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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
1422/1589

狂人揃え Ⅱ

 最初の趨勢に、数の差など無い。


 まずはアレッシアによる装備破壊の投げ槍が行われ、盾を使えなくなったドーリス兵が下がる。移動で崩れない隊形は見事だが、確実に突撃の穴となるのだ。そこに投石具や槍の穂先(プルムバータ)を投げ込み、勢いを削ぐ。


 しかし、敵もエリポス最強伝説のドーリス人部隊。

 肌に刺さった投擲武器(プルムバータ)を抜き、血を舐めるようにして高揚を表し、攻撃してくる。


 マシディリは、ウーツ鋼の剣を抜いた。

 すぐに兵の一部がマシディリの前に腕を出す。アルビタですら乗り遅れた形だ。


「マシディリ様はまだ前に出るべき時ではありません」

「貴方が死ねば全てが終わりますから」


 二人の百人隊長が言うと、勇猛に前に出て行った。

 こくり、とアルビタも頷いている。


 双方の槍が、直接、交わった。


 衝突面は全て抑えられている。だが、層が圧倒的に薄い。アレッシアは一列か、あっても二列。対して敵の槍は後ろからもどんどん突き出された。


 マシディリはウーツ鋼の剣を仕舞い、代わりに投擲武器を手に取る。


「私達は何のために戦っているのですか? 少なくとも、敵と同じ、財のためなどではありません! そうではないはずです! そんな者は、此処にはおりません!」


 叫び、一投。

 敵の盾が持ち上がった。その隙に、前線に居たアレッシア兵が敵のつま先を突く。敵も足を差し出すように前に出してきた。


 苦悶と苦闘の声が、両者から発せられる。


「父上は神々に愛されていました。その父上没後にこのような狼藉を行う者を、果たしてアレッシアの神々は許すと思いますか?」


 もう一投。

 すぐに、次を準備する。


「正義は我らにもあり! 神々が、父祖が、祖国で我らを待つ者達が! 力を貸してくれる中で、どうして負けることがありましょうか!」


 一撃で敵の兜が吹き飛んだ。その状態でも、ドーリス兵は歯を食いしばって前に出ようとしてくる。


(士気が高すぎる)


 無論、アレッシア兵も高い。

 百人隊長どころか十人隊長が、役職の無い兵士までもが味方を鼓舞し、腹から声を上げ、一歩も下がることなく戦い続けているのだ。


 だが、圧倒的な敵の数は二倍どころでは無い。


(それだけの兵が、どこに?)


 ともすれば、アフロポリネイオ市街に兵は一人もいないのか。


 全てを、外に?

 そんな博打を?


 多分、その驚嘆する賭けが事実だ。


 どこも破られていないのに、敵が横からあふれ出してきている。

 だが、回せる兵力は無い。一人一人が目の前の敵を抱えるので精一杯。連携戦術を得意としているために孤立していないだけで、一人頭一人以上の、剣を腹に刺されても前に出るような敵を相手取っている。


 ついに、敵の槍がマシディリに突き出された。

 剣で弾き、蹴り飛ばす。追撃はできない。まだ敵兵がやってくる。緋色のペリースは、一番目立つ色だ。この泥濘地帯ではこれ以上ないほど分かりやすい的である。


 故に、マシディリは脱がない。

 自らの位置を知らせるために。


 大きな動きは、味方の鼓舞。自らが生きていることを伝え、士気を上げるための行為。


(死ねるか)

 気高くも、もしかしたら泣き虫かもしれない愛妻を置いて死ねる訳が無い。


「マシディリ様!」


 後ろから、叫び声が聞こえた。

 聞き馴染みのある声である。


 第三軍団第三列。マシディリと共に戦い続けた兵。その内の数名が、盾も兜も捨て、槍一本と剣一振りで駆けて来ていた。


 投擲用の槍ではないにも関わらず、槍を投げ、剣を手に突進するように敵兵へと突っ込んでいく。そのような者が続き、後ろからどんどんと鎧を着た兵も戻ってきていた。


「誠に勝手ながら、砦攻めはマンティンディ様と一個小隊のみで続行させていただきますと、伝言を預かっております!」


 そう叫んだ兵も、すぐに戦列へ。

 マシディリの周囲に来ていたドーリス人傭兵を蹴散らし、押し戻す。


 それでも、まだ敵が多い。

 プラントゥム以来の狂兵への救援に行った十人部隊もいるのだが、それにしても敵はどんどんと広がってくる。数を生かした戦い方だ。まるで、こちらの人数を正確に知っているかのような。


(こちらの兵数は最大箇所で三千八百)


 そこは、無論マシディリのいる此処。

 それを上回るのであれば、ドーリス人傭兵全軍。そこに、アフロポリネイオ兵も加わっているかも知れない。


「ああ」

 なるほど。

 そうか、なるほど。


「ドーリス本国が情報を流しましたか」


 遅れてやってきた使者は、戦いの前日と言う陣容を変更できない時間を見計らうため。

 そして、マシディリの位置を把握するために。

 マシディリを殺すためだけの配置だ。


(情報部隊を骨抜きにしたのも?)


 いや、考え過ぎか。

 だが、検討の余地はある。一方で苛烈な処置を行えば気づかれ、逃げられ、信を失うだけ。やるならば、静かに忍び寄る影のように一撃で仕留めないといけないのだ。


「アレッシアは、裏切り者を許さない」

 極寒の怨嗟の声。

 それは、兵に別種の緊張感を滲ませた。


(ですが、このペリースはまだ脱げません)

 油断を誘うためにも。味方を募るためにも。敵だらけにしないためにも。


 拳を握りしめる。

 兵の運動量はどうしても落ちて来た。動きは鈍く、盾を構える時間が長くなる。敵兵が、また漏れ出した。今度は穴をあけ、固定し、兵を激励して回るマシディリを狙う槍のように、突き出される時を待っている。


「私を意識するな! 仲間との分断を避けることだけを意識しろ!」

 強く叫び、兵に徹底させる。


 信じろ、と。


「ぅぉおお!」

 と、声が上がった。


 信じろ、と言っていた声では無い。答えの喊声でも無い。でも、アレッシア兵に不敵な笑みの宿る声だ。


 別動隊。アビィティロとアピスの率いる兵だ。先頭を行く者達はやはり泥に塗れ、その奥から目を爛々と輝かせて血に飢えている。


 その数は、二千八百。

 マシディリ達と合わせれば六千六百。


 例えドーリス人傭兵全部隊が来ていても、数で上回ったはずだ。しかも、挟撃の形。


 如何に引かぬドーリス兵でも、戦線が縮小し始める。

 止めと言わんばかりの、後方からの大きな赤い光。

 マルテレスを真似たかのような強大な光の柱は、その足元にさらに目立つ紅の集団を抱えている。


「神よ。神々よ! 悪逆と暴力とあらん限りの幸運を我に授けたまえ!」

 そんな声が聞こえてきそうな、アグニッシモの一団。


 土壇場の嗅覚は、流石だ。


 形勢逆転。

 決して悪くは無い指揮であったが、此処までくればドーリスは撤退が遅れたと言われてしまうのは避けられない。


 戦闘が終わるのに、さほど時間はかからなかった。

 撤退したのはドーリス人だ。死体も、ドーリス人が多い。


 それでも、砦攻めは失敗に終わった。駆けつけてくれたアビィティロ方面はもちろんのこと、マシディリ側も多くの兵が疲労困憊になり、最後に籠る堅牢な場を落とすには人数が足りず、力も足りなかったのだ。


(また、失敗、ですか)


 敗戦か。否か。

 それは意見が分かれるところ。


 しかし、ドーリスが『アフロポリネイオを守る』ことを目標として居れば、敵の勝ちだ。


 こちらが落とせたのはルカンダニエ・グロブス隊が攻め落とした砦のみ。しかも、一度陥落させた砦だ。


 記録を消してしまおうか。

 そう考えてしまうほどの結果である。だが、消せない。下唇を噛んでも、机に両肘を付けて頭を下げても。髪の毛をかきむしっても、敗北は敗北だ。


「ぁぁ」

 声が、漏れる。


 失敗だ。不味い状況である。一気に、敵が活気づく結果だ。

 いや、味方とも言い切れなかった者達も、見切りをつけるかもしれない。


 エスピラ・ウェラテヌスがいないと、マシディリ・ウェラテヌスは強くは無い、と。マシディリのこれまでの功績はエスピラがいたからであり、マシディリだけでは何もできないと。


(父上のおかげではありますが)

 だからと言って、そんな言説は許せない。


 マシディリを信じてくれる者がいる。

 期待している者達がいる。


 マシディリに命を賭してくれた者がいるのだ!


「考えろ、マシディリ・ウェラテヌスっ!」


 ぐ、と拳を握り、間に力強く髪をはさむ。夜が遅くとも一切の眠気がやってこない。目は赤く血走るかのようであり、心音は大きくなっているようである。


 父も、決して全てが計算通りでは無かった。でも、あたかもすべてが計算通りであったかのように語られている。


(この敗北を、活かせ)


 そのために、何をするべきか。

 細かく乱暴に動くつま先と共に、マシディリは思考を繰り返した。

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