三古国+1 Ⅱ
「調停者がいるのなら、此処でやれば良かろう」
ただし、クスイア二世もドーリスではカナロイアと東方諸部族の調停できないことは分かっている。
下手に手を出して余計な失敗をするよりは、目の前でやらせる方が良いのだ。
「なら、他のエリポス諸都市も呼びましょう!」
フォマルハウトが無邪気そうに手を合わせた。
(そう言う目的ですか)
そう。カナロイアとアレッシアも、完全に目的が一致している訳では無い。
カナロイアの目的は、一貫してエリポスでの覇権。この機にアフロポリネイオとドーリスから影響下にある国家を奪い取るつもりかもしれない。
「今、行われているのは、我々アフロポリネイオとアレッシアの交渉のはず。何より、他の国よりも名があり戦闘を優勢に進めたアフロポリネイオがアレッシアとどのような講和を結ぶのかが、以後の指針になると思うが」
交渉国家が増えて欲しく無いのは、マシディリとデオクシア。
故に、この議題に関しては、デオクシアはマシディリの味方である。
しかし、デオクシアに同調しすぎてもいけないのももちろんのことだ。アレッシアは、あくまでも戦争を継続すれば勝てたと言う姿勢でいなければならない。今の講和は望んでいないと言う立場である。
下手に同心して、自身の調停も望むカナロイアも同意されてしまえばドーリスを押し通してしまうのだ。
故に、ドーリスと同じく、アレッシアも継戦を望む側の立場でいなくてはならない。
ドーリスと違うのは、本当に継戦を望んでいる訳では無いと言うこと。デオクシアにはそれとなく伝えつつも、戦う姿勢は維持する必要があるのである。
「カナロイアの調停も、此処で力関係がはっきりしなければ後から文句も出よう。どうやら最低でもリントヘノス島を手に入れることができれば、と考えているようだが、アレッシア元老院の出方次第ではエレスポント島を逃したことを糾弾されるのでは無いか?」
情報が足りない中での勇み足の感も否めないが、大きくは違えていないだろうとはマシディリも思う。
同時に、カナロイアはその場合にアレッシア元老院に対する策としてマシディリと組むだろうとも。
故に、カナロイアとマシディリはアレッシア元老院に対しては強力に手を取り合う札になっているのだ。
「糾弾させたいのはそちらの二人では? どうやら、心身に多額の賄賂をもらっていると聞いているが」
「どこも貰っている物でしょう。例え陛下が貰っておらずとも、妃陛下は」
ちらり、とデオクシアがマシディリに目を寄こしてきた。
「どうでしょうかね」
続きを言いながら、デオクシアの目がカクラティスに移る。
アレッシア人であり親アレッシア派の王太子妃と、反アレッシア派の王妃。
カナロイア内部に存在する対立構図は、最早後宮に隠し切れるモノでもなくなってきているのだ。
「旧き友よ。糾弾しに参ったのではない。むしろ、直近でアレッシアの脅威を感じているのはドーリスよりもカナロイアだ」
カクラティスが鷹揚に言い、目の前を広げた。
デオクシアに対して胸部が丸見えになる形である。
「カナロイアには、今、べルティーナ様も滞在しておられる。厄介だよ。エスピラを良く知る者であれば、その厄介さが良く分かる。そして、エスピラであればメルア様の救出を行ってからの侵攻だろうが、マシディリ様であれば違う。むしろ、愛妻の死すら焚きつける道具に変え、攻め寄せる。
何か不手際があれば、地図から消えるのはカナロイアだ。
あれだけの美人だと言うのに、言い寄れば死を与えねばならない。現に、二人ほど処刑しているよ」
「お気持ち『は』ありがたいですね」
マシディリは即座に牽制を放った。
それを言い訳に、王妃の歓心を買っていた者を処罰したでしょう、と。無論、ユリアンナにとっても敵対派閥であるため強くは言えない。それに、カクラティスの常とう手段だ。
父も弟も、アレッシアの所為にして排除し、自身の権力をより強固なモノへと変えている。そう言う男だ。必要とあれば、その協力者の命すら簡単に舞台にあげてしまう。
「警戒を怠って、マシディリ様の勘気を被りたくはないからね。そうだろう、旧き友よ。完全に嵌めたのに被害が大きかった気分はどうだい?」
「調子に乗るなよ水夫風情が」
クスイア二世が、最も汚い言葉を吐いた。
カクラティスはにやにやとしている。デオクシアから出てきたのも呆れに似た鼻からのため息。この場に、クスイア二世の気迫に恐れるものは控えている世話役以外に誰もいない。
(そうですか)
この中で一番焦っているのは、クスイア二世。
傭兵派遣を責められないようにし、アレッシアと合法的に戦えるようにしたまでは良かった。問題なのは、その後。戦いで思うように活躍できなかったことだ。
いわば、この中で最大の軍事力を誇るのはマシディリであるとの認識を強めてしまったのである。
「アフロポリネイオはアレッシアから財をむしり取る気はありません。むしろ、気持ちばかりの財は払いますが、アレッシア対策のために講じた工事を戻すこととマフソレイオを通じた食糧支援を願います。他にも、宗教会議への出席をアフロポリネイオからの要請のみに従ってもらうこと。これが、こちらからの条件。
また、誠意を示すためにアレッシア元老院に作った内通者の一覧をマシディリ様にお渡しする準備もできております」
即ち、攻めどころ。
全員がその認識を持ったのは、マシディリだけではなくデオクシアもだったようだ。
「一覧だけではなく、確たる証拠も欲しいですね」
エリポス諸国家内で最も紛糾するであろう宗教会議には触れず、流す。
マシディリによる歩み寄りだ。デオクシアも、理解してくれたはずである。
アフロポリネイオが欲しいのは、エリポス諸国家内での宗教的地位。その権威を取り戻すこと。まるで、ドーリスやカナロイアが出席者を決め、アフロポリネイオの役割が失われたかのようになっている事態の打開。
そのために、デオクシアはアレッシアと言う強大な武力の宗教介入に首輪をかけているのだとしたいのだ。
あくまでもマシディリは、そう考えている。
「一覧だけあれば、マシディリ様は全員を失脚させられると思いますが。それに、一刻も早い和解が必要なのはマシディリ様でしょう。
トーハ族と最も近しいアレッシア人はカッサリア一門。信頼し呼び寄せた弟君が後継者となっている一門だと聞いております。今の当主は、多くのアレッシア人から恨みを買っているとも、内通者もその一味であるとも」
アフロポリネイオに流れた情報は公にされた情報同然である。
そんな事態になってしまえば、アフロポリネイオはアレッシアからだけではなく他の国からの信も失ってしまうのだ。それだけでは無く、アフロポリネイオ内部でも不利益を被る貴人がいるのだろう。
だから、呑めないことはマシディリも見越していた。
「確たる証拠を。それから、ドーリス人傭兵の処刑も願います」
「ならん!」
クスイア二世が吼えたが、マシディリは目も向けない。
「エリポス諸国家が、アフロポリネイオと言う宗教的な要地に対しての非礼をとやかく言ってくるのです。当然、責任は取らねばならないと、アレッシアの最高神祇官として助言いたしますが」
「傭兵は仕事をしたまで。もしも仲間の死に対して報復をと考えているのなら、お門違いだ。戦場に出れば死は仕方がない。そういうものだ。出したマシディリ様の責任だ。それとも、ドーリス人傭兵を恐れているのか?」
早口ですね、とフォマルハウトがカクラティスに言う。カクラティスは厳かに咳ばらいを行っていた。言われたクスイア二世は、目を向けないように必死になっているようにも見える。
「最高神祇官としての発言ですよ」
マシディリは、静かに言った。
でも、と下唇を右の人差し指と親指でいじるようにして体を少々前に出したのはフォマルハウト。
「ドーリスにとっては、良い提案ではありませんか?
今回の戦いでドーリス人傭兵の商品価値は暴落していますよ。でも、そこで直接ドーリス人傭兵と槍を交えたマシディリ様からこのような提案があると、脅威に感じていた、とできますし。カナロイアは旧き友にそんなことを要求はしませんし。
あっ。マシディリ様は、ドーリス人傭兵を恐れていますか?」
フォマルハウトの指が下りる。
相変わらず、ユリアンナが苦戦するのも良く分かる男だ。
「ええ。畏れておりますよ」
やさしく言えば、フォマルハウトが背筋を跳ねさせた。すぐに背中が丸まり、姿勢が少し低くなる。
「あ、マシディリ様は恐れていると言うしかありませんよね。失礼いたしました。少し黙って勉強しておきます」
完全に、クスイア二世の動きは封じられる。
処刑には反対だ、とこぼすのみ。それは、アフロポリネイオを助けようとはしないとも取れる言葉である。アフロポリネイオとしても、これをちらつかせ、ドーリスを歩み寄らせた上で再度の交渉に当たりたいだろう。こうなった以上、ドーリスも情報を漏らしながら時間をかけ、マシディリがドーリス人傭兵を恐れているとの風説を確立させた方が良い。
そして、マシディリはこの三か国と対等にやり合い続けていると言う実績があれば、以後の半島の内外を問わずにマシディリと言う外交官の価値を高められる。
二勢力が時間をかけた講和を望んでいる。一つは時間をかけた策を裏で展開させたい。もう一つは、態度不明。
無論、こんな会議がすぐにまとまるはずは無かった。




