表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
1416/1589

神の地へ

 これから考える、と言ったが、文字通り何も考えが無い訳では無い。むしろ作戦自体は既に立てていた。故に、レグラーレら最も信用する情報部隊で監視をしており、傍にパライナの隊を駐在させ、その中にフィロラードも入れておいたのである。


 無論、駐在している部隊は敵兵力が予想以上だった時のために。

 今必要なのは、分かりやすい成果。父の偉業を、分かりやすくかつ最も効果的になぞる方法。


「ソルプレーサ。手筈は整っていますね」

「はい」


 半ば引退しようとしていた被庇護者を無理矢理にでも引っ張ってきたのも、このため。


「では、二千の兵を預けます」


 その昔、ソルプレーサが高官としてエリポスで挙げた最初の戦功は、二千の同盟都市群の部隊を使った作戦であった。今は、ディティキ・トラペザ・アントンの三都市に加え、ビュザノンテンおよびディファ・マルティーマでの募兵した兵が加わる、新たな同盟都市群による部隊。


(意味合いは変わりますが)


 そう思いつつ、マシディリはパライナ隊と合流し、真っ直ぐに目標地点には向かわない。マシディリの本隊とも言うべき第三軍団は、そもそも別の場所を目指している。


 そうして、マシディリや第三軍団に注意を引き付けている内に、ソルプレーサが強襲を敢行した。


 無論、闇雲に兵を突撃させた訳では無い。

 物資を調達している商人の中でも利益に目ざとい者に鼻薬をかがせ、あるいは末端に被庇護者を潜り込ませて。あるいは木こりやエリポス式重装歩兵、近くに畑を持つ農民に変装した兵も集団に紛れ込ませ、十分に内部からのかく乱を行える体制にしてから攻撃を開始したのである。


 効果は、絶大だ。


 ディティキ解囲戦に於ける囮の役割はエスピラで、本隊はソルプレーサ。

 エリポス遠征に於いてエスピラは仮装大会を用いて兵の息抜きをすると共に潜入手段を身に着けさせてもいた。そして、これらの作戦に於いて一日の長があるのは古くからの被庇護者。


 効果は、敵に対してエスピラを想起させて威風を利用することだけでは無い。味方に対しての懐柔策でもある。


 給金の値上げを求めて働かなかった者を挿げ替えるべく多くの被庇護者を連れて来てはいるが、これからの働きによっては重用する可能性もあると伝えることが出来たのだ。


(どうするかは当人次第ですが)


 少なくとも、何の成果も挙げない者達の給金が上がる可能性は極めて低く、怠慢は心証が悪い。働かない者の代わりは幾らでもいる。代わりが利かないのは、今も真面目に働いていた者達。


 マシディリは、強襲直後の整備こそソルプレーサに任せたが、ひと段落つけばパライナとアスバクに引き継がせた。ソルプレーサ自体は、マシディリと共に第三軍団と合流する。


 普通に考えればソルプレーサが引き続き動揺を鎮め続けるのが良いのだろうが、これも印象のためだ。役職は降りたが、功ある者は支援し、能力ある者は重用することを内外に知らしめるためである。


 その成果は、すぐに現れた。


「やはり、持っていましたね」


 ドーリス人傭兵の派遣先の情報が、ようやくマシディリの下に届いたのである。

 派遣先には、当然、ラドイストとの記述もあった。


「水際で機先を制すことができていると言うべきか、それとも引っ張れる限界まで情報を隠されていると言うべきでしょうか」


 アビィティロが言いつつ、広げた地図に石を置く。


 グロブス、マンティンディ、ルカンダニエ、アピス、ウルティムスとその様子を眺めつつも、石の大きさが傭兵の数だと気づいてくれたようだ。

 アグニッシモは、アビィティロの後ろに回り、ひょこひょこと手元を覗いている。クーシフォスは静かにしていた。


「トーハ族が到着するまでには、早くて一月。遅くとも、二か月で準備が完了すると思われます」


 レグラーレが付け加える。

 マフソレイオからのラクダ騎兵の到着も一か月以上遅れて、イパリオン騎兵も、馬をラクダに馴らせることを考えればそれ以上はかかるだろう、とも。


 その話を聞きながら、アビィティロが真顔で石を積み上げた。

 多くね、とマンティンディが苦笑する。ウルティムスが小さな棒を取り出し、突くフリをした。ぎろり、とアビィティロに睨まれ、二人してグロブスに棒を押し付けている。


「メガロバシラス領内を通過している第四軍団は先に備えられるでしょうが、我々が間に合うにはアフロポリネイオを十日で攻略しないといけません」


 そんな旧伝令部隊出身者から目を離し、アビィティロが言った。アビィティロが置いた羊皮紙は、すぐにアグニッシモが手に取っている。四千五百! との驚愕の声は、すぐにあがった。


「アフロポリネイオは、元から反抗的な都市ではありましたが、エスピラ様も手を出すのは控えておりました。グライオ様、アルモニア様もエリポスで重きを為す三都市の一つに挙げておられます。時間が無い中ではありますが、丁重な降伏勧告から始めるのがよろしいのではないでしょうか」


 結局押し付けられた棒を横にしておきながら、グロブスが言う。

 神殿の多い都市でもありますからねえ、とマンティンディが渋い顔で頷いた。ドーリスとの協力も早い時期から行っているとみるべきでしょう、とはウルティムスの言。


 先程までふざけていた二人が急に真面目になったことに、アグニッシモは文句があるらしい。指をさしながら、口を半開きにしてマシディリに視線で訴えて来た。


「普通であれば、十日で攻略は不可能かと」

 ソルプレーサが静かに、そして重く言う。


(でしょうね)

 アフロポリネイオは歴史ある都市だ。城壁も立派な物がそびえ立っている。ドーリス人傭兵だけではなく、アフロポリネイオ兵だって、数はいるのだ。


 簡単に下してきた他の都市とは訳が違う。

 何より、アフロポリネイオに刃を向けることで決意を改めるエリポス諸国家がいるであろうことも厄介だ。


 手順が、必要なのである。


 そのくせ、アフロポリネイオ自体はドーリスやカナロイアのように軍事的に高名な訳では無い。誰しもがアレッシアの勝利を予想し、疑わないであろう都市である。それでも守るべき国であるならば、更なる援軍も押し寄せることだろう。


 時間は、かけられない。

 時間をかけての勝利は、勝利とならない。求められているのは、速戦即決。

 トーハ族の来訪に関係なく。


 そうでないとエリポス諸国家はエスピラ死後のアレッシアを舐め、アレッシア国内の政敵も勢いづく。エスピラの遺言を破りマシディリの権限をより削ろうとしてくるのは必然だ。


「マフソレイオ、カナロイア、ジャンドゥール、ドーリスに手紙を書きます。特にドーリスについては、詰問と同時に傭兵が庇護対象のドーリス人であるのか、ドーリスの手を離れたドーリス人であるのかを明らかにしてもらいます」


 だと言うのに、初動に時間がかかるのが問題だ。


「カナロイアにはユリアンナ様と奥方様がおられます。救出できるだけの戦力をお送りになった方がよろしいかと」

 ソルプレーサが言う。


「それはできません」

 マシディリは、即答した。

 視線に過剰に力が籠るのも、鼻筋が歪むのも抑えることは出来ていない。


「でも、兄上」

「アレッシアは人質を認めない。大勢の命を預かる立場の者が、自身に近しい者だからと言ってそこを曲げてしまえば、以後、アレッシアは人質に縛られることになってしまうよ。そうなれば、余計にアレッシア人を危険に晒してしまうとは思わないかい?」


「そうだけど」

 アグニッシモの言葉が弱く途切れていく。

 ソルプレーサの目が、一度アグニッシモにたどり着いた。それから、上がるようにしてマシディリにやってくる。


「では、カナロイアには私が使者として向かってもよろしいでしょうか。


 マフソレイオにはマシディリ様直接の来訪があり、ジャンドゥールは此度の戦役から距離を取りたいと明確に示してきております。しかし、カナロイアは未だに態度の表明はしておりません。


 マシディリ様が引き続き私を重用してくださるのなら、これ以上ないほどカナロイアへの礼を尽くす人選であり、なおかつアレッシアの態度を示す人選になるかと」



 カナロイア国王カクラティスは、明らかにソルプレーサを見下している人物だ。

 それが意識的なモノか、無意識的にかは分からない。それでも、ソルプレーサはエスピラがとても信用している人物であるとは知っており、四足と呼ばれていることも把握しているのだ。


 下手に出過ぎず、なおかつ態度を示す人選にはなるだろう。


「そうですね。ソルプレーサ、頼みます」

 敵を増やし過ぎないのも、大事なこと。


(ですが、迅速に事を済ませなければなりません)


 伝令を送り、敵意は無いと示しつつもアフロポリネイオへの行軍は強行する。


 そうしてまで見た景色は、川を氾濫させ、あたり一面を湿地帯とさせたアフロポリネイオの姿。即ち、夏を跨いだ長期戦を睨むような光景であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ