表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/1588

魔女の千里眼

 少々の温かい視線の中、ズィミナソフィア四世が泣きつくようにエスピラの服に抱き着いてきた。エスピラは数秒彼女の思うがままにさせた後、ズィミナソフィア四世を引き離し、膝を曲げる。


 親を亡くし頼れる者にやっと会えた子供と言うような行動を取った彼女の年齢は十一歳。マフソレイオの王族として、女王の権限を持つのにギリギリ足りる年齢である。


「お久しぶりです。心細い思いをされていたのなら私からとやかく言うつもりはございませんが、これからはズィミナソフィア様が女王。どうか、軽率な行動は今日だけに留めておきますよう」


「今日は、見逃してくれるのですね」

 ズィミナソフィア四世が無理矢理笑ったように見える笑みを浮かべた。


 恐らく、先のアレッシアの軍団に居た者は皆、若い女王が無理して笑っていると思うだろう。だが、エスピラにはその裏に冷徹にも思える考えを感じ取ってしまった。


「こちらは私の息子のマシディリです。このような状況ではありますが、機を逃さずに紹介するべきかと思いまして連れて参りました」


 ただ、彼女の意図に深くは突っ込まずに普通の使節らしい行動に入り、マシディリの背中を押す。


「エスピラ・ウェラテヌスが息子、マシディリ・ウェラテヌスです。女王陛下へのお悔やみと新しい女王陛下がこれから敷く善政に対する感謝を申し上げます」


 道中、必死に練習してきたエリポス語で躓くことなくマシディリが申し上げた。

 ズィミナソフィア四世がやわらかく笑う。


「ありがとうございます」


 それから、エスピラの方へ眼がやってくる。


「紹介するべき、と言うのも今しか無いと言うも分かっておりますよ」


 そう、プラントゥムの言葉でズィミナソフィア四世が言った。

 エスピラに再び甘えるように近づいてから、言った。



「表向きは私用で、と見せるためにでしょう? マフソレイオの要請でお父様がアレッシアからの使節の中心にはなりましたが、本来は公職から遠ざけられつつある身。アレッシアの代表としての顔はしませんよという意思表示のために連れて来る必要があった。


 もう一つの表向きはこれからもマフソレイオとの交渉で影響力を保つため、次代を担う幼くも優秀な者を連れて来たという体を作るため。タイリー・セルクラウスがエスピラ・ウェラテヌスを連れて来たように。


 後は、マシディリにマフソレイオの図書館を利用させるため。知識を与えるため。


 でも本当は他国の力を用いてマシディリをウェラテヌスの後継者と認めさせるためですよね? アレッシアを良く知らないエリポス圏の国々は、特に王政を敷いている国々はマフソレイオが呼んだアレッシア人が連れて来た息子を、アレッシア人の後継者だと勘違いする。


 誰が、なんと言おうと? いえ。誰もが結局はウェラテヌスの後継者としてのマシディリに頼らざるを得ない時が来る。ウェラテヌスに属するマシディリの名前が必要になる時が来る。

 そうでしょう? お父様」


 エスピラの服が、マシディリによって少しだけ引っ張られた。


 珍しいこともあるな、と言う気持ちと同時に父として嬉しい気持ちを抱きつつ、エスピラはマシディリを自身へ引き寄せる。


「良く分かったな」


 そして、ズィミナソフィア四世は褒めて。


 エスピラの言葉を耳にしたズィミナソフィア四世の口元が悦に緩んだ。

 エスピラの推測通り、褒めて欲しいという思いもあったらしい。


(まだ十一歳だしな)


 うすら寒いモノを抱かせることもある上に、歳不相応なほどにエスピラの求めるモノを理解している子供だが。


「母上の下にご案内いたします」


 ズィミナソフィア四世がエリポス語で言った。

 マシディリも理解できたらしい。エスピラの横につくようにしながらも頷いている。


「本日はお忙しい中、いえ、意外と長くこちらに滞在できるのですよね?」


 ふむ、とエスピラは思う。

 恐らく、エリポス語での会話だから言葉を選んだのだろうか。そうでないなら、直接『干されましたね』などと言ってもおかしくは無いと、そこまで会う時間は無くとも理解できるのである。


「誰かが責任を取らないといけませんから。それは、平民に人気があって副官に戻ったグエッラ様でも、そのグエッラ様を助け、感謝されたサジェッツァでもいけません。何より、独裁官が顔色を窺ってはいけないでしょう」


「見捨てられましたね」

「いえ。そのようなことはございません」

「友達だから、と言うやつですか?」


「それが一番大きいですが、理性的に考えてもです。責任を取らされた形であることを認識している人は多いでしょうから。そのまま見捨てれば、今度サジェッツァが何かを為そうとするときに味方をする者は誰も居なくなってしまいます。正しいことを言っていたとしても切り捨てられると知っていれば誰も寄ってこないでしょう?」


 少しゆっくりめに会話したが、どこまでマシディリは聞き取れただろうか、とエスピラは息子の様子を窺った。


 エリポス語は本格的でないにしろ学ばせてはいた。今も繋いでいる手が強く握られはしている。口は挟まず、アレッシアでは滅多に見ない建物の内部ながらも顔が動いていない、目が動いていないことから聞き取ろうとはしていたのだろう。


「来年の貴族の執政官は、ルキウス・セルクラウスの再登板になりそうだと聞きました」


 ズィミナソフィア四世がマシディリの方をちらりと見たが、声の速度は落とさなかった。


「人気、実績、方針。全てが受け入れやすいでしょうから」

「でも、前回はタイリー・セルクラウスの意向を汲んで。今回はコルドーニ・セルクラウスの意向を汲む、いわば裏に誰かが居る形での執政官になりますよね?」


 今更驚くことでは無い。

 年齢にしては、と言ってもカルド島で見てはいるわけだし、女王になるわけだから同盟国の情勢ぐらいは知っているべきだろう。


「例えそうだとしても複数回執政官になれることは大きな名誉です。財務官を経験しながら一度も執政官に成れずに終わる人の方が圧倒的に多いですから。それに、無給の執政官に於いて財のあるセルクラウスの本流に近い人間が支援してくれるのは大きなことですよ」

「調教された象であっても、ですか」


 マシディリの指が反応を示した。僅かに動いた。

 それでも口を開くような気配は無い。代わりに開くのはズィミナソフィア四世の口。



「コルドーニ・セルクラウス。どこまでが計算だったのでしょう。


 遺言の発表からトリアンフ・セルクラウスの弁護までルキウス・セルクラウスは失敗ばかり。それでも頼ってきてもらえ、なおかつ評価を再びあげられる機会があれば喜んで飛びつき、操りやすくもなるのは自明の理。


 裁判においても、エスピラ様の味方になり得るカルド島残留軍団は若者ばかりで暴発がしやすい。そうなれば泥沼を防ぐために多くの貴族が一斉に訴えられることもあり得る。あくまでも、タイリーがエスピラ様に任せたのが情報収集であると知っていれば、味方の情報も集めていると考えるのが当然でしょう? そこまで想定しないと敵対するべきでは無いでしょう?


 なんせ建国五門。名声は高いウェラテヌスなのですから。その証拠さえあれば勝ちは堅い。使わない手はありませんから」


「そこは考えたくは無かったですがね」


 何でもないことかのように、エスピラは演技じみた溜息を吐いた。


「でも、裁判を受けてエスピラ様が支持した作戦を取りたいとは思わない人も増えたのは事実です。かと言ってグエッラ・ルフスの作戦も失敗に終わっている。何より護民官の特権を最大限利用した貴族への枷の付け方は巨大な既得権益を持つ者からは白く見られたでしょう。


 軍団の方針でも会戦を行わずにマールバラを締め付ける方針は嫌われ、その意思は広がった。かと言って積極的な会戦も負け続けるだけ。サジェッツァ・アスピデアウスが居なければ民会が自信をもって送り込んだグエッラ・ルフスを失っていた。


 此処までくれば、次にアレッシア人が取る手段はコルドーニが提唱している『包囲できない数を揃えて正面から叩き潰す』と言う作戦が一番可能性が高くなります。

 軍団を揃える苦労も、それだけの数を動かす力も。一年前ならば否定的な意見ばかりでしたが、今は肯定的な意見ばかりになる。


 コルドーニ・セルクラウスが望んだ展開になりましたね。お父様」


 エスピラと繋がっているマシディリの腕が、小さく動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ