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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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終結交渉 Ⅱ

 何のことは無い。

 軽めのご挨拶だ。


 アグニッシモやフィロラードがどのような反応を示すかも見て見たかったが、切り替えよう。この場に二人が居ることによる不利益をこそ、マシディリは重く見たのだから。


「頂いた黄金は既にアビィティロに渡し、アビィティロも兵に配り終えてしまったようです。僅かな欠片になってしまいましたので、兵から返してもらうのも狭量な行いではありますが。まあ、今さらエリポスに対して不義を重ねたところで、とも言えますかね。

 また、秋にお会いいたしましょう」


 ちりん、と鈴を鳴らす。

 奴隷が互いに顔を見合わせながら、いつもより小さな歩幅で、いつもよりぎこちなく近づいてきた。デオクシアの表情に変化はない。真っすぐにマシディリを見てきている。


「不確定な戦役の拡大こそ、マシディリ様が避けたいことなのでは?」

「冗談ですよ」


 笑みを作りデオクシアに視線を送りながら、マシディリは奴隷に手のひらを向けた。そのまま下がるようにとも手で伝える。


「グライオ様がフラシ・ハフモニ両国の不穏分子を整理し終え、プラントゥム南端も制圧いたしました。余勢をかって攻め込むのではなく防衛線の構築に入るのも流石と言えるでしょう。間違いなく、今年最大の功績を挙げた方になりますね。


 それでなくともアビィティロの人気が高まっていると言う背景もありますし。私を二度追い返したアフロポリネイオに対し、六分の一の兵力で講和まで引きずり出したのですからね。


 遊牧騎馬民族に勝ったのは、もっと高く評価されても良いはずなのですが、困ったことに私はそんな風には見られていないのですよ。簡単に勝ったように見えるからこそ、誰も賞賛してくれない。評価もしない。堅実な勝利よりも劇的な勝利こそを話として望んでいる。


 困ったものです。

 同じ遊牧騎馬民族であるフラシでも、私の影響力は落ちているそうですから。サッレーネ様に対して「父上を殺されたのに何故アレッシアに従ったままなのか」と言うばかりか、反抗的な態度をとる者も多いそうです。シェリアーヌ様は正当なフラシの姫君であり、サッレーネ様との婚姻は有効だと言うのに。本当にボルタルタン様が浮かばれない。これでは良い時に死んだとなってしまうではありませんか」


 サッレーネの父ボルタルタンはフラシ遠征の最初期にエスピラが潰したフラシの有力者だ。

 その時も、グライオは活躍している。


「同じ遊牧騎馬民族でこうなのです。エリポスではもっと酷いことになっているとは思いませんか?」


 無論、何らかの手段で情報を手に入れられていない限り、立てこもっていたアフロポリネイオ人に外の情報が入ってくるはずが無い。

 表情は変えず、ただし塵の動き一つ見逃さないようにデオクシアを見ながら、マシディリは嘆息した。


「ただ、私にとってもエリポスにとっても不幸なことが一致しているのは、最悪の中の幸いでしょうか」

「不幸の一致、とは?」


 デオクシアの手は、顔を一切隠す様子が無い。指の動きも隠す素振りも見せていなかった。


「トーハ族がもう戦えないことですよ。

 エリポスからしてみれば、強力な援軍はもう来ない。

 アレッシアに残る野心家からすれば、安全に兵を繰り出せる。しかも、私よりも大きな印象を残せる功が立て放題です。

 本当に、戦役の拡大は嫌ですね」


 お互いに。

 微塵もそうは思っていなさそうな笑みで、マシディリは労うように言った。


「トーハ族が戦えないとは限らないのでは?」


「戦えませんよ。アレッシアの名も必要だからこそ、彼らはトガを持ち帰ったのです。


 お忘れですか?

 トーハ族は、直近で二回も頭目を変えているのですよ? 正統性があっても問題が起きるのに、脆弱ともなれば一つの失敗でどうなるか。


 もう南下はできません」


「ですが、マシディリ様も戦役の拡大を防ぐためにアフロポリネイオを即座に攻めることは出来ないのではありませんか?」


 やり取りで分かったことがいくつかある。


 一つは、デオクシアは情報が足りていないことだ。籠城戦にあったのだから仕方がないことであり、故に非常に早い行動は彼の決断と思考回路が現れている。


 それから、アフロポリネイオとデオクシアの意思も違うようだ。デオクシアはアフロポリネイオの使者ではあるが、彼の言葉がアフロポリネイオの言葉では無い。では、逆はどうか。アフロポリネイオでデオクシアの行動を縛ることは可能なのか。


 恐らくにはなるが、それこそ沼地を歩かせる、程度の制限になるのだろう。


「マフソレイオからの手厚い支援を受けていますから。ご心配なく」

 アフロポリネイオの盟友の名を、ちらりと出してみる。


「知っております。ズィミナソフィア陛下は、アフロポリネイオからの要望に応えてはくれませんでしたから。

 

私が言っているのは、不義理を犯せないと言う話です。


 アフロポリネイオは、アビィティロ様監視下の中を承知で使者を出しました。道を教えたも同然です。守兵がほとんどいないのも既にお分かりだと思います。

 この覚悟を無視し、道を使って攻めてくればそれこそ卑怯の誹りは免れません。負け犬の遠吠えであっても、二度も卑怯すれすれな手を使うことがどれほど名声を落とすか。分からないはずが無いと思っております」


「それを、想定が甘いと言うのです。その言を通したいのなら、貴方がひれ伏し、和を乞うて初めて通るとは思いませんか?」


「エリポス諸都市はそうは思わない」


 デオクシアが人差し指を立て、マシディリの方へ少し倒した。

 マシディリも、でしょうね、とは思う。アレッシア人の語る事実よりもエリポス人の虚言こそを真実とされるのだ。


「エスピラ様は晩年、言葉狩りのような卑怯な手を使い、結果として多くの争乱を生んでしまったのではありませんか?」


(良く知っていますね)

 あるいは、これも推測か。

 いずれにせよ、マシディリの次の言葉は決まっている。


「貴方一人くれば、アフロポリネイオからはもう何もいりません。アレッシアに、私の元に来てはいただけませんか?」


 デオクシアは、優秀な人材。

 そして。


「私がアフロポリネイオに対して出がらしとなれば、喜んで伺いましょう」


 やはり、祖国に篤い忠誠心があるのも、マシディリが欲する人材の特徴の一つである。

 バーキリキ・テラン然り、クルカル・メフタフ然り。


「ただの小市民にしてみれば、故国が何もせずとも救われる。悲しいですが、どれだけ優秀な人材でも裏方に近ければそのような者です。そう考えると、今が最大の売り時では?」


「いいえ。アフロポリネイオが何もせずとも講和が成ったと思わせるために私が来ているのです」


 デオクシアが自身の衣服の中央を両手で掴んだ。

 アルビタが少し前に出る。アビィティロもマシディリの方へ半歩踏み出してきた。


 彼らに目が行きながらも、デオクシアが衣服を思いっきり引っ張る。破れはしない。ただ、金色の大きな首飾りが目に入った。


「来年、ドーリス人傭兵に払うことになる財の一つです」


 恐らく、この場にいるアレッシア人全員が首飾りを見てしまった。

 その瞬間に、デオクシアが言う。


「戦争が終わるのなら、ドーリスに払う予定だったこれらの財をそのままアレッシアにお支払いいたしましょう」


 本当にそっくりそのまま来るとは限らない。いや、削るのが普通だ。分割払いにして後から払わないのも良く使われる手。


「目録になります」


 デオクシアが言う。

 ただ一人ついてきていた男が、粘土板を手に前に出て来た。


「スティティモニスを交渉場所に設定したのは、此処であればすぐに支払いを始められるから。それ以外に理由はございません」


 アルビタが受け取った粘土板を横目に、マシディリは口を開いた。


「私達が攻め取るとは考えなかったのですか?」

「この粘土板を出してしまえば、マシディリ・ウェラテヌスはそれが出来なくなる」

「とんだ信頼ですね」

「腹を割って話しましょう」


 言って、デオクシアが首飾りを外した。

 大柄な飾りは、デオクシアの傍仕えの男に渡り、アルビタの手にやってくる。


「戦いが完全に制御下になることはございません。ましてやアフロポリネイオが制御することなど不可能。ただし、それはマシディリ様とて同じこと。

 トーハ族が撃退された今こそ、戦争の止め時ではありませんか?」


 大きな首飾りは、最後にマシディリの手にやって来た。


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