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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十六章
1452/1589

ウェラテヌスの両輪 Ⅴ

「雷神の化身であるマールバラを討った兄上が守護神だからこそ、壁は撤去できる。私がそう主張し、計画を推し進めます。

 兄上は、私に先んじて港の整備とアレッシアの上下水道の整備、道の整備を掲げてくださればそれで十分かと」


「クイリッタ」

「兄上と私達では価値が大きく違います。反発が大きなことには、兄上はあまり関わらないようしていただければ。私の心労も減りますので」


「そうねー」

 ため息一つ。

 不穏な言葉選びではあったが、献身もある以上はそこを追求することはマシディリには出来ない。


「アレッシアを世界の中心にする。そのために、オピーマの力は必要だと示すためにも、フィチリタの結婚式の準備は私が父上の代わりに進めるよ」

「それがよろしいかと」


「ああ」

 ふいの声は、ユリアンナのもの。

 「だからリングアか」と続き、視線がやってくる。目に否定の色は無い。拒絶感も無く、いつもの目であり、問題を解けた時の幼い顔の面影がありありと残る表情だ。


「アレッシア市街の上下水道も道も建物の配置もディファ・マルティーマでの整備を基軸として行っていくのなら、リングアは邪魔よね。正確には叔母上もかもだケド。

 それに、一流で一番の技術屋を使うなら、フロン・ティリド遠征の準備。物資調達のための道に使って、兄上が切り取る範囲を予定通りに短く済ませないと。アグニッシモは多少苦戦しても上手く行っても、多くの元老院議員にとっては所詮へき地での出来事。あまり影響はない、と。

 完璧ね。流石は兄上」


「リングアを邪険にするつもりは無いけどね」


 ユリアンナの言葉に悪意が一切無いのが、逆に性質が悪い。

 こういったところは、ある意味で母に似たのだろう。


 ただし、クイリッタの腰は少し浮き気味であり、マシディリが声を発したからこそ閉ざしているだけ。放っておけば、また喧嘩が始まってしまっただろう。


「さっきも言ったけど、リングアは優秀だから。叔母上の下で鍛えられたティバリウスの技術者も一流だよ。それに、ジュラメント様の防御思想は、死後になって様々なところに用いられているからね。受け入れやすいと思っただけだよ」


 ジュラメント様式。

 そう名付けられるほどの防御様式は東方遠征でも出会い、西方にあるフラシにも用いられていたのだ。これだけ広範囲に一気に現れた防御様式など、これまではありえなかったことである。


 無論、アレッシアの影響域が広がり、情報が一気に多くの場所に届くようになったことも要因だが、ジュラメントが優秀な人物でなければありえなかったことだ。


 そのジュラメント様式をリングアが継ぐかは分からない。

 だが、遺された書物に目を通したことはマシディリも知っている。


 知識はあるのだから、後は実践して磨きをかけて行けばリングアの今後にも役に立つはずだ。


 尤も、だからこそリングアが警戒されていくのも理解しているが。

 エリポスにはウェラテヌスの基盤が薄いのだから、アレッシアに残しておくよりも安全である。


「第三軍団の帰国の許可も素早く出させておきます。夏休みはアレッシアで過ごさせ、来年に備えてもらいましょう」


 クイリッタがいつも以上にぶっきらぼうに言う。

 誰の言葉に苛ついているのかが分かったのか、ユリアンナがまた唇を尖らせた。

 ただし、二人とも直接やり合うようなことはしない。


「そうだね。帰国は頼むよ。でも、来年は第三軍団は休暇にしたいかな」

「兄上の主力では? しばらくは忠誠も問題無いと思いますが」

「だからこそだよ」


 第三軍団は戦いっぱなしだ。

 無論、まったく家に帰っていない訳では無い。それこそメガロバシラスの大王に比べれば軍団の待遇はかなり良いだろう。


 それでも、家にいる時間は短く、今もマシディリは家族に会えているが彼らは会えていないのである。


「だからこそ、スィーパスも警戒する。ピオリオーネまで行かなくても、クルムクシュに行かなくとも、テュッレニアに高官しかいない状態でも警戒するよ」


 ピオリオーネは、現在、テラノイズが抑えているプラントゥムの東端の街だ。クルムクシュは半島の出口。テュッレニアは半島北部の街。オルニー島を経由して上陸を狙える形があるだけで良いと見ているのである。


「それから、新しい軍団とフラシ騎兵をグライオ様に付けてハフモニに駐屯してもらおうとも思っているよ。両方から挟まれる形だと知れば、スィーパスもしばらくは動けないはずさ。何せ、まだプラントゥムの地元民の反発に手を焼いているからね。


 メンアートル派とヘステイラ派の主導権争いも収まっていないし、その中にソリエンスと言う有望株も現れたのなら、また派閥が出来る。イエネーオスも一番手の地位には着きつつあるみたいだけど、彼は対人関係の調整が苦手だから。


 グライオ様と第三軍団の名を見せ続ければ、動けないよ」


「あまり、グライオ様に功を立てさせすぎるのも問題ではありますが」

 クイリッタの遠慮ない言葉に、マシディリは口を閉じた。息は鼻から吐き出すだけ。ユリアンナも口を閉じたまま、肩を竦め両手を上に向けた。


「父上の後継者として、グライオ様の実力にかけている者も名はあげませんがおります、とだけ。兄上はアフロポリネイオに負けましたが、グライオ様は全てを大成功で終わらせましたから」


「流石だよね」

「ええ。本当に」

 マシディリの本音でもある言葉に対し、クイリッタが冷たく返してきた。


「能力ある者を起用しない者に誰が着いて行きたいと思う?」

「まあ、兄上が第三軍団に人質を差し出した、なんて、言いだしそうな者達があらゆるところにこびりついておりますから。なかなか落ちない頑固な汚れです」


「本当だよね。ラエテルは可愛がられていると言うのに」

 ラエテルは持ち前の交流能力で軍団兵からも人気が高いのだ。べルティーナ仕込みで礼儀も良く、生来の図太さもある。親の贔屓目もあるだろうが、勉学も武術も悪くはない。


 何より、べルティーナがラエテルに簡単に会いに行っているのが良好な関係を築いている証である。


「兄上」

「ウェラテヌス派の者達も、でしょ」

 クイリッタが右目だけを大きくし、二度、のんたりと小さく頷いた。


「まずは兄上が目指すアレッシアのこれからと、そのための港の整備を始めとした諸政策を早めに喧伝してください。それを受け、帰国後に私が壁の破壊も訴えて一気に改革を進めます。手元に、軍事力がある内に」


「そうだね。それまではディミテラとサテレスに会ってくると良いよ。折角此処まで来たんだし、子供の成長は驚くほどに早いからね」


「兄上。くれぐれも発布は」

「分かっているよ」


「どうだか」

「べルティーナに誓って」

「はいはい」


「あ、サテレスに誓った方が良かったかい? 可愛い甥に、って」

「兄上」


 くすりと笑い、ユリアンナと顔を合わせた。

 ユリアンナも笑みを浮かべ、クイリッタに意味深な頷きを向けている。


「エリポスの者らも、第四軍団の家格が、と言っているのです。ティツィアーノと第四軍団をエリポスに残させ、東方諸部族と再交渉を開始して兄上の面子を潰そうとしてくることも十分にご留意ください」


 クイリッタが苛立たし気に結び、立ち上がる。


「昨日、ユリアンナと話していたらリクレスが私が不倫していると勘違いしてね。残ってくれると嬉しいな」


 べルティーナ抜きで話すことがあったのだ。

 その場を見たリクレスが手に持っていたぬいぐるみを落とし、慌てて走り出したのである。叔母、つまりはマシディリの妹。リクレスにとってヘリアンテだと言えば、誤解は解けたのだが、あの時のリクレスの顔はそう忘れられるモノでは無い。


 リクレスの必死の訴えを聞いたべルティーナは、夜になると思い出して楽しそうに笑っていたが。ちょっと不謹慎でもあったので、お灸を据える意味を込めてしっかりと捻転させたのも昨夜である。ただ、流石に理由は悪かった。朝になればマシディリが叱られる番になってしまったのである。


「細かいところでも、打ち合わせておきますか?」

 クイリッタが再び椅子を引く。


「そうだね。第四軍団の家格を知っているだなんて、随分とエリポスもアレッシア化してきたね、とでも釘をさすかどうかも話し合っておこうか」


 東方諸部族とエリポスの調停に、エリポス商人の掌握。カナロイアの海運力を使っての各地への連絡にマフソレイオとの交渉。


 そして、カナロイアの王族への探りも、エリポスにいる間にやっておかねばならないのだから。

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