表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
1424/1590

反旗反抗

「敗戦続きの軍団では大胆な手は打ちにくい。特に私であれば愚策は取らないだろう。これまでの傾向から言っても、ラクダ騎兵とイパリオン騎兵を用意しているのだから、彼らが集まらない限りは戦いを挑んでこないはずだ。アレッシア人であることを誇りとしているのだから、騎兵を中心に据えても重装歩兵を活かそうともしてくる可能性も高い。


 敵は、そう思っているはず。

 その油断に、強行軍を行った軽装騎兵で痛烈な一撃をお見舞いしてあげるのです。


 相手がこちらを知っているのなら、逆手に取れば良い。ティツィアーノ様にも連絡は最小限にとどめ、動きを悟られないようにします。


 何より、負けたところで私が焦っているからとの誤認を深めさせることができれば、油断を誘えましょう。

 油断を誘えば、戦力が揃ったところでの一大決戦にさらに有利に働きます。勝っても、無論。勢いはこちらですから」


「賭けですね」

 グロブスの声は、地についている。

 乗り気では無いのだろう。彼の性格を思えば、当然のことだ。


「先の敗報は既に知れ渡り、昨日のことに関してもアフロポリネイオやドーリスは誇張を含めて喧伝するでしょう。アレッシアの攻撃をしのぎ切った、と。何ならマルテレス様の反乱にも絡め、私をアレッシアで一番の将軍と仕立て上げた後で、それを上回ったのだと言い出すことも考えられます。


 それを、利用しましょう。


 アレッシアで一番の将軍がトーハ族も打ち破った。ならば、エリポスは次の反抗としてアフロポリネイオに期待をするはず。そう言う方向に持って行ってしまいましょうか。


 この泥濘は、夏まで。

 夏休みが開ければアフロポリネイオは新たな防衛手段を作らねばならないでしょう。


 そうですね。

 非常に業腹ですが、ドーリス単体との講和の使者を送っておきましょうか。これ以上、アフロポリネイオに干渉しないように、と」


 交渉に応じなければ、ドーリスはアレッシアの敵となりかねない。

 交渉に応じれば、ドーリスがアレッシアに敵対した証拠となる。


(あとは、どちらがより大局を見ることができるか、ですね)


 ドーリスの新王とアレッシアの新しい権力者。

 どちらが個人的な感情を抑え、両国の繁栄を意識した行動をとれるのか。どちらが先に、個人的な恨みを優先して動いてしまうのか。あるいは、どちらも動かないのか。


「なあに。これまでも窮地は数知れずあった。その全てをマシディリ様と共に乗り越えてきている。マシディリ様や、此処にいる者達、兵、多くの力があってのものでもあるが、神々の恩寵も大きい。神々は、予想以上に私達が好きなようだ。

 今回も、上手く行くさ」


 マンティンディが太く大きな声で、快活に歯を見せた。


「窮地、慣れる、良くない」

 アピスが小さく言う。

 だが、覚悟は決まっているようだ。


「兄上のために会心の一撃を加えれば良いって話でしょ?」

 ぱちん、とアグニッシモが右の二の腕を叩きながら、右手でぐ、と握りこぶしを作った。


 頼もしく思いながらも、マシディリは首を軽く横に振りながら口を開く。


「アグニッシモからも騎兵は引き抜くけど、アグニッシモ自身は後の方まで此処に残ってもらうよ」


「え?」

 アグニッシモが大きく口を開ける。顔も白くなったように見えた。


「私もアグニッシモを起用したいのは山々だよ。でも、アグニッシモは華があるからね。アグニッシモ一人で攻撃の意思があると思われる可能性がある以上は連れて行き辛いかな。

 それに、アグニッシモを残すことでアフロポリネイオの追撃を減らせるし、追撃を恐れている消極的な姿勢と見せることもできるからね。

 存在だけで抑えてほしいわけさ」


 アグニッシモの口がすぐに開いた。綺麗な歯がはっきりと見える。

 が、すぐには音が出てこなかった。


「う、ん」

 最初の音も、はっきりとした音では無い。


「分かった」

 重心を後ろにやり、無理矢理納得するようにアグニッシモが顎を引いた。

 その様子は、やはり年齢に比べて幼いと言うのが相応しいだろう。


「言いたいことがあるなら、我慢しなくても良いよ」

 マシディリも、自然と小さい時の弟妹に問いかけるような声音と態度になってしまう。


「いや、ただの我が儘だから、言わない」

 アグニッシモが首を横に振る。応じて、髪の毛が暴れていた。


「そうかい?」

「嗅覚で反応した結果、兄上に意見をするのは良いけど、我が儘は駄目だって兄貴にきつく言われているし、どうせスペランツァは馬鹿にしてくるし。

 それに、ウェラテヌスを分裂させたい奴らは俺のことを担ぎたいんだろ? じゃあ、甘えて兄上を困らせてたら、変な風に取られちゃうってのは分かってるから」


「少し寂しいね」

 哀の笑みで本音をこぼしてから、マシディリは表情を引き締めた。

「頼もしいよ、アグニッシモ。これからも頼む」


「かしこまりました」

 慇懃に、アグニッシモが頭を下げた。


 これもまた寂しいことではあるが、そうも言っていられない。覚悟も受け止めねばならないのだ。


「アビィティロ。アフロポリネイオへの抑えは任せます。アグニッシモは最終的に私の元に引き抜きますが、必要な人員を好きなように持っていってください」


 しっかりとした表情のまま、最も信頼する軍団長補佐筆頭に告げる。


「トーハ族への攻撃には一人でも兵が必要かと思われます。

 此処に残すのは、私と私の監督下にある千六百人で十分。それ以外は、全てマシディリ様がお持ちください」


「お言葉に、甘えます」

 目を閉じ、謝意を示す。

 アビィティロの方向から衣擦れの音がした。


「私の方こそ。グライオ様のように少数だけどころか、一部隊すら割けずに申し訳ございません」

「状況が違いますから」


 目を開け、合わせる。

 伝えるのは信頼。

 手段は無言。

 それで、十分。


「準備も含め、時間を少し置きます。十日を過ぎ、相手の最速から遅れるかのように見せかけましょう。歩兵部隊の統率はマンティンディに任せます。殿はグロブス。アグニッシモはアビィティロからの指示があり次第、撤退してマンティンディに合流するように」


 無論、こちらの行軍速度まで敵が把握している可能性は高くは無い。それに、把握できたとして伝令がすぐに行くとも限らないのだ。


 それでも、念のために手を打つ。

 ひたすらに待ち、訓練は重ねつつも緋色のペリースの動きを最小限に抑え、方々に使者を放った。無論、ほとんどはただの指示だ。各戦線に対して、細かい指示は飛ばせないもののある程度の大まかな想定と、その際に大事にしてほしい優先順位だけをしっかりと伝えていく。加えて、ビュザノンテンなどにも伝令を出した。内容は兵を募るように、と。暗号文で見掛け倒しで構わないことと相手方にもしっかりと伝わるような集め方をするように伝えた。


 無論、物資も集める。主に、エリポスの駄馬を。

 これは、商人を通じて購入を希望した。


 見た目の上では多くの伝令がエリポス諸都市に対して出て行ったように見えるだろう。事実、ドーリスなど一部の都市には下手に出るかのような文章も送っている。


 その選定基準は、調子に乗りそうな国。

 トーハ族を撃破したと言う情報前だからこそ、大きく出てきそうな者達に対して。今後の首輪にするために。


 そして、そのためにも勝たねばならない。


 アフロポリネイオ着陣から十二日後。

 当初アフロポリネイオにかけられると見定めていた刻限を過ぎてから、マシディリは軽装騎兵を連れて出立した。本隊である重装歩兵はさらに一日後れを取る。


 完全な失策。

 最速で上陸したトーハ族からはそう見えたかもしれない。警戒を続けていたからこそ、糸が緩む瞬間でもあっただろう。


 そこを、突く。

 それがマシディリの戦い方。


 古来、ドーリスは一日七十キロと言う速度で三日間駆け抜けたと言う伝承がある。重装歩兵でそんなことをして、果たして戦えたのかは疑問だが、「らしい」道は見つけてあるのだ。その道中でカナロイアの一団が休息もとっている。トーハ族に近づけば、イロリウスの者達も活動をしていた。


 そして、マシディリ達は馬で移動している。


「さて」


 ペリースを脱ぎ去り、マシディリは丘から敵兵を見下ろした。

 随分と放牧している。馬に十分な餌を与えているようだが、果たしてそれは馬か蝗か。


「『婚姻』と称し、エリポス人女性を集めているところにいるのが頭目です」


 アミクスが静かに告げる。

 あれか、とマシディリは唇を濡らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ