ナンバーツー Ⅳ
「綺麗だから。輝くから。女性に人気だから。高いことそのものに価値を見出している方もおられます。
これらは、全て、人が決めた価値に過ぎません。
石そのものに価値があるとは言い切れないとは思いませんか?
ダイヤモンドのようにダイヤモンドでしか傷つかない宝石も存在いたしますが、高価な宝石の中には砂粒一つで容易に傷つく石もございます。身に着けているからと言って、機能性に優れている訳では無く、実務としてはただの重石と同じ。
そこらにある石と何ら変わりません。
しかし、そこらにある石で身を飾り立てる者も居ないのです。
そこらの石で代用できない理由は、美しさが一番でしょう。希少なモノを持っているからこそ、見せつけることで自らの力を誇示している面ももちろんございます。
その上で宝石の価値を言うのであれば、『歴史』も含まれるのではありませんか?
宝石は長く同じ輝きを保ち続けられることで有名であり、希少性も高いことから早々贋作が用意されることもございません。様々な歴史的な場に居合わせた石は、事実居合わせているのでしょう。
マシディリ様。
貴種も、同じことにございます。
建国五門には取って代わられることの無い歴史があるのは、誰もが知っております。エスピラ様の功績も、その一つ。そうして父祖が一つずつ積み重ねていき、ウェラテヌスと言う貴種が出来上がっているのです。
もちろん、永劫続くかは子孫次第でしょう。驕ってしまえば、宝石を投げつけるようなモノ。そこらの石と同じ使い方。ですが、使い方を違わなければ、誰にも代えの利かない価値となる。
宝石を石と同じだと言うのは簡単です。
平民も貴族も同じだと言うのも簡単です。
どちらも、同じであるとする論理展開も容易でしょう。
しかしながら、これらの価値は様々な要因の複合体。単純な話ではございません。
我ら平民を気に掛けてくださるだけで結構。
マシディリ様は、堂々と、生まれもまた武器としていただきたいと願っております。以前、バーキリキ様に対して啖呵を切られたように」
そんなこともありましたね、とマシディリは淡く笑った。
あの言葉は、本心からだ。そして、いま忘れていたのも事実。
「加えまして、マシディリ様。貴族だから、平民だから。そのような枠組みで席を用意することこそ、枠を用意された側への過剰な優遇。実力主義で行くのなら、属性の割合など意味の無い話です。エスピラ様なら、そう申されたでしょう。
ましてや、貴種の否定をする人が宝石を否定したのを、私は生まれてこの方見たことも聞いたこともございません」
確かにそうだ。その通りだ。
「考えがまとまったような気がいたします」
「それなら、この老体の長話にも価値がございました」
「老体など。まだまだ元気でいてもらわないと困ります」
口元も緩め、目じりも下げた。
でも、視線だけはすぐに鋭くする。
此処からも問題だ。
まずは、マシディリが思う最善を目標に動くが、どうしてもあぶれてくる者は出てくる。敵対する者も多く、受け容れようにも敗者は現れるモノだ。
だが、出来る限り彼らも使いたい。
その場合、どのように使うかも問題だ。
(いえ)
今までは、考えずともある程度できていた、と言うべきか。
父は、抜擢や外国人技術者の登用など幅広く人材を集めて来ていたのは確かである。同時に、派閥争いを激化させてしまったのも覆しようのない事実だ。「国を割ることは愚者のすること」と言う考えも若い頃は頻りに言っていたのに、である。
だが、そうして敵対した者達でも、道はあった。
例えば、イフェメラらの反乱。エスピラと近しいこともあり、エスピラが直接手を差し伸べることが厳しかった時。この時は、マシディリは手を差し伸べ、今もイロリウスを庇護している。
他にも、マシディリは義父にサジェッツァを持ち、師匠にマルテレスを持つことで個人的な繋がりを強め、他派の者も円滑に受け入れて来た。
それでもこぼしたところは、クイリッタがカッサリアとの繋がりや女性陣からの後押しで受け入れている。東方遠征に従事した者達で言えば、ティツィアーノがアスピデアウス派の中でも過激な側に近づくことで高官が集まればしっかりと網羅できるようにもなっていた。
だが、問題はマシディリがこぼす側に回ること。
「案外、上手く行くこともあるものです」
アルモニアが言う。
手に持っているのは、奴隷が持ってきたチーズだ。果実を入れているが、随分と細かく刻まれている。対してマシディリに用意されているのは、しっかりと果実の触感も楽しめる大きさ。
どちらが一般的に好ましいかで言えば、マシディリに出してもらった物である。マシディリの好む方も同じだ。アルモニアに関しても、果物が嫌いだった印象も無ければ、細かく刻んで食べていたと言う記憶も無い。
「リベラリスは、我が子ながら特段の不得手無く成長してくれました。派手な軍功に恵まれるには神々からの多大なる恩寵が必要でしょうが、堅実に仕事をこなしてくれるでしょう。どうか、マシディリ様の計画の一端に加えていただければ幸いです。
クーシフォス様も、当初は命懸けの騎馬武者戦法にのみ活路を見出していた方でしたが、今や全く異なる様相を呈しております。正直、マルテレス様からあの子がと思えば不思議にもなりますが、祖父、父、と変化を見ていけば、納得もしてしまうものです。
何よりも、母親、ティティア様が素晴らしい。
あれだけの怒りを見せれば、誰もマルテレス様の反乱の意思を継ぐ者としては担ぎ上げられません。同時に、助けを求めて来た者を見捨てないと言う度量も示しました。
フィチリタ様との婚姻が無事に成就すれば、助けを求めやすくマシディリ様に近い止まり木となりましょう。
走りながら修正を加えていくと言う方針も、古来よりございます。
今ならば、我々も存分にマシディリ様を手伝えましょう。そうすれば、神の御許に行った時にエスピラ様にもお会いしやすいと言うものです。何せ、メルア様との時間を邪魔する訳ですから。愛息の話の一つや二つ持っていかねば、お会いすることも叶いません」
アルモニアが、肩を竦める。
寄せられた襟がたわみ、見えた鎖骨は記憶にあるものよりも随分と細く見えた。
「ひとまずは、マシディリ様の思うように行動してください。
マシディリ様はまだ三十二。今年で三十三。立派な大人ではありますが、まだまだ経験していない失敗もたくさんございます。
何より、我らにとってはあの時の幼子が立派になった姿。
これまでの実績を思えば、誰も軽んじることは出来ませんが、それはそれとして可愛がりたいものでもあるのです」
目を閉じ、謝意を伝える。
目を開けると同時に、片側の口角を上げ、悪戯っぽい笑みも浮かべた。
「上手く繋げましたね?」
「そうでしょうか?」
アルモニアがおおげさにとぼけた。
演技だろう。きっと、アルモニアも分かっている。
「幼い私を多くの前に見せたことを父上の失策では無いかと言いつつ、そのおかげでアルモニア様との繋がりがあると見せる。
父上の失敗では無かったと言う証明と、何より、アルモニア様の自信と能力を高く見せた、と言うことですよね」
「御見それいたしました」
アルモニアが、頭を下げる。
さほど長い時間はかけず、顔が上がる。に、と若い笑みが浮かんでいた。
「私は、エスピラ様の副官ですから。全てをマシディリに、と言うことは、私が副官相当としてお仕えするのもマシディリ様に。目立たなかろうと、賭けた者が評価してくれるのであれば、それで十分。そう思って残りの人生を使おうと思っております」
「ええ。本当に、頼りにしています」
手を伸ばす。
しっかりと掴んだアルモニアの手は、先の予想に反しまだまだ力強く、筋肉も残っていた。




