表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
1430/1590

副官に必要な才

 アビィティロからの緊急連絡は、必ずと言って良いほどに今後の戦略に影響を与えるものだ。

 故に、そのまま敵船を破壊しに行ったクーシフォスを除く高官をすぐに集める。トーハ族追撃中のイパリオンからも、頭目プリッタタヴの弟ナジバが送られてきた。


「遅くなりました」

 ナジバが松明に照らされながら、天幕を開けた。


「馬の維持は人の十倍とも言いますから。存分に戦利品をお持ち帰りください」


 朗らかに言って、マシディリは空いている場所を手のひらで示す。ただし、右手側最前列では無い。そこは、空位(アビィティロ)だ。その隣にアグニッシモがいて、第三軍団の高官が続いている。


 示したのは、左から二番目。ティツィアーノの隣。それでも、かなりの厚遇と言える位置だ。代理であるのならなおさら。


 肌寒い季節は終わりを告げているが、夜であれば暑くはならない季節は続いている。その中でも、天幕の中は温度が高く感じられた。汗の臭いが、それを助長しているのかもしれない。外でも終わらぬ兵の蠢きも一因か。


「戦果も気になりますが、先に、報告を聞きましょうか」


「はっ」

 と、伝令が硬い表情で声を張る。


 ウェラテヌス、アスピデアウス、タルキウス。今のアレッシアの政情で大きな力を持つ三家門の者がいて、若いながらもほぼ実力でのし上がった高官が左右にいならんでいるのだ。


 圧迫感は、確実にある。

 マシディリが彼らに圧を感じたことが無いのは、エスピラ・ウェラテヌスの息子と言う環境が最初からあったから。


「アビィティロ様が、アフロポリネイオの二つの砦を落としました」


 目を大きくし、左右に動かして顔を見合ったのはどちらかと言えば第三軍団の面々。

 アフロポリネイオでの戦いを経験していない第四軍団は、基本的に眉を寄せるか第三軍団の高官を見るかである。


「また、その内の一つを使い、ドーリス傭兵部隊を嵌め、二百人の捕虜を得ております」


 そのざわめきの中で、伝令が声を大きくした。


「今は改造した砦に依り、防備を固めつつ防衛線を構築している最中。アフロポリネイオへの増援は不要、とのことでした」


 伝令の顔から硬さが消えた。

 今は誇らしさが浮かんできている。


「アフロポリネイオへは先に一万の精兵で攻めていたはず。その際、今回落としたと言う砦攻めすら成功していなかったのでは?」


「あ?」

 棘のある言い方は、ミラブルムのモノ。

 アグニッシモの牙による返しは、第三軍団の高官の誰しもがどこかに抱いた怒りの感情そのものだ。


「アグニッシモ」


 予想出来た反応だ。

 止めなかったのは、他の者の息抜きに使いたかったから。故に声では諫めつつも、アグニッシモ自身は後程マシディリの天幕に呼ぶ予定である。


 それに、ミラブルムの発言も若さによるモノ。評価を下げることはあれども責める気は無い。


 尤も、言うほどマシディリと年齢差がある訳でも無いが。



「そのことにつきまして、アビィティロ様はマシディリ様のおかげであると仰せでした」

 伝令が再び声を漲らせる。


 此処からだ。

 此処からがあるからこそ、マシディリはフィロラードの提案に乗り、全高官を集めたのである。


「マシディリ様が何か策でも?」

 ティツィアーノが言う。


「私は何も指示を出していませんよ」

 マシディリは、即座にやわらかく否定した。

 目で、伝令に続きをと訴える。伝令の胸が少し膨らんだ。肩も後ろに開く。



「窮地にいる敵は強く、窮地を脱した敵は弱い。前者は窮地を乗り越えようと結束し、死に物狂いでかかってくるからであり、後者は自分勝手な手段でも自身だけは助かる道が見えてしまうからでもあります。


 アフロポリネイオが第三軍団全軍に囲まれていた時は窮地となります。湿地で逃げ場はなく、敵はあのマシディリ・ウェラテヌス。第三軍団も東方遠征で抜群の結束を誇り、昨年はマルテレス・オピーマも大いに打ち破っております。


 しかし、アフロポリネイオは二度も勝ち、撤退させることに成功してしまいました。

 目の前から大きな脅威が去って行ったのです。依然アフロポリネイオは沼地に取り残されており、経験豊富なドーリス人傭兵との連携に不安が残っているにも関わらず、気が緩んでしまったのです。


 いわば、窮地にある敵が安全地帯に居ると勘違いして油断を見せて来たからこそ、勝てた。


 アビィティロ様は原則に従ったまで。全ては、マシディリ様をはじめとする第三軍団の圧迫、名誉名声があったからこその成果。


 アビィティロ様はそう仰せでした。

 決して勘違いすることの無いように、と。勘違いしてしまえば、その瞬間我らは不忠の軍団となるのだと、厳しく仰せになっております」



 流石はアビィティロである。

 ただのお世辞では無い。戦功に差が出かねない第三軍団のすれ違いを埋めるための言葉であり、第三軍団の高官に自信を戻すための言葉だ。


 無論、アビィティロはトーハ族との決戦前に届くことを想定していたのだろうが。


 でも、今届いても問題はない。



「レグラーレ。二つの勝報をエリポス全土に広めてください。


 ナジバ様。これよりアレッシアは交渉による勝利へと舵を切ります。追撃はご自由に行って構いませんが、援軍は期待しないでください。最大の利益を得たところで止まってくれると助かります。


 マンティンディはイペロス・タラッティアに入り、北方へと抜ける情報の封鎖を。

 グロブスはビュザノンテンに先回りして防備を固めてください」



 二万を超えるアレッシア軍団に加え、八千のイパリオン騎兵と二千のラクダ騎兵。彼らを養うのは、当然、エリポスで簒奪する物資では不可能だ。


 彼らのための軍事物資を先んじてエリポス内部に、しかも進軍上で補充できるよう正確に貯めて置けるかと言うと、答えは否である。


 ならばどうするか。


 答えは簡単。前線基地に一気に貯める。そこから時間はかかるが輸送を行い、輸送する時間は持ち運ぶかあるいは略奪で賄うのだ。


 その貯蔵拠点が、エスピラが改造し、地勢を見て鉄壁にし過ぎるのを避けていたビュザノンテンや東方諸部族とエリポスの地峡にあるイペロス・タラッティア。エリポスの橋頭保となった西岸のディティキ、トラペザ、アントン。


 そして、半島南部にある半島第一の経済都市ディファ・マルティーマである。


 当然、そこに貯蔵されることは誰もが予想できることだ。エリポス諸都市からの協力が得られにくく成れば、トーハ族も狙うしかない。大軍を維持するには、彼らは莫大な物資を求めながら移動を続けるしか無いのだ。


 そして、それの主要街道や拠点はそうそう変わるモノでは無い。騎兵だからと言って、突飛な場所に集団が現れることはほぼ無く、あっても焦らずに対処可能である。


「明日の昼から私達も追撃に移ります。今日は、勝利の余韻を噛みしめ、ゆっくりと休んでください」


 他の部隊にも簡易的な指示を飛ばし、マシディリは会議を閉めた。

 ナジバは夜の内に出発する。マシディリは、プリッタタヴへの手紙と把握している戦功、持てるだけの綺麗な水を渡した。


 宣言通りの行軍も、宣言通り翌の昼から開始する。

 敵は逃げる。トーハ族に付き従うエリポス人も減っていった。入れ替わるかのように、マシディリの下へと届く手紙や使者は、どんどん増える。


「見え透いた嘘です」


 今も、一国の使者が下がっていくなり、む、とフィロラードが唇を尖らせた。頬も膨らんでいる。隣に控えているアグニッシモも目が吊り上がりそうだ。


「マシディリ様は絶対と言う者は詐欺師だと言いますが、これに関しては言わせていただきます。彼奴らは、絶対にアレッシアと戦うつもりで物資を集めていました。アフロポリネイオにはわざと負けただけと言う噂が流れているのも、十分な証拠になると思います!」


 ふしゅう、と言う効果音がつけられそうなほどにフィロラードの息が上がる。

 冬であれば、白い息どころか湯気が体から見えそうだ。


「まあ、だろうねえ」


 そんなことを考えながらも、マシディリは努めてゆるく答えた。

 フィロラードが地団駄を踏みたそうに太ももを強張らせる。


「見え見えの嘘で、許しを乞うてきているのですよ。これはマシディリ様を舐めているから出来ることです!」


「そうかもね」

「ぶっ潰してやる!」


 マシディリとふんわりとした声とアグニッシモの声が重なった。

 フィロラードの黒目が大きくなりながらアグニッシモに向き、それから頷いている。


(どうしようかな)


 迷っているのは、今後の起用。来年度以降に行う予定のフロン・ティリド遠征の組閣について。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ