 エリポスが連携する訳ない、と言われてしまえば、今のマシディリでは強くは出られない。


「その際に、元老院としてはマシディリ様を尊重する形でエリポスに残る軍団を使いたいと仰せでした。そして、ティツィアーノ様の力を借りて、エリポスに静謐をもたらしたい、と」


 切り崩しだ。

 それも、明確な。そしてマシディリを尊重すると言う形を整えることも容易なやり口である。


(そこまでしますか)


 義父に対して、思う。


 アルモニアが対抗できない人物と言えば、サジェッツァだけだ。サジェッツァは圧倒的な家格と長老格として誰よりも長い元老院議員経験がある。そこに加わるのは多数派を形成しているアスピデアウス派。ウェラテヌス派は、マシディリが受け継いだとは言え乱れがあるのも事実。トリンクイタのような有力者の力を削いだのもマシディリだ。


 クイリッタも、まだ、アレッシアにはたどり着いていない。

 ディファ・マルティーマでリングアに訓戒を垂れると言いつつ、誰よりもリングアを案じているからだ。


(だけでは、ありませんね)


 ルベルクスを見て、思う。

 ティツィアーノの支持基盤、苛烈よりなアスピデアウス派が強烈に望んでいるのだろう。だから、使者でありながら切り捨てての攻撃もあり得ると言う印象を持たれてしまったルベルクスを送り込んで来たのである。


「少々、考えを整理してからまた来ます」


 言って、マシディリが席を立つ。

 静かに、されど即座に呼んだのはレグラーレ。


「ティツィアーノ様に伝令。ビュザノンテンとイペロス・タラッティアに第四軍団を入れることは出来ません。それから、出来ればディティキ周辺にも入らないように、と」


 これでは袋の鼠だ。

 それは理解している。

 故に、どこかに港を用意してやらねばならない。


「ピラストロ。パラティゾ様に東方諸部族慰撫の打診を。これを私からの譲歩としてビュザノンテン、イペロス・タラッティアの権益の確保を認めるようにアレッシアを動かしてください、とも」


 考えなど、とうに決まっているのだ。


 元老院との武力衝突など、父上は絶対にしない。ちらつかせはしていたこともあったが、基本は武器を向けず、過剰なまでに撤退して困らせたり、足元を乗っ取ったり。そう言った戦いこそが父の元老院に対する戦い。


「ソルプレーサ」


 仕上げとして、マシディリは父の四足とも評されているソルプレーサ・ラビヌリを寝室に呼び寄せた。誰も耳を立てることのできない部屋である。そして、仮の愛の巣であると言うことは、かなりの信任を示す部屋と言うことでもあるのだ。


「ユリアンナを頼みます。今、この場に於いて私が頼れるのは貴方だけなのです。

 ユリアンナの安全と、地位の確立、王妃派閥の内偵を。

 いえ。何よりもユリアンナの安全を。くれぐれもお頼みいたします」


 両手でソルプレーサの手を取り、頭を下げないが懇願するように。目も少しばかり潤ませ。


 マシディリは、何度も頼んで見せる。


「ご安心ください。必ずや、エスピラ様の恩に応え、マシディリ様の期待に応えるべく。この老身を粉にして奉公いたします」


 ソルプレーサも、いつもよりやや熱い言葉を返してくれたのだった。

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