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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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これから考えます

『マシディリは、エリポスの全不穏分子をこの機に一掃するつもりだ』


 そのような誤報を標的とした都市に流した直後に、マシディリはディファ・マルティーマで合流した第三軍団と共にエリポスに上陸した。この行動は、無論、誤報が正しいモノであると誤認させる効果を期待してのモノである。


 何より、誤報を流した時点で先乗りさせていたレグラーレとフィロラードの力で情報封鎖は完了しているのだ。あとは、相手が蜂起を宣言した瞬間に攻撃を開始するだけ。


 準備の整っていない、宣戦布告した相手を。

 準備の整っている、宣戦布告されたアレッシアが。


 ディティキ以降の道は、既に歩みなれた道である。しかも、第三軍団は根幹自体は十年間、今の形になってからも八年間マシディリと戦い続けた軍団だ。


 作戦行動への理解は、どの軍団よりも高い。上層部の意思による作戦を徹底して行える。その上、今回のマシディリの遅参についても、最高神祇官選挙に於ける戦略はアビィティロやマンティンディ、グロブスと言った兵と共にいた高官主導の作戦によるモノだ。


 何のわだかまりもなく行軍した軍団は、一撃の下で新たな反乱都市を下し、秩序ある略奪を以て多くのモノを手に入れたのであった。


「皆々様におかれましては、エリポスの静謐を第一に考えて行動されるよう、平に願います。荒事は、『野蛮人』である我らにお任せください」


 ドーリスやカナロイアと言った名目上は友好都市には、伝令を派遣して。

 他の都市には此の地や先のラドイストでとらえたエリポス人の衣服に縫い付け、敵対がほぼ確定している都市には背中に焼き印を付けたエリポス人を放ち。


 一先ず鮮烈な印象を植え付けると、マシディリは再編第四軍団と合流すべくメガロバシラスへ向けて北上した。


 ただし、既に放棄された都市であるディラドグマ跡地にはパライナを中心にフィロラードやバゲータと言った高官候補を添えた二千四百を派遣し、武器の準備を止めなかった都市を攻撃する準備を整えておく。



「長らくお待たせして申し訳ありません」


 そうして入ったメガロバシラスの宮殿で、マシディリは緋色のペリースをなびかせた。

 ディファ・マルティーマにて着替えたのである。紫のペリースは、確かに父の象徴だ。一方で緋色のペリースはドーリスからの贈り物。

 エリポスでより有用なのは、こちらだと判断してのことである。


「本当にな。援軍を要請してからどれだけ経ったと思っている? これだけ遅いのなら、やはり、メガロバシラスは軍団の増強をせざるを得ないのだが、文句は言わせないぞ」


「陛下とメガロバシラスの軍団が組み立てた北方の防衛機構が優れているからこそ、時間があると判断したまでです。投石機の購入もスコルピオの型式の選択も、非常に見事でした」


 無論、トーハ族対策の防衛線構想にはマシディリも関わっている。

 あくまでも、新王エキシポンスの私的な友人として、であるが。


「加えまして」

 と、マシディリは人差し指を立てる。


「父上はメガロバシラスへの制限の解除をするくらいならメガロバシラスにアレッシア軍を駐在させると申していました。そのことに反対したのは他ならぬ陛下。

 アレッシア国内の権力基盤を固める工程を経なければ、元老院はこう言ったでしょう。


「エスピラ・ウェラテヌスの構想に基づいて、メガロバシラス駐在軍を送り込む」と。


 陛下の意向を汲み、援軍に留めたのは私だけの力にはありませんが、アレッシアで駐在論争が起きないようにするためには必要な期間であったと言わせてもらいます。そして、此処にいるのは私が最も信用する二個軍団。あくまでも、援軍として、機能いたしましょう」


 朗々と。

 父と同じように。


 居並ぶ群臣の顎が引かれたのが視界の隅から伝わってきた。エキシポンスも、腰を引くように深く座っている。


「私も、飢えた獣ならわざわざ我が国土に招き入れることはしなかった。だが、腹を満たした猛獣ならばこれ以上頼りになるモノはいない」


「ええ。一通りの腹ごなしはこなしてあります。またすぐに、喰らい着ける程度には、ですが」


「そうか。期待している」

 エキシポンスがぶっきらぼうに言うと、そのまま玉座を発った。


 残された群臣は、メンアートルは変わらずに最上位にいるが他は変わっている者も多い。特に旧来の貴族、第一王子の支持基盤だった者達は大分消えている。粛清の成果だ。


 清廉であれ。


 その方針の下で行われた大粛清は、前王の最後の活動だ。法を破り、あるいは超法規的な解釈で無視してきた者達を罰し、その財で以て北方防備を固めていく。そうして国民には最低限の負担しかかけずに防衛線を構築したのだ。


 見た目にも訴える成果は、アレッシア帰りの第二王子が新王に即位するのを後押しする大きな声となっている。



「『そうか。期待している』」

「そう意地悪を言わないでくれ」


 待った、をかけられ、エキシポンスの真似をしながら駒を戻せば、エキシポンスが弱ったように眉を波打たせた。

 威厳に満ちていた王の姿は、もうそこには無い。あるのは寝室でのんびりとする大人の姿だ。


「いえ。新王としての威厳がありましたよ」

「マシディリほどじゃない。掌握に時間がかかりすぎていないか、と思ったのは事実だが、北方の防衛線が破られるとは思っていないとも」


「即位にも役立ちましたでしょう?」

「あのなあ、玉座を欲していた訳では無いのは事実だと、何度言えば」


 ため息が、もう一つ。


「兄上では、メガロバシラスが腐りきると思っていたのも事実だけどな」


 そう、エキシポンスが声を下げながら、駒を一つ手に取った。持ち上げてからも迷いながら置いている。


 悪くない手だ。いや、最もマシディリにとって打ってほしくない手である。が、故に、予想通り。マシディリも即座に応手を打ち、あまりにも短い時間であることでさらに迷いをかけることにした。


「多分、防衛にはアレッシア軍は必要ない」

「五百の追加人員に余程の自信が?」

「それは、粛清した後の者達の働き口だと言うことにしてくれと頼んだだろう?」

「政治の世界なんて狐と狸しかいませんから」

「たまに鼬な」


 エキシポンスが駒を動かす。


「トーハ族の狙いはメガロバシラスじゃない。恐らく、見せかけだ。船を用意しているのも把握している。恐らく、旧ハグルラークあたりから上陸して、こちらの防衛状況次第ではメガロバシラスを、そうでなければエリポスにいる協力国家の下に行くつもりだろう」


「船を。もうすでにそこまで?」


 アミクスからの報告でも船が消えているのは知っていた。

 が、まだそこまでの量では無いと聞いている。


「マルハイマナ、ボホロス、他にも色々と、アレッシアに敗れ去った者達は多いからな。しかもまだ二十年と経っていない。集まるモノさ」


「第一王子は、随分とアレッシアを恨んでいるようでしたね」


「兄上にも取り巻きにも、用意できて二、三艘の船と自らの下人だけだ。完全に封殺できないのは申し訳ないが、そこまでの力も無い。殺した方が問題だ」


「そうですか」

 もう一つ駒をどけ、遂にエキシポンスの陣地に迫る。

 エキシポンスはしっかりと腕を組んだ。うんうんと唸り声もあげている。


「ハグルラークに軍団を動かした方が良い。理由は、私も作る。追い出した、だなんて馬鹿な連中が勢いづかないようにはするとも」


「待った、の代わりの言葉ですか」

「あのなあ」


 はあ、と今度は盛大な溜息がエキシポンスの口から放たれた。

 負けだ負けだ、とエキシポンスが駒をぐちゃぐちゃにする。それから、もう一局、と言って来た。


 マシディリにも止める理由は無い。

 止める理由があるのは、闖入者。


「マシディリ様。ディラドグマ南東にて、秣が買い集められているとの報告がございました。武器も調達されており、エリポスの重装歩兵のための武器だけではなく、馬具の類も集められております。それから、トーハ族に向けて書かれた手紙も押収いたしました」


「挟み撃ちか」


(イロリウスの者を派遣していれば、トーハ族の上陸地点を予想されることは想定内でしょうしね)


 それに、言葉の通じないトーハ騎兵に対して略奪を防ぐ手として、彼らの家族である大事な馬に対する貢物は有効だ。エリポスの馬では、彼らは喜ばないのも予想できることである。


「第四軍団は東方を回り、北から旧ハグルラーク方面へ。第三軍団は南下し、山を越えて西から旧ハグルラーク方面に迫ります。ディラドグマ北方には、レグラーレ、ウェラテヌス被庇護者達だけで行きましょうか」


「何か作戦が?」

 闖入者ことレグラーレが聞いてくる。


「これから考えます」


 マシディリはそう言って、この勝負はお預けで、とエキシポンスに言った。

 エキシポンスも肩を竦めながらも了承してくれる。


「お忙しいことだ」

「お互い様ですよ。それとも、エキシポンスは私の前では鞘のようであると疑われたかったですか?」

「冗談じゃない」


 身震いするエキシポンスに悪戯っぽく笑い。

 マシディリは、ペリースを整えるとエキシポンスの寝室を後にした。

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