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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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東方二種

「おう、マシディリ! 遅くなって悪かったな!」


 第三軍団合流から数日後、頭目であるプリッタタヴ自身が率いるイパリオン騎兵が到着した。

 最初の出会いでマシディリに陸上戦を挑んで来たウゲットや弟であるナジバを始めとする猛者も多く引き連れている。無論、アスキル・アーディルも一緒だ。


「自信満々の者は数えきれないほどいた。だが、その多くは屈したか、結局はイパリオンに頼ってくる。でしたっけ? 言った通りになりましたね」


 マシディリは、左の口角を上げた。

 プリッタタヴが大きく両手を広げ、肩の上に上げる。


「意地悪言うなよ、マシディリ。最初に屈したのは俺だ。そして、今回は惚れた弱みという奴だ。で、あまり大きな声でじゃ言えないが、ラクダ騎兵に慣れた馬を作れたことへの感謝は尽きるようなモノじゃない」


「十分声が大きいですよ」

「ははっ。許せ」


 げらげらと笑い、ところで、といきなりプリッタタヴが真剣な声を発した。

 対照的に、後ろではウゲットが肩を落としている。ナジバは、やや前のめりだ。


「庶子ってのが申し訳ないが、俺の娘の一人が十歳になった。妹が無理なら、娘はどうだ? あと五年もすれば美人になるぞ。俺に似て」


「もう断られるのが分かっていますね?」

「兄者は最後の一言が余計だ」


 ナジバも肩を落とす。

 許せ、とプリッタタヴがそんな弟の肩と、先に肩を落としていたウゲットの肩を豪快に叩いた。


 ウゲットが肩を落とした理由を分かっているのか、分かっていないのか。


 確かなことは、プリッタタヴもイパリオンの頭目であり、エスヴァンネに勝利した漢であると言うこと。愚鈍などでは決してなく、武勇一辺倒の者でも無い。


「そう言えば、小言を言ってくる男がいないな」

 ぐい、とプリッタタヴが背筋を伸ばし、筋肉質で嚙み応えはあっても美味くは無さそうな腕を額に当てた。


「アビィティロなら、アフロポリネイオの抑えを任せていますよ」

「おっと。そりゃ大幅な戦力低下だな」


 ま、関係無いか、とプリッタタヴが豪快に笑う。


「東方遠征の時にゃあ俺が着いて行かずに悪かったが、今回は俺のいる完全体のイパリオン騎兵だ。トーハ族なんぞに遅れは取らん。アグニッシモとの早駆け対決もやってみたいしな」


「マシディリ様はご存知かと思われますが、その昔、イパリオンはトーハ族に圧迫されて南下してきたと言う過去があります。その調子で今も上を気取るならば、目に物を見せてやりましょう」


 ナジバも兄に負けじと胸を力強く叩いた。


「で、あの軟弱な動物は何だ?」

 プリッタタヴが口をへの字に曲げた。

 後ろにいるイパリオン人の多くは眉を顰め、その馬を唾棄している。


「決戦兵器、エリポスの駄馬です」

「『駄馬』か!」


 駄馬、をイパリオンの言葉で言ったのはあえてだろう。

 マシディリも、その『エリポス人好みの見た目』になっていった結果、走る機能を大きく低下させた馬に対して、肩を竦めた。


「あ、そうだ。こいつは遅参の補填として、ユクルセーダから貰ったもんだ」


 簡単に手渡たされたのは、パピルス紙。

 慌てて後ろから粘土板を持った者が現れた。服装からして、ユクルセーダなどの東方諸部族の者である。


「ボホロスに怪しい動き、ですか」


 ボホロス王国。

 マールバラ・グラムの最後の居場所。アレッシアに湖周辺の土地を完全に奪われた者達。

 そして、マシディリの東方遠征中にトーハ族と結んでいた国だ。


「アレッシアの直轄地もあるし、それ以前のこともあるし、何よりどの部族が動くにも軋轢があるからまずはマシディリ様の御話を伺いたいだとよ」


「アレッシアでは無く?」


「マシディリか、ウェラテヌスの奴だな。大層な勇者だと聞いているぞ、アグニッシモ。お前が活躍してくれるおかげで、イパリオン騎兵も面目が立つってもんだ。このまま、トーハ族もぶちのめしてイパリオン騎兵こそ部族としては最強だって示してくれよ。で、負けるなら俺に負けてくれ」


「いや、俺は兄上のために戦うから」

「変わったな」


 楽しそうにプリッタタヴが笑う。

 変わってないと思いますよ、とナジバが溜息を吐いた。マシディリ様のことしか覚えていないんですか、とも。


 そのナジバの顔が、マシディリに向く。


「東方諸部族の中には、パラティゾ様が調停者としてやってきても構わないと言う者もおります。あと、私の娘も七歳になったのでそろそろ愛人にどうですか?」


「私にとって女性は妻しかいませんよ」

「それは残念」


「兄を出し抜こうとするからだ。せめて、俺に騎射で勝ってから言え」

「昨日は勝った」

「一昨日も一昨々日も俺だ」

「今日も勝つ」

「おう。かかって来い!」


 そんな、鼻息を荒くし始めたアロゴス兄弟をしり目に、ユクルセーダの使者が粘土板を追加で掲げてくる。受け取ったのは、グロブスだ。アビィティロの変わりにマシディリにも見やすいようにしながら目を通している。


「決起の血紋ですか」


 東方諸部族とひとまとめにしている内の、一つの部族の文化だ。

 それに従い、各部族の代表者の名が記されている。


(どうしましょうかね)


 ユクルセーダの国王は、今もマシディリを恨んでいるはずだ。何せ、バーキリキは師匠であり父親のような存在。そう簡単に許せるものでも無い。


 だが、ユクルセーダは裏切らない。その確信がマシディリにはある。


 勝てるかどうか。そこまでは分からないが、東方遠征中にアレッシア軍をもっと苦しめることは出来たのだ。食糧を焼き払えば、確実にユクルセーダ領内でアレッシア軍は困窮したのである。


 でも、そうはしなかった。


 あれは、国家のために集めた物だと。例え主は変わったとしても、民は変わらない。その変わらぬ民のためにのみ使うべき物資であると啖呵を切ったのだ。


「我らの私情で使える財など、ユクルセーダには何一つない!」


 敗戦直後に、そうとまで言い切って。


 ならば、ユクルセーダに害が加わらない限り、あの王は最もユクルセーダの民を安んじれる者に付き従うのだと、マシディリは微塵も疑っていないのだ。


 仮に離れれば、それはマシディリがユクルセーダに害をなすと思われてしまっただけのこと。裏切りでは無い。予め分かっていたことであり、マシディリの落ち度である。


「ボホロスには、ひとまずトーハ族後方への攻撃と首都移転の提案をいたします」


 どちらも呑むとは思っていない。

 文面もやわらかくし、こちらに嘆願に来やすくもしておくつもりだ。


「首都移転ですか?」


「ええ、経済規模を割譲前に戻さねばならないのであれば、今の王都よりも、より流通に適した都市に変えた方が良いのではありませんか? とね」


 本来、王都は外圧により変更するべきでは無い場所だ。

 しかも、流通が良い場所と言うことは守りに適さない場所でもある可能性が高く、事実、マシディリはそのような地を提案するつもりである。


 どう言い訳をするのか。

 あるいは、その提案に至った背景を理解し、潔白を証明するのか。


 いずれにせよ、圧と対話による調停をマシディリは示す予定である。


 過去には東方遠征も行ったが、如何せん、莫大な費用が掛かるのだ。出来ることなら、東方、それもさらに北に位置するボホロスまで軍団を動かしたくはない。時間だって馬鹿にならない。


 だからと言って一切動かなければ、アレッシア軍は来ないと思われてしまう。どうあがいても利の無い行動だ。かと言って、今の内に各部族に大きな権限を認めてしまえば、内乱の火種ともなる。


 それに、東方諸部族としてもアレッシアの与力のような形での軍事力は考え物だ。


 戦争にはお金がかかる。アレッシアの戦いの頻度を見ていれば不安にもなるし、明確な主がいない状態での戦いは、バーキリキを以てしても苦戦していた。それを知れば、あまり前向きにもならないだろう。


 だからこそ、約束事の徹底が大事取ってくる。

 無論、東方諸部族だけでなく、マシディリ達も。


 例えば、「素直に罪を認めれば許す」と言えば、本当に許すのだ。それぐらいの覚悟で以て治めねば、東方は遠すぎる。


 そして、もう一点。


 東方諸部族が気にしているのは、エリポスの割譲具合だ。


 東方諸部族から見たエリポスは、いわばアレッシアとの緩衝地帯に位置している。仮にエリポスが完全にアレッシアの支配圏になれば、東方諸部族はアレッシアと隣り合うのだ。今みたいに、ビュザノンテンやイペロス・タラッティアと言った一部と、では無く。


 その際に締め付けが強くなるのではと言う懸念も持っているだろう。

 特に、マルハイマナの後退に伴って一気に独立性を回復した部族は、今後を憂いているに違いない。


「それから、陛下にお伝えください。私と父上は二十一歳差です。正確には、二十一年と五か月の差があります、と」


 故に、マシディリは東方諸部族に対しては、交流に何より重きを置くつもりでもいる。

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