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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十六章
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ウェラテヌスの両輪 Ⅳ

「ディアクロスへの仕置きが上手く行きすぎた、と言うべきでしょうね」

 さくらんぼを呑み込み終えたクイリッタが、尤もらしい声を出す。


「内通者への処罰も当然必要なこと。元老院への当てつけも、元老院とウェラテヌスの関係を掴むためにも大事なことでしょう。ですが、内側への強硬姿勢を続けるとエリポスに対して弱腰であるとの声も大きくなることをお忘れなく。


 特に、兄上はオピーマの取り込みも行っておりますから。

 オピーマ派を過剰に考慮した結果となり、既存のウェラテヌス派の者から不満の声が上がるのもそう遠くない話になってしまいます」


 既に幾つか上がっているのは知っている。

 知っていることを、それとなく伝えてもいるのだ。ただし、処罰等は何もしない。何もしないことで寛容性を示し、大事にしていると婉曲に伝えるつもりでもいる。


「フィチリタの結婚祝いでしょ?」

「露骨な取り込みだ。批判も当然ある。当のオピーマが納得していてもな」


「じゃあ、アグニッシモもどこか良いお嬢さん迎えちゃおうか。今の双子の年齢の時に父上と母上は二人を授かっているわけだし? 時期としては良いと思うケド」


 確かに、最近はソメイユへの想いも区切りがついたようなのはマシディリも知っている。

 ソメイユの務める厩舎に変に寄ることも無ければ避けることも無くなったのだ。そして、アグニッシモには悲しいことに当のソメイユも結婚している。


(家門としては普通のことだけど)

 もう少し年齢を重ねてからの結婚でも、何の違和感も無い。


「兄上」


 ユリアンナの声が少し低く、そして気づかわし気なモノに代わる。背筋もしっかりと伸びていた。身長はユリアンナの方が高いのだが、どこか母に似た雰囲気も感じる姿勢である。


「もしも兄上が死んだ後にべルティーナちゃんをアグニッシモに嫁がせる、とか考えているのなら、止めた方が良いと思うな」


「珍しく意見があったな」


 クイリッタも伸びた背筋で言って来た。

 文面としてはユリアンナに向けたものであるが、声の向きは完全にマシディリに対してである。


「ちょっと違うと思うケド。


 私は、べルティーナちゃんが兄上のことを好き過ぎるからべルティーナちゃんを思って言っているの。それに、ラエテルも十分に『ウェラテヌス』としての自覚が出てきているでしょ。その母親として、べルティーナちゃんは十分にウェラテヌスに残ることができると思ったからなんですケド。


 まあ、無理でも私が引き取るから安心してよ」


 安心できるような、出来ないような。

 でも、二人が仲が良いのは確実だ。最もユリアンナが弱っている時に支え、父の死に付け込み王妃が動き出した時も二人で協力していたのはべルティーナから聞いている。

 それに、マシディリの感情としてもこれ以上ありがたい提案は無かった。


「馬鹿馬鹿しい」

 クイリッタが吐き捨てる。


 マシディリに焦燥も落胆も無い。ユリアンナと意見が一致していると、さっき言っていたのだ。


「兄上が死ねばアスピデアウスとの対決は避けられないが、義姉上を見る限り、子を見捨てられる人では無いと思っただけだ。忘れ形見ならなおさらな。アグニッシモへのそれは、考えるだけで冒涜であり関係をこじらせるもの。


 政略的に考えて、これ以上は議論どころか議題にも上げない方が良いと思ったから言ったまでだ。恋愛結婚だなんて、アグニッシモを見ればどうなるか分かるだろ? 馬鹿馬鹿しい。好いた惚れたでくっついたところで、気持ちが変われば一瞬で変わる。


 そんな不安定なモノに家門の命運をかけてたまるか」


「などと、兄弟で一番恋愛結婚をした者が申しております」

 ユリアンナがふざけて両の人差し指を揺らした。


「私は完全に親の事情に振り回された結婚だけどな」

「ディミテラちゃーん」

「愛人は違う」

「そうねそうね。そうしとこうね」


 大きな舌打ち一つ。

 無論、臆するような者は此処にはいない。


「ま、政略性で言えば、私はアビィティロの結婚はすぐに受けても良かったと言うか、兄上から提案する形で推し進めて良かったと思うケドね」


 ユリアンナと、では無い。

 リリアント・アスピデアウス。アスピデアウス一の美女と名高いサジェッツァの養女との、である。


「どうして?」


 アスピデアウスから提案するからこそ意味がある。

 少なくとも、マシディリとアビィティロはその点で同意していた。


「だって、兄上とべルティーナちゃんとの婚姻も申し込んで来たのはアスピデアウスからでしょ。で、父上を何度も暗殺しようとしたのもアスピデアウス。

 もうアスピデアウスの言うことなんて信用できないから、最後通牒としてアビィティロとリリアントちゃんの結婚を申し込んでも良かったんじゃないかなって」


「クイリッタ」

「やってみますよ」


 呆れ、疲れたようにクイリッタが言う。

「それはそれとして、兄上のフロン・ティリド遠征もお願いしたいですけどね」


 ユリアンナが唇を尖らせ、ぶるるる、と震わせた。


「出来れば、アグニッシモに遠征の纏め役をやってもらって、ウェラテヌスと言う家門に力があることを内外に示したかったけど、特効薬も必要か」


 エスピラ・ウェラテヌス個人の力がウェラテヌスの力の時間が長かったのは誰もが理解している。

 そこにマシディリが加わり、クイリッタが加わり、ユリアンナが加わり、双子も強力な戦力となった。その中でマシディリがはっきりと後継者と他の者からも明言され、他の派閥との関係も深めている。


 父は、その状況を見て大丈夫だと信じてくれたのだ。

 だが、実際は父の死で敵対まではいかずとも様子見や雌伏に代わった者が多く居る。


 調停者としての地位の確立。

 それを以てアレッシアは広大な支配領域、いや、影響地域を確保する。


 それこそが代替わりの度に力を示し続けない、持続可能な権威に繋がるのだとマシディリは考えているが、それはそれ。即座に黙らせるにははっきりとした戦功。ぐずぐずとうるさい時間が続けば、やりたいこともできなくなる。


 手っ取り早いのは、マシディリこそがエスピラの後継者であると示す行動。

 それによる、成果。


「父上も、執政官に復帰したその年にエリポス懲罰戦争を行い、東方遠征まで発展させていたね」

「兄上」


 即座に否定の声をあげたのはユリアンナ。

 クイリッタは、黙ってマシディリを見ている。


「明確な一撃は加える。スィーパスへの攻撃準備とも取れる動きもしておく。でも、攻撃目標はフロン・ティリド南部。肥沃な土地だけを切り取ったら、私は離れるよ。離れて、アグニッシモが統治を推進する。それでどうかな」


「可否を聞いているのであれば、否はありえません。賛否を聞いているのであれば、中途半端であると否を口にさせていただきます」


 ユリアンナを制するような速度でクイリッタが反応した。

 ユリアンナの唇は再び尖る。クイリッタは、冷たい目で妹を見据えていた。


 マシディリは、威圧されて拗ねた態度を滲ませた愛妹にやわらかく微笑みかける。


「アレッシアをこれからの形に変えていくのも今から始めておきたいからね。私も長らくアレッシアを空けるつもりは無いよ。むしろ、これからはアレッシアが中心となる。

 だからこそ、しっかりとした成果も残しておきたいんだ。アフロポリネイオ泥濘戦は、これまでの私の功績を文字通り泥に沈めるような結果だったらしいからね」


 ユリアンナの顔が、駄々をこねたいが我慢している子供のようになる。

 ある意味では、マシディリが後ろ盾になることもユリアンナのおねだりなのだろう。

 無論、父なら応えたはずだ。


「私も、フォマルハウト殿下とはカクラティス陛下を交えずに話してみたいと思っているよ。だから、もうしばらくはカナロイアにいるつもりさ。それに、アレッシアの改造計画をどこから発案するかも打ち合わせないと。


 壁の撤廃から行くのか。港の整備と内陸への引き込みから行くのか。居住地の大改造から始めるのか。


 いずれにせよ、引っ越しせざるを得ない人も出てくるからね。

 反発も大きくなるさ」


 それでも、アレッシアを大都市に。世界の中心にしたいのだ。

 そのためには雑多な街ではいけない。後から付け加えられていく都市では駄目だ。予め計画を用意し、道と上下水道を完備し、アレッシアの誰もが公衆浴場を利用できるような街で無いといけないのである。


 そのためには、アレッシアを囲う壁は邪魔なのだ。

 それが、例え、雷神マールバラを跳ねのけた壁であったとしても。


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