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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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対トーハ族エリポス決戦 Ⅱ

 焦り、と言うのは常にない判断を引き起こす。

 この点で言えば、マシディリに相当な利があった。


 まず、アビィティロ。少数の兵にも関わらず、毎日『無事』と言う手紙が届き続けている。やり過ぎとは思うものの、必ず夜が明けるかどうかの時間に届くのだから、焦りようも無かった。どこかに人を伏せ、送り続けているだけでは無いかとも思うが、それならそれで気にする方が失礼である。


 次に、敵。

 軽装騎兵だけでやってくるなど、想定外も良いとこだろう。高速機動に警戒はしていても、先の一撃は完全に隙を突いた攻撃であり、情報を与えることなく勝った戦いである。


 即ち、後から情報がやってきていた。アレッシア軍が圧倒的少数であったことも、兵種が少なかったことも、どっしりと構えていれば勝てたことも。


 本当は勝てた、と言う現実が、此処までの行軍で焦らなかった男を焦らせる。

 歴の浅い族長に、周囲を繋ぎ止めておくために立派な成果を焦らせる。


 マシディリにも良く分かることだ。

 あちらはマシディリより頭になってからが長い。だが、マシディリと違って元から後継になる予定では無く、前任者の失脚によって手にした地位。


 前任者の末路を知ればこそ、マシディリ以上に感情は揺れ動くはずだ。自分が取って代わったのなら、なおのこと。あるいは、もっとと望んでいたことを自分がされるかも、と。


「両翼、突撃」


 光が打ち上がる。


 中央に立っているのは、煙だ。葦の毒玉。風向きは左翼前方に流れていくもの。

 即ち、右翼配備のイパリオン騎兵には何も支障が無い。ラクダ騎兵の臭いも敵に届いていく。無論、左翼のラクダ騎兵は煙の所為で思い切った突撃ができないが、そのためのラクダの臭い玉だ。相手の馬に確かに存在を感じさせれば、問題ない。


 そして、煙玉の後ろ、敵から視認しづらい中央ではクーシフォスが積極的に馬を動かし、影と音を敵に見せる。


「おぜん立ては整っているよ、プリッタタヴ」


 他の戦線を硬直させた上での真っ向勝負。

 敵も、後方に到着する可能性のあるティツィアーノの警戒で簡単に増援を送ることは出来ない。つまり、突破すれば一気に敵中央まで攻めることも可能な戦いだ。


 何よりも、この戦い唯一の力と力の争いである。


 頭目自ら率いるイパリオンの主力部隊。その部隊が思いっきり戦場を使えるように、軍団はやや北、山寄りに布陣している。圧迫された左翼にいるのはラクダ騎兵とアレッシア式重装騎兵。敵から見れば、突破を防ぎつつ機動力を補う構えにも見えただろう。


 敵の構えも似た考え。重装騎兵の多くは敵右翼におり、敵左翼には軽装騎兵が多く居る。


 そして、その戦いは互角であった。


 互いに弓を携えた軽装騎兵。されど、トーハ族は弓だけに非ず。数多くの武器を扱い、武勇に優れている有力氏族が『カラブリア』を受け継ぎ、当主となっていく。対してイパリオン騎兵はより弓に重きを置いている騎兵だ。


 接近戦になれば、少々の不利が生じる。

 されど、弓に重きを置くことを決断した氏族だ。

 誘い込み、逃げ射ち、通り魔のような横からの一射。


 両騎馬民族による人馬一体の攻防は、一種の芸術でもあった。自分の体の延長線上に馬を置き、誰もが馬をわざわざ確認せず、激しく揺れ動く中でしっかりと体幹を保っている。


 血と汗が飛び、土埃が舞い、沈めるかの如く数人が落馬していった。

 踏まれてしまえば助かるまい。しかし、馬も無事で済むかは分からない。


 個人武勇で押していく傾向の強いトーハ族と、どこかで押されればすぐに周囲を埋めて集団戦に持ち込むイパリオン騎兵。


 アレッシア人が好ましいと感じるのは、イパリオンの戦い方。

 乱れる戦列も、敵。


 アレッシアにとってイパリオン騎兵は傭兵だ。殺し合った仲であり、戦友であり、他部族である。


 故に、戦局に対して冷静でいられた。

 対してトーハ族には迷いがある。イパリオンの突破を許してしまうのか、守るのか、それともアレッシア本隊を攻め切るのか。


「ラクダ騎兵に伝令。

 遊びの時間は此処までです。両陛下に、崇高なる神の勝利を捧げてください」


 両陛下、とは、言うまでも無くイェステスとズィミナソフィア四世のことだ。

 ついでに、香袋を持たせ、ラクダ騎兵の指揮官に届けてもらう。ズィミナソフィア四世から貰った袋だ。王家が愛用する香りであり、将校の士気を高める効果は絶大だと、父から聞いている。


 鬨の声が上がった。

 左翼で先陣を行くのは、ウルティムス率いる重装騎兵。破壊力はアレッシア最大の兵種だ。


 備える敵も、重装騎兵。重装歩兵の計算が立たない以上、トーハ族の中では防御力が最大だろう。


 重装騎兵になるための馬には、特別な訓練が必要だ。軽装騎兵の馬とは負担額もまた違う。トーハ族に自前で武具を用意する風習があるのなら、重装騎兵に成れる人間もある程度裕福な者でないといけない。裕福な者ですら、消耗を嫌うだけの時間と財と愛情が馬を含む重装騎兵装備一式にある。見栄を張る者ならなおさらだ。


 故に、ラクダに慣れていることはほぼあり得ない。


 ウルティムス率いる重装騎兵を、ラクダ騎兵が追い抜いた。


 ラクダは、速いのだ。

 のんびりとした見た目とは違い、条件によっては馬より速く駆けることができる。


 広々とは使えない位置への布陣。慎重な攻撃。重装騎兵の傍にいる兵種であり、補助となる軽装騎兵もほとんどいない。


 全員では無いはずだ。

 それでも、油断した者も多いはずである。


 そこに、ラクダ騎兵による突撃が決まった。生来が臆病な生き物である馬は、訓練されていても未知の生物には動揺が広がる。一頭一頭は違っても、全軍が訓練されている可能性は限りなく低いのだ。事実、敵戦列に乱れが生じている。戦列の乱れは、そのまま全軍の防御力の低下に繋がる。大幅な低下だ。


 そんな砕けた盾に、最強の破城鎚、アレッシア式重装騎兵が突っ込んだ。


「フィロラードに合図を。駄馬を放て、と」


 買いあさった駄馬は、結局行動を共にしていない。

 今は、ティツィアーノに合流するため、そしてティツィアーノをなだめるためにと言う見かけで駄馬を輸送している最中であった。


 父も、ディファ・マルティーマ防衛戦に於いてフラシ騎兵に駄馬を奪わせると言う策を使っている。知っている者がいれば襲わず、そもそも駄馬を奪ったところでトーハ族的には価値観の薄い馬だ。ただでさえ多ければ養っていくこともままならず、エリポス人もその話が耳に入れば拒絶する。


 故に、作戦位置まで自然と移動することができていた。


 敵、後方。

 かく乱するためだけの馬。


 追い立て、ラクダの臭いによってさらに暴れるだけの馬であり、トーハ族に合流しているエリポス人から見ればトーハ族が持っていた馬かどうかなど、瞬時には判別できない。


 故に、トーハ族内に混乱が広がっているとも思えてくる。


「踏ん張る、と言う意味では、騎兵集団の中にいる歩兵は邪魔ですからね」


 道にごろごろと転がるこぶし大の石のような邪魔さ加減だ。

 故に、取り除けるのなら取り除きたい。

 馬を使うなら、特に。


「クーシフォス、ルカンダニエ、アピスは突撃を」


 機を逃さぬように軽装騎兵を。

 軽装騎兵が維持するであろう敵の混乱を、アレッシア御自慢の重装歩兵で踏み潰す。


 その間に、マシディリは堂々と前列まで出て行った。

 緋色のペリースを風に遊ばせ、悠々と位置を知らせる。


 敵に。


 味方に。


 天に。


 当然、マシディリの前方にはスコルピオの射線が通っている。

 しかし、残念ながら敵の決死の突撃は無かった。代わりに、敵左翼後方から青い光が上がる。


 ティツィアーノと再編第四軍団の到着だ。

 自分の馬の混乱と、自軍内で乗り手のいない馬が暴れていると言う言葉だけの情報。片翼包囲になりつつある陣形。


 脱走兵が現れるのは、早かった。


 それがエリポス人であろうとも、逃げる人影で正確に判断することは難しい。焦っているのならなおさら。命の危険なら、さらに。


「アグニッシモ。決めておいで」

「待ってました!」


 そして、立ち昇る赤い光。

 マルテレスの得意な行動であり、その下にいるのはマルテレスより紅い一団。アレッシア史上最強とも言える騎兵。


「神よ。神々よ! 悪逆と暴力とあらん限りの幸運を我に授けたまえ!」


 アグニッシモを先頭に、紅き軍団が猛り狂う龍のように喰らい出す。


 今の頭目への忠誠心に難がある者、前までアレッシアに通じていた者、前の頭目と親しかった者も逃げ出した。


 どこかで崩壊が始まれば、大軍ほどあっけなく瓦解する。恐怖は伝播するものなのだ。しかも、人だけではなく馬にも。


「あれが本隊ですかね」


 一番纏まって撤退していく部隊を見ながら、呟く。

 追撃にはイパリオン騎兵が動いた。最も損害を被る可能性が高いが、最も戦功も高くなり、勇猛だと証明できる攻撃である。


「作戦通り。アレッシアは、アレッシアの戦果を最大化できるように動きましょうか」


 戦場では、紅い龍が切り裂きまろび出た臓物を鉄騎が丹念に潰し始めている。



「アビィティロ様より伝令です!」

 息も絶え絶えな汗だくの兵が人をやや強引にかき分け前に出てきたのは、そんな時であった。


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