対トーハ族エリポス決戦 Ⅰ
決戦の地が定まるのは、至極当然のことである。
北方、メガロバシラスに至る入り口にはティツィアーノと再編第四軍団が待ち構えているのだ。その昔、イフェメラが船の無い状態で海を渡ると言う奇襲を敢行したことで落ちはしたが、それまではアリオバルザネスが鉄壁を誇っていた防御線である。
その南側は、マシディリが奇襲を行った地だ。
海上沿いにはビュザノンテンより水軍を出し、補給路を脅かしている。
海から離れた地で生きる遊牧騎馬民族であるトーハ族に海戦の知見は無い。上陸だけならともかく、打ち払うのは厳しいのだ。数で押したとして、本来の力を全く発揮できない勿体ない使い方である。
加えて、カナロイアも積極的に『運輸』と言う形で支援をしてくれていた。支援先は、主にイペロス・タラッティアであり、東方諸部族とのかかわりを作るのが目的でもあるだろう。だが、トーハ族から見れば新たな水軍戦力が封鎖を開始したのと変わらない。カナロイアが独自の軍事行動を起こしたとの将来の災いになりかねない話も聞いているが、現状のマシディリ達にとっては追い風なのである。
そして、人と馬の数からして、略奪を繰り返してもトーハ族は留まり続けることもできず、元々ボホロスやアフロポリネイオからの食糧輸入に頼っている面も強かったエリポス諸都市ではトーハ族を養えないのだ。
移動は必然。
欲しいのは平原。
大軍の展開に適した地であり、移動も容易な地。分断されない道を使えば、どこに行きつくのか。
背に腹は代えられない。
トーハ族が第四軍団攻略に取り掛かるにも、その間に側面や背面を突きかねないマシディリを叩きのめさないと挟撃を受ける。
何。マシディリ・ウェラテヌスが遠征を成功させてきたのはエスピラ・ウェラテヌスが生きていた時だけ。軍事力的に下に見られることも多かったアフロポリネイオに負け、アビィティロもいない第三軍団であれば、勝機は存分にある。
そんな考えが、トーハ族にあるようだ。
その『アビィティロがいない』と言う情報が、マシディリが流させた情報だとも分からずに。
勘違いによる行軍を早めるための決定的な一手として、マシディリはディラドグマに置いていた兵力と合流してから、行軍速度を速める。
マシディリ側が勝機を得たから近づいたとみるか。
いや、なけなしの兵力をかき集めたから、と思うだろう。合流する前に、パライナとフィロラードには「なるべくぼろぼろの格好で来てくれ」と言ったのだから。
「マシディリ様の力を思い知らせてやる時が来ましたね」
ふんす、と握りこぶしを作ったのはフィロラードだ。
勢いに乗っている、と言えば、その通りだろう。それに、フィロラードの周りには父であるシニストラが手配した歴戦の被庇護者達もいるのだ。
数は少ないながらも、十二分に決定的な戦力としての働きが期待できる小隊である。
「気負い過ぎないようにね」
(力を思い知らせる、ですか)
『それは結構。これはかけっこ。追って追われて終わらない。これからも、代替わりの度に力を示すおつもりですか?』
ソリエンスの言葉を思い出す。
すぐに、アフロポリネイオの失態を取り返すためには力を見せつけなければならない、とマシディリの意地が反論してきた。
(何時まで)
突き詰めれば、敵が諦めるまで叩き潰しても終わる話だ。
あるいは、早めに屈服させ、時間をかけて支配体制を馴染ませるか。
では、そのための時間と戦争のための財源はどこから?
「優れた外交官、ですか」
ウェラテヌスの本分だったはずだ。
戦う前に陰謀を潰せなかった時点で、今はどうなのか。
「まだ実っていない策でもあるのですか?」
フィロラードが首をかしげる。
マシディリは、まず目を向けてから笑みを作り上げた。
「いえ。戦後のことを考えていただけですよ」
どう終わるかを考えるのも、大事なことだ。
エスピラが口にしているところにシニストラも何度も居合わせているのだから、父から子に伝わっていてもおかしくはない。
何より、嘘は何一つ吐いていないのである。
「最終確認と行きましょうか」
そうして、マシディリは伝令を放つ。
高官達は瞬く間に集まった。ただし、ティツィアーノをはじめとする第四軍団はまだこの地にはいない。まずは道を封鎖し、完全にトーハ族の動きを止め、会戦が始まったら戦場に移動する予定だ。
「最初の突撃はプリッタタヴに任せます。存分に、その勇と目を発揮してください」
「おうともさ」
八千のイパリオン騎兵は圧巻の一言に尽きる。
その実、敵軍の三分の一もいなくとも、迎え撃てるのは経験の積んだ兵だけだ。
「勝利後の追撃に関しては、東、海へはあまり行かないようにお願いします。あとは自由にしてもらって構いません」
「気が早いな、マシディリ」
プリッタタヴの歯が見えた。
言葉の割に、こちらも勝利を疑っていないのが良く分かる。
「クーシフォスは予備騎兵。こちらの攻撃が止まった時、劣勢になった場所、決定機ほどでは無くとも流れを掴むべき時に投入いたします。
追撃に関しては、一路港へ。トーハ族が乗ってきた船を悉く使え無くしてください。焼き払うのが最善ですが、奪われない保証があるのなら鹵獲しても構いません」
「尽力いたします」
「ウルティムスはマフソレイオのラクダ騎兵と共同で、左翼より攻撃を。ラクダ騎兵の速度と臭いで以て敵を崩し、重装騎兵で破壊を完遂します。アレッシア騎兵の精強さは、ウルティムスにかかっていますので、そのつもりで」
「身に余る光栄にございます」
「追撃に関しましては、状況に応じてになりますが、基本は戦場の残党処理を頼みます」
重装騎兵は騎兵の中では速度の出ない兵種だ。
この役回りは、必然である。
「アグニッシモ」
「はい!」
「どうするか分かるね?」
「決定機のみ突撃を敢行し、相手を敗走に至らしめると同時に味方に勝ちを伝える突撃にいたします!」
「頼むよ」
胸を強く叩き過ぎたのか、どん、と言う大きな音と共にアグニッシモがむせた。
グロブスやアピスなど表情を変えない者も居るが、マンティンディやプリッタタヴのように笑みを浮かべる者も居る。マシディリも、後者だ。
「追撃は西方へ。敵首脳部の港入りだけは避けるように」
「ばいっ!」
まだむせた後遺症が残っているようだ。
目には涙が溜まっており、声も鼻を通り過ぎている。
「重装歩兵は基本的に方陣を取ります。中にはスコルピオや投石具を。盾は鉄製。槍はメガロバシラスで使われている長槍を配ります。
移動はしなくて構いません。
代わりに、後退もしないように。
ただし、選抜してもらった足の速い方々には状況に応じて投擲を敢行してもらいます」
取り出したのは、三つの玉。
一つは、これまでも使って来た葦の煙玉だ。この煙を吸ってしまうと、咳き込んでしまい戦闘にならなくなる。
二つ目は臭い玉。今は成分を薄くしてあるが、本物はもっと臭い。鼻が曲がる臭いであり、しばらくは食事もできなくなるほどの臭いだ。成分は、ラクダの糞尿。敵の馬どころか、慣れたはずの味方の馬ですら危ういモノである。
三つ目は、木の実を主体にした新兵器。山火事に応じて弾ける仕組みを活かし、燃えると音が鳴る玉だ。前者二つに比べると実害に劣るが、相手の警戒を強めることも、逆になれさせて警戒を解いて他の玉をより強力に当てることにも役に立つ。
「敵は約束など軽く無視するトーハ族。
共闘もしたことがありますが、敵対も幾度となくしてきました。そして、戦うたびに戦場がアレッシアに近づいてきています。
最早言葉は不要。此処から一歩も通すことはなりません。
この一戦で叩き潰し、五十年の平和を手に入れます。
奴等にはアレッシアとの戦いは政争の道具にはならないと思い知らせ、未だにアレッシアを舐めているエリポス人には見切りをつける戦いといたしましょう。
性根は叩き直せません。
ならば、叩き砕くまで。
蜂起した方々は何かを勘違いしているようですが、アレッシアを守る者が変わることはあっても絶えることはありません。父上が認めさせた成果を、今度は私達で守り、次に繋いでいくだけ。父祖の成果を、父祖の栄光で終わらせてはならないのです!
アレッシアは、永劫に続く。
この胸に誇りがある限り。父祖を敬い、神々に祈り、この二本の足で歩む限り!
それを、しっかりと思い知らせてやりましょう。
私と、皆さんで!」
プリッタタヴなどもこの場に入るが、事前に了承は得ている。
故に、マシディリは大きく息を吸った。
「アレッシアに、栄光を!」
「祖国に、永遠の繁栄を!」
この遠征に於いて、初めての誓いの咆哮であった。




