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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十六章
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三兄妹集結

「何故アフロポリネイオなんぞに負けたのですか!」


 烈火の言葉は、出迎えに来たカナロイア王太子フォマルハウトすら無視した言葉である。

 また無視された、とでも言いたげな表情を浮かべた義弟は、されど(ユリアンナ)に慰められることも無い。


「勝負は時の運だからね」


 苦笑。

 それしかない。

 でも、クイリッタは止まらない。前に出てくる。


「あんな神の名を騙るか女の尻を追いかけるしかできない国など、無視すれば良かったのだと言っているのです。勝ったところで、利益がどれだけありましたか!?」


「それは悪かったよ。でも、私も常勝では無いからね。これまでだって何度も負けてきたじゃないか」


 決して誇れることでは無い。

 十六名の犠牲は、それこそ余計な犠牲だ。


 その罪悪感は持ちつつも、いや、持っているからこそ、マシディリは苦笑いしかできないのである。


「アレッシアでは何と言われているか知っていますか? 

 エスピラ様ならば此処まで外交戦で遅れることは無かったと言われているのですよ」

「父上は得意だったからね」


「そもそもアフロポリネイオに負けることも無かったとすら言われています」

「だろうね」


「兄上!」

「ちょっと。兄貴の所為でネプトフィリアが泣いちゃったのだケド」


 ユリアンナが自らの腕に抱く息子を上下に揺らした。

 名付け親は、もちろんエスピラだ。遺言に残っていた名を、そのまま伝え、カナロイアの王族も認めたのである。


「子供なんて泣くものだろ」

「えーんえーん」


 クイリッタの後ろで乳母に抑えられていたリクレスが棒読みで泣いた。

 妹のヘリアンテも、兄の物まねを始める。

 クイリッタが舌打ち交じりのため息を吐いた。


「そもそも、兄上だからトーハ族に鮮やかに勝ったと思うんですケド。おかげさまで東方諸部族は元気よー。マシディリ様の実力を理解しているのは我らの方だって。エリポスとこのまま開戦してしまおうかって話もあるみたい」


 マシディリが皆を黙らせる戦功を欲しているだろうと言う東方諸部族の読みは、間違いでは無いのだ。その上、エリポスがマシディリを見下しているのも事実。

 会戦に雪崩れ込めば、なるほど、マシディリと第三軍団は東方諸部族の強力な味方となるだろう。


 が、東方諸部族全体としてもさほど旨味のある話では無い。


 彼らも彼らで、再びマシディリの調停を望んでいる節がある。特にマシディリの行った東方遠征で大きく力を削られた諸国家は、マシディリの力を背景とした再びの静謐を望む手紙を送ってきているのだ。一致団結している訳でも無く、隙あらばと隣の領土を狙い合っているのも東方諸部族の特徴である。


「アレッシアにも馬鹿が増えただけの話だ。売国するような野郎どもがな」

「あら。大変大変」


「ユリアンナがさっさと内通者一覧を送ってきていれば、話は違ったんだけどな」

 クイリッタが顎を上げる。


「出産で大変だった妹にそんなこと言うなんて。兄貴は冷血ねー」

 ねー、とユリアンナが息子を覗き込んだ。ネプトフィリアの泣き声が、少しだけ小さくなる。涙に濡れた大きな目が、母親をしっかりと捉えていた。


「私の失策だよ」


 静かに言い、マシディリはしゃがんだ。

 おいで、と子供達に言う。べルティーナもマシディリの隣に立った。


 最初に駆け出したのは、リクレス。遅れてヘリアンテが兄について走る。最後尾はソルディアンナ。


 さ、とマシディリは両手を広げた。

 リクレスが手を伸ばし、そして、マシディリの手に手を合わせただけですぐに「母上ー!」とべルティーナの方に行ってしまった。当然、ヘリアンテもリクレスの真似をする。


(ええ……)


 寂しいのは、事実。

 少なくともマシディリは会えない間寂しかったのだ。だと言うのに、子供達は簡単に母親の方へと行ってしまった。


「あら」

 べルティーナも、喜色と少しの勝ち誇った笑みをマシディリに向けてくる。


「じゃあ、私が父上独り占めね!」

 そんなマシディリに飛び込んできてくれたのは、長女(ソルディアンナ)


「あ」とリクレスが声をこぼし、ヘリアンテも「だば」と声をこぼす。が、二人の手はしっかりとべルティーナを掴んだまま。


「そうだね。今日は父と二人で遊ぼうか」

「良いの?」

「まあ、ラエテル次第だけどね」


 クイリッタが連れてくると言っていたが、この場に見えない長子を探すように目を動かす。乳母は、軽く首を横に振っていた。顔は暗くない。いや、何かあったのなら、クイリッタがすぐに言っていたはずでもある。


「兄上は陣中見舞いだよ」

 ソルディアンナが明るく言う。


「陣中見舞い?」

「そー」


 八歳になった愛娘は、もう結構な重さがある。

 それでもマシディリはなるべく「羽のように軽いよ」と言えるような軽快さで抱き上げた。


「父上と叔父上とアグ、の叔父上と兄上まで固まっていたら、ヨコシマな心をいだきかねないからだって」


「カナロイアが?」

「うん」


「セアデラが残っているのに?」

「父上。人間ってふとそんな考えも過るものよ?」


「何歳だい?」

「八歳!」


 思わずこぼした言葉に、ソルディアンナが元気に応えた。

 危ないのにマシディリの腕の中で暴れようとするのは、確かに幼い行動でもある。


「子供は日々成長するものよ?」

 べルティーナがやわらかく言ってくる。


「そうだね」

 マシディリは、一緒にいる危険性を考えたことがあったかと言えば、首を横に振るだろう。


 カルド島にも父と弟と共に行ったのだ。途中で別れることはあったが、マシディリから言い出したことでは無い。


 しかも、今回はどうせなら夏を過ごさないか、とマシディリから誘ったのである。


 ユリアンナの床払いは順調に終わっているが、各地との交渉に元老院からの干渉を受けない上に船を使える地が有利だからだ。


 その上で、ラエテルがしっかりと考え、動きを変えた。

 頼もしい成長である。同時に、寂しさも覚えてしまう成長だ。


「第三軍団の慰撫は大事な仕事ですから。ラエテルがウェラテヌスの当主になるにしろ、ならないにしろ、軍団とのかかわりは強くならざるを得ないのでは? 私と違って」


「クイリッタにもいつか軍団を率いた遠征をしてもらいたいけどね」

「私の特技はそちらでは無いので。兄上、アグニッシモ、スペランツァと全て出払ったのなら、まだ考えますよ」


「そうだね。ティツィアーノ様もいるし」


 軍事行動に於いて、軍団を任せると言う意味では一番信頼しているとも言っても過言では無い。それを証拠に、今もエリポス内に残しているのだ。


 最も、軍団に言った言葉は「元老院から帰国の許可が下りていない」との一言。


 これまでの元老院の許可など無く半島に引き上げてはいたが、今は口うるさいのだ。それに対する意趣返しでもあり、軍団の結束を高めるためでもあり、影響力を高めるための策でもある。


「ティツィアーノ」

 はん、とクイリッタが吐き捨てた。


「クイリッタ」

 目を閉じ、諫める。

 子供達の前だ。あまり、口うるさくするわけにもいかないのである。


「お言葉ですが、兄上。第三軍団は基本がたたき上げの者達。実力のある平民で構成されています。貴族と言えば、兄上とウルティムスだけ。アグニッシモも含めれば三人目ですが、エリポスから見れば軽んじられているでしょう。


 対して第四軍団にはアスピデアウスが一人にタルキウスが二人。ラクテウスもティツィアーノの嫁の家門であり、ディアクロスに至ってはエリポスでも有名だったウェラテヌス派の実力者。お情け程度に旧伝令部隊から二人。


 エリポス人が好きなのは第四軍団ですよ。アスピデアウス派が好きなのもね。


 でしょう、フォマルハウト様。

 ああ、お久しぶりです、殿下。妹と仲良くしているようで、兄として嬉しい限りです。これからも夫婦仲良くお願いしますね」


 流れるようにエリポス語に切り替えたクイリッタに対し、フォマルハウトも苦笑の後に呆けたようで正装に近い表情を作り、答えている。


「私の妻の前でもアスピデアウスの文句を言うような正直者なのです。でも、信頼している者の前でしか言いませんから」


 マシディリはそうフォマルハウトに言い、ユリアンナに目をやる。

 兄貴の言葉なんて半分聞き流せば良いのよ、とユリアンナが軽く言い放った。

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