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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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育てたい血縁者

「兄上。どうせドーリスの野郎ものらりくらりと逃げるだけです。なら、今、他の都市を攻めるついでにドーリス傭兵を呼び寄せて、一人でも多く殺してやりましょう!」


 アグニッシモが吼える。

 マシディリも考えていたことのある策だ。その際に、モニコースをどうするか、モニコースがどう動くかによっても大きく変わってくる策でもある。


 いや、それよりもアグニッシモにとってはチアーラの方が問題だろうか。愛息であるコウルスを守るためなら、誰よりも攻撃的になるだろう。モニコースを守るためにウェラテヌスの不利益になる行動をするとは思えないが、コウルスのためならするのが、父母の血だ。


「エリポス諸都市が蓄えた物資を、言い訳通り私達に全てくれれば良いけど、そうはならないからね。誰もが憤るとは思っているよ」


「なら」

「では」

 二人の声が重なる。


 対して、マシディリは右手の指を広げ、二人に見せた。二人の口が止まる。それを確認し、一拍置いてから腕を動かした。横にやるのと同時に、指も閉じる。


「私からも聞いてもいいかな、二人とも。

 敵は今後も増える可能性があるのに、味方が増えるのは今を置いて他にないと思うのだけど、どうかな」


 眉間に皺が出来たのはフィロラード。

 アグニッシモは、もにょり、と口を動かした後に、歯をむき出しにするように口を開けた。


「そんなの、兄上が反乱者を叩き潰せば幾らでも増えますよ!」


(兄上が)

 その言葉にも引っかかりは覚えるが、此処は修正しない方が良いだろう。マシディリはそう判断した。一気に直りきるモノでも無いのなら、優先順位は低い、と。


「そうだね。一つ一つはそこまで大きな脅威では無いよ。でも、エリポス全土と戦う余裕が、今の私達にあるかい?」

「最初に少し落とせば、後は勝手に門を開けてきます!」


「ドーリスが未だに力があるのなら、その分断で必要になった多くの輜重部隊を襲撃し、アレッシアに勝ったことにするよ。でも、今なら違う。今ならドーリス人傭兵に力が無いとも広めることもできる。


 何せ、彼らは私を完全に嵌め数の優位を作りながらも作戦が失敗に終わったわけだからね。

 アレッシアを一時的にしのぐことは出来ても、勝つことは出来ない。トーハ族の敗戦が何よりの根拠さ。


 アフロポリネイオが勝つには、最終的にトーハ族がアレッシア軍を撃破するしか無かった。でも、アレッシア軍にトーハ族を撃破するだけの力を温存させてしまったまま、勝利に浮かれている。浮かれた報告はエリポス全土に届けられているからね。


 見る目の無い、自分達だけが勝てば良いアフロポリネイオと、小さな勝利で満足したドーリス人傭兵。アレッシアに矛先を向けられた者達が急遽頼り、その場しのぎをするには持ってこいではあるけど、勝ち切るにはドーリス人傭兵だけでは厳しいのが現実。


 無理な平定作戦を講じなくとも、この二つの都市の影響力を大きく落とせるのなら、私はそちらを取りたいかな。

 未だにプラントゥムにはスィーパスがいて、昨年の冬営でフロン・ティリドの諸部族とも接敵してしまったからね」


 ぐぬり、とアグニッシモの口がへの字を描く。


「目的は占領だよ。鎮圧じゃない。武力で従わせて余計な反意を抱かれるよりは、許し、時間をかけてでも取り込む方が得策さ」


 これだけでは理解をしても納得まではしてくれないだろう。

 だから、マシディリは一つ、アグニッシモの好きそうな言葉を選んだ。


「エリポスはもう独立国家じゃない。アレッシアが占領し、治めるべき土地さ」

 父上からの積み上げだね、とやさしく、最後の一押しも加える。


 アグニッシモの口の堅さがとれた。顔はやや下に向いているが、つま先は開いており、二度、頷いている。


 納得がいっていない様子なのは、フィロラード。正確には、納得はしているが、と言ったところか。先の戦いに関しては、駄馬の解放は勝敗を決する事柄の一つであり、マシディリも他の高官も褒めてはいるのだが、武勇による功が欲しいのだろう。

 シニストラから被庇護者も預かり、優秀な戦力を揃えてもらったのだからなおさらか。


「戦線を拡大させれば、それだけ交渉者も増えるしね。それぞれの理想も異なるよ。

 でも、これ以上武威を見せることに大きな意味はないかな。父上がディラドグマやレステンシアに対して行ったことを見ていたと言うのに、今回のことがあったわけだからね。


 でも、父上がディラドグマとレステンシアを地図から消して、メガロバシラスを屈服させたからこそ、三都市との交渉が出来る。口うるささは健在だろうけど、他のエリポス諸都市もメガロバシラスとの講和の時ほど口は挟めないよ。それだけの権威は三都市にあるさ。


 だから、利用させてもらう。

 長いことアレッシアを空けていて良いことは無いからね。そもそもが予定外の出征だし」


 即ち、予定内の出征もある。そう嗅ぎ取ってもらえれば幸いだ。


(一応、覚えておかないとですね)

 ただし、マシディリは作業に戻ると見せかけて手元に書き留めた。フィロラードに武功を挙げる機会を、と。


 シニストラの武名を聞きながら育てば、自分も、と思うのは自然な感情である。

 その実、シニストラは戦場での武功は少なく、ただエスピラにとっては最も信頼される剣であった。マシディリも自然とフィロラードに近いことを求めてしまっていたのかもしれない。


 シニストラがそうだからと言って、フィロラードも心から是としているとは限らないのに。


「しばらくのところは、軽装騎兵に小競り合いを任せるよ」

「はいっ!」


 アグニッシモがしっかりと顔を上げる。

 くすり、と笑い、マシディリは二人に一部のエリポス諸都市からの手紙と応策を語り始めた。


 クイリッタもスペランツァもいない。アビィティロ、グロブス、マンティンディは別場所にいる。そうなれば、マシディリの代理として飛び回っても受け入れられそうなのは血縁者である二人なのだ。


 否。

 もう一人。


「マシディリ様。トーハ族との交渉に推薦したい人がおります」


 コクウィウム・ディアクロス。

 マシディリの従兄。故にはっきりと上下関係を付けた男も従軍している。


 後ろにいるティツィアーノもマシディリの義兄だが、アスピデアウスの色が強く、独自として見られてもいる以上、代理としては不適だ。


「交渉に?」

 手を置き、少しだけ目の温度を下げる。


「はい。ルベルクスとサッピトルムを推薦いたします。二人とも、トーハ族が根拠地に帰ってしまえば勝つのは易くなく、攻め切るのは難いと理解しております。


 今日までの戦果だけではなく、敵が帰るための船を無くした意味も、食糧貯蔵庫の守りを固めた意味も、追撃速度を落とし、攻撃はイパリオンに任せている意味も敵を疲弊させつつ窮地による底力を避けるためだとも我ら兄弟で確認を済ませております。


 必ずや、ご期待に沿える接触を果たせると、奏上させていただきます」


 ルベルクスはコクウィウムの異母弟だ。年齢はマシディリの一つ上。コクウィウムによるセルクラウス邸避難の際には真っ先に確保しているのも知っている。


 即ち、コクウィウムの対抗馬になり得る弟である、と。セルクラウスとの関係を重視するため、表に出ることは少なかったが十分な資質はあるのだろう。


 サッピトルムはコクウィウムの同母弟。マシディリからも四つ下、チアーラと同い年。

 功績と言う点では、そろそろ欲しい年ごろか。


「分かりました。条件の方は二人を呼び出してからも伝えますが、一点だけ。

 トーハ族が自腹を切り、プラントゥムに兵力を派遣し続ける。

 これだけは絶対に譲れない条件です。彼らが負担しない限り、平和は無いと良く知っておいてください」

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