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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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煮え湯を口につけ

 戦場に居ながらも仕置きは止まらない。


 まずは、駄馬を集めた際に、マシディリが窮地にある、駄馬ですら欲している、と勘違いして吹っ掛けて来た商人、割高な値段を提案してきた商人の締め出しだ。


「商人の癖に情報に疎く、情勢を見抜けていない。これは致命的な欠点に他なりません」


 これを、主軸に。


 野蛮人だと見下しての行為ならば、取引する理由はもう無い。

 頼る者がいないと見ての行動ならば、他の、東方諸部族でも商いをやっている者に主軸を移す。

 何も分からずにやっていたのなら、論外だ。


 そのような言葉の中に、確実に「舐められたから」であるな、と言う怒りを滲ませて。


 同時に、東方諸部族にとっても利になる話だ。

 どちらかと言えば彼らに近しい商人との取引が活発になるのである。それは、東方にもエリポスの財が流入してくることを意味し、その先にはアレッシアの支配圏である見果てぬ地の逸品も入ってくるのだ。


 無論、物と一緒に文化も流入はしてくる。

 そこの戦いも、既に始まってはいた。


 でも、今は味方。

 東方諸部族の国力を増すためにも、マシディリの提案には乗った方が良いのである。


 そして、一部エリポス商人の締め出しは、更なるエリポス諸都市の決起も促すだろう。


(そろそろ、やらねばなりませんね)


 グライオによるフラシ遠征の成功およびプラントゥム西端への攻撃開始の報を読みながら、マシディリは決意した。目の前では、炎が揺れている。処女神の巫女が神託を受けているのだ。彼らを守るのは、マシディリが信頼するマシディリと歳の近いウェラテヌスの被庇護者。


 巫女の雰囲気が、変わる。

 神託を受けた者特有の雰囲気だ。


「進むに易く、引くに難い。ひび割れた岩は、人の手で修復できるモノではなく、ならばいっそ砕き切った方が人の手に収まる物である」


 抑揚の少ない、洞窟に反射するかのような声。

 巫女の声を受け、とん、とマシディリは羊皮紙を置いた。


「神々は戦えと仰せだ。壊れかけのトーハ族を、徹底的に叩け、と」

「すぐに、全軍に発布いたします」


 言って、レグラーレが消える。


 アフロポリネイオに残してきたアビィティロの兵力は千六百だ。対して、アフロポリネイオの外にいる兵力は、ドーリス人傭兵が四千、アフロポリネイオ兵が千。推測の域であるが、アフロポリネイオ市街は兵力的にはほぼ空である。悪く言えば、沼地と言う天然の兵力がアビィティロの前に立ちふさがり、人力の流動的な戦力も圧倒的に多いのだ。


 戻る必要はある。

 戻すならば騎兵だ。

 だが、騎兵はトーハ族との戦いで必須の兵種。


 元より、神託がどうであれ決戦に踏み込むつもりではいた。その上で神託を得られたとなれば、まさしく神のお告げである。


 表情を引き締めると、マシディリは聖なる炎に背を向けた。


 出る前に近づいてくるのは、呼び戻したフィルム。父のエリポス遠征の時にマルハイマナとの交渉役になった実力を買い、当初の予定を変えてフロン・ティリド方面から引き抜いたのだ。


 そのフィルムが、マシディリ様、と厳かに口を開く。


「トーハ族は人の五倍の馬を連れてきていると聞きました。エリポス諸都市は全体量が少なくなってきてもなお食糧と武器の購入を続けているそうです。此処は、黙っていても枯れていくトーハ族よりも背後を固めた方がよろしいのではないでしょうか」


「それも、良い策だと思います」

 まずは肯定。


「ですが、トーハ族は遠路から来た直後。しかも、不慣れな船旅の後に圧倒的少数に打ち負かされて勢いが落ちています。対してエリポス諸都市は積極的に外に出るつもりは無く、引きこもるだけ。この段階になってドーリス人を呼び、戦い方を学んでいる都市もいる始末。


 とはいえ、街を落とすには時間がかかります。

 ならば、野戦しか選択肢の無いトーハ族を、弱っている今叩く方が良いと言うのが、私の方針です。


 アフロポリネイオでの敗戦を気にせず、私を信じてくださったことには本当に感謝していますが、申し訳ありません。私は、トーハ族との決戦に踏み切ろうと思います」


 エリポス諸都市を即座に落とせる。

 そのことが前提となっている作戦の提案と言うことは、『マシディリならば即座に落とせる』と疑っていない証拠なのだ。


(さて)


 本当に人の五倍の馬がいるのなら、到底一カ所に留り続けられることが出来る集団ではない。エリポス人としても、さっさと他所に押し付けたいだろう。だが、復興では無く自らの復権のみを追い求める者は、今の内にとトーハ族を動かそうとする。


 そうして、トーハ族が復権狙いの者と親しくなれば、溝が生まれるのだ。


 エスピラの死を契機にアレッシアの楔から逃れたいだけの者達にとって、狼藉者でもあるトーハ族は決して解放軍では無い。解放軍として迎え入れられた遠征軍ですら簡単に住民を敵に回してしまうことがあると言うのに、元から違えば抵抗は激しくなる。


 自然、アレッシアに情報を流すエリポス人も増えて来た。


 自ずと、怠慢を働いていた被庇護者の価値が下がっていく。慌てて働きだしたところで、周囲からの視線は冷たいモノ。マシディリも、皆の前では軽くあしらった。


 だが、後から密かに呼び出し、父よりの恩と働きの感謝を告げる。


 彼らに対する憤りは、当然マシディリの内にもあった。烈火の如き怒りだ。完全に舐めたが故の行動であり、時が経てばまた行いかねないとの不信感を抱かざるを得ない行動である。


 それでも、彼らの力は必要だ。

 父祖からの恩がある者も居る。父がいたからこそではあるが、ウェラテヌスに鞍替えしてくれた者も居るのだ。


 彼らへの処分がそのまま不寛容と言う批判に繋がり、愛人を持たないことも含めて大きな批判に発展する恐れがあるのなら、毬栗(いがぐり)でも呑み込んで腹の内に収めた方が得だと判断したのである。



「トーハ族の先遣隊が、北西に移動し、現地住民と小競り合いになりました」

 報告者は、レグラーレ。


「住民は?」

「皆殺しと。ただし、十代の男と若い女性だけは命までは奪われなかったそうです」


「証拠は?」

「現地に残っております。掘り返せば、より酷いモノが」


 これは戦争だ。

 エリポスは裏切り者。処罰を加えたいと願ったのなら、せめて最大限利用するまで。


 レグラーレらであらかじめ現地住民に情報を流し、トーハ族に反抗するように仕向ける。同時に、トーハ族に対しては水場などでちょっかいをかけ続け、人よりも馬に大きな精神的負荷を与えていた。


 今回のトーハ族の頭は、これまでの反省を活かし統治を狙ってきている。婚姻と称する行動や船を使ったこと、エリポスの蜂起を待っていたこと、エリポスも蜂起していること、先の戦いがあってもエリポス人部隊を入れていることが根拠だ。


 このことを、良く思わない者も居る。


 でも、今のトーハ族上層部は、いわば三番目。二度の交代で減った人員を補う必要がある。だが、兵にはトーハ族の誇りがあるはずだ。これまでの戦いと、敗戦に対する影響。


 到底、メガロバシラスは許せない。

 手を貸しているアレッシアにも勝たないといけない。


 でも、見下してくるエリポス人は嫌いだ。婚姻を認めないのも同じ人だと言っていないようである。武力はこちらなのに、ひたすらに口うるさい。



 マシディリも、良く知っている。


 エリポス人にとっては、エリポス人が中心であることを良く分かっている。


 アレッシアの風習に合わせることを「水準を下げる」と発言した者も居た。それも、父の葬儀にやってきているのに、だ。


 好機をくれてやれば、暴発するのは当たり前。

 その現場に駄馬を始めとする売買を行った商人と、マシディリから外されかけているが戻りたいがために付き従っている商人を連れて行けばどうなるか。


 そう。

 エリポス人の口から、トーハ族の残虐性が誇張されて伝わっていくのだ。


 マシディリに媚を売るためだけではない。

 商人としても、トーハ族に協力した者を蹴落とすために。マシディリともトーハ族とも取引した者を貶し、そやつだけが得をしないように。


「さて」


 メガロバシラス南東。

 エスピラによる第一次メガロバシラス戦争に於いて、アリオバルザネスとアルモニアが戦った地。


 そこに到着すると同時に、マシディリは初日に固めて置いた土塊を破壊した。

 中から出てきたのは、焼き印の押された板。書かれているのは、当然、この地の名前。


 決戦の地を神から教わった、と周知していた土塊から出すと言う茶番であるが、効果はてきめんだった。


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