調停者へと
アフロポリネイオの封鎖と、スティティモニスの占拠。
それが狙いだと分かる布陣は、その日の内に完成した。攻撃はしない。ただし、物々しい雰囲気と共に人っ子一人出せないようにはしている。
スティティモニスはアフロポリネイオの資財もあり、講和交渉に於いてアレッシアに渡すと宣言した物も保管されている場所だ。
実力で奪われれば、もちろん、アフロポリネイオ側が講和交渉で使うことは出来なくなる。
「たかりに来たのかい?」
「ねだりに来た、と言って欲しいな」
翌日やってきたのはプリッタタヴ。イパリオンの頭領が、アスキルを含む五百人の騎兵を伴ってきたのだ。
カナロイアの二人も、身辺をカナロイア兵で固め、まるで道路の一つを封じるように戦火を回避すると言い張っている。もちろん、アレッシアとアフロポリネイオに停戦の提案もしてきた。ドーリスにも送っているところから、ドーリスもアレッシアに敵対したと思わせるのが本当の狙いなのだろう。
(狙いは、アレッシアに敵対はしたくないけど良くは思っていないエリポス諸国家の取り込みですね)
エリポス盟主の地位を、この機に一気に奪うつもりか。あるいは、じっくりと攻めるための布石か。
どちらでも構わない。
そして、不幸な衝突も起こる。
ドーリス人傭兵の小部隊とアレッシア軍の小部隊が激突したのだ。
勝者はアレッシア軍。即座に周囲の兵が駆け付け、イパリオン騎兵も手柄欲しさに殺到し、圧倒的多数で少数のドーリス人を捻り潰したのである。
「これが褒美でどうですか?」
「ドーリス兵をも圧倒したイパリオン騎兵か。うん。悪くない」
プリッタタヴが上機嫌で笑う。
数で勝っていた。囲っていた。そもそも偶然の対決に、今か今かと血に飢えていたイパリオン騎兵が飛びついた形。
真実がどうであろうと、名乗れれば良いのだ。
エリポス最強のドーリス兵に、イパリオン騎兵が勝った、と。
「陛下よりのお言葉がある!」
アフロポリネイオの使者が三度も来た後で、ドーリスからの使者がやってきた。
「ドーリスはアレッシアとの戦いを望んでいない。先の衝突は不幸な出来事であり、両国間の関係に何ら影響の与えないモノだと認識している。故に、まずは交渉を行いたい」
「まるで、傭兵に殺された戦友がいることに憤りを抱いたこちらが狭量だとでも言いたいようですね」
グロブスが言う。
マシディリは、黙ったまま使者を見続けた。
「さにあらず。更なる戦火の拡大こそを陛下は憂いておられる」
「先代のエスピラ様と先王陛下の時分には他のエリポス諸都市が離れていく中でもドーリスは傍にありました。ですが、今やドーリスはアフロポリネイオを居として抗戦の構えを取り続けている。実に白々しい言葉ではありませんか?」
グロブスの言葉は、第三軍団高官の総意。
誰しもが、ドーリスが最大の主戦派だと知っている。
「逃げ込んだ者がいるからアフロポリネイオが戦いを望んでおらず、居座っている我らが戦いを望んでいると思うのは実に浅慮ではありませんか」
「我らが逃げて来たアフロポリネイオ人から事情を聴いていないと思うのは、浅慮では無いのでしょうか?」
「知っているのであれば、我らが何故アフロポリネイオに留まり続けているかもお分かりのはず。陛下のお言葉が心からのものであるとも、理解されるのではありませんか?」
「それは、優れた人種であるドーリス人はアレッシア人の違いなど分からない、と言う話でしょうか?」
「改めて今上陛下からペリースをお送りするのも吝かではありません」
互いに、主張は理解している。
だが、認めはしない。
(クスイア二世にとっては随分と思わぬ方向に転んだ、と言う状態なのでしょうかね)
罠に嵌めた戦いでも、アレッシア人に持ちこたえられ、被害はドーリス人傭兵の方が大きかった。
今回の戦いでも、小部隊同士の戦いだったのにも関わらずアレッシアはすぐに数的有利を取るだけの組織力を見せ、ドーリスは見捨てる形になってしまっている。
ドーリスの栄光は過去のもの。
ドーリスの武威が下がれば、傭兵業にも影響がでる。それどころか押さえつけられていた奴隷が反乱を起こしかねない。反乱を起こされれば、兵だって外に出している場合では無くなる。
では、クスイア二世は勝てるのか。
籠って戦えば長らく戦える自信はあるだろうが、それだけ長く本国も開けられないだろう。王弟達からは第四軍団が近くに居続けている話も聞いているはずだ。
では、権威を得るためにはどうすれば良いのか。
簡単な話。
アフロポリネイオが戦闘技術を教わる相手をアレッシアからドーリスに変えたと言う事実があれば良い。アレッシアもそれを認めた、と。
その上で、マシディリはアレッシア人も教えを請う形で紛れ込ませるのだ。
対外的にはドーリスの優れた戦闘技術をアレッシア人が上に見ていると思わせるために。
本当のところは、ドーリスの知見を吸収しつくすために。
始めから狙いはドーリス。ドーリスの無力化とドーリス崩壊後のドーリスの文化を残す人、知識を残す人が欲しいだけ。クスイア二世が離れている今なら、王宮内に王宮に残された書物を保持したまま逃げ出すと約束する者を作ることだってできる。
もちろん、今すぐ戦うつもりは無い。
今すぐ戦えば、長すぎる戦役となる可能性が圧倒的に高いのだ。
(カナロイアの一人勝ちにしてしまうところが、少々問題ですね)
関りを最小限にしていたジャンドゥールは残り続ける。だが、単独で対抗することは不可能だ。
エリポスで一番の領土を誇るのはメガロバシラス。だが、エリポス諸都市には基本的に嫌われている。
ディティキ。ビュザノンテン。イペロス・タラッティア。全てアレッシアの植民都市であり、エリポスでの覇権を握ることは無い。
(仕方がありませんね)
マシディリは、ドーリスの使者とは直接話をすることは無く、アフロポリネイオの使者も無視し続けた。
ただ、デオクシアが来れば話は違う。
さっさと話しをまとめ、直接の講和交渉の日取りも強引に決めた。
ドーリス国王クスイア二世との直接対談では両軍をそれぞれの背後に控えさせ、緋色のペリースの贈呈を受ける。マシディリも、盾を返礼として送った。
基本は和やかな雰囲気で進めつつ、アレッシアが妥協したと言う形でドーリスによるアフロポリネイオの教導を『アレッシアが』認めた。同時に、教えを請う人の差配も『アレッシアが』提案し、通す。
表面をなぞれば、アレッシアが大きく譲歩し、戦争の負債も払った形に見えるはずだ。
その実、マシディリは兵に配れるだけの財を手にし、エリポスの三国家の使者を頻繁に訪問させ、内通者を飛ばす準備も整ったのである。
(武力に頼らずとも、と言えますかね)
企図した形では無い。
それでも、力を示し続けなければならないとはならずに済むかもしれないのだ。
今回の一連の戦いで、アレッシアが大きな内政干渉をしたことは無い。エリポス諸都市の頭をすげ替えを提案したことも無いのだ。
対して、アフロポリネイオは自己中心的であり、守ってはくれないと思わせるような行動を度々とってしまった。略奪品の返還だって、急なご機嫌取りに見える人も居るだろう。ドーリスに至っては武力に不信の目を向けられている。
一方で、アレッシアは別方向に存在感を増した。トーハ族との接触や東方諸部族の動きに対しての調停がエリポス諸都市からも見えるようしたのである。カナロイアとだけでは無く、マフソレイオと東方諸部族の交渉も、また。
細々と生き残っているマルハイマナも、一瞬エリポスを席巻しかけたこともあって名は強い国だ。この国の名を出し、弱小国に落ちぶれた国をうまいこと宥めればウェラテヌスの地位も盤石になってくる。
問題が起こった時に、間に入れる人として適任であると。通訳を幾人も用意せずとも、マシディリ一人で事足りるのだ。
調停者。
平和の維持のために必要な存在。
それ自体を攻撃することは、終わりなき戦いの始まりになりかねない。そんな認識まで、持っていけるかもしれないのだ。
維持される平和とやらが、アレッシアにとっての平和。即ち覇権の維持だとは気づかずに。
「『エスピラ・ウェラテヌスは』、ですか」
問題も、無い訳では無い。
調停の中心が、即ち象徴としての存在、記号になってしまうのは、自分が成るのも受け継がせるのも嫌なのだから。




