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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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ナンバーツー Ⅲ

「時に、リベラリス様を始めとする方々にも軍功を積む機会を設けたいと言えば、怒りますか?」


 リベラリスはアルモニアの後継者として養育されているアルモニアの子だ。

 高官として従軍をしたことも、エスピラの下で戦ったこともあるが、アルモニアと一緒にいることも多く、ここぞの伝令で起用されている印象の方が強い男である。


「怒ることは何もございません。ただ、私が戦下手であるからこそ、息子の起用に消極的になっていただけにございます。思えば、リベラリスにも随分と我慢をさせていたかもしれません」


 この流れならトーハ族、遊牧騎馬民族との戦いに連れて行くと言われかねないのに、随分と肝が据わっている。

 エスヴァンネを始めとする第二次フラシ戦争でマールバラと相対しながら生き残った者達ですら、同じ遊牧騎馬民族のイパリオン騎兵に壊滅されてから十年と経っていないにも関わらず、だ。


「作戦を変更いたします」


 声は朗々と。

 自信に満ちて、全軍に指示を飛ばす父のように。


「グライオ様とメクウリオ様の指揮する第二軍団でフラシの完全鎮圧を行います。此処を断ち、海峡封鎖を以てプラントゥムの西方を完全に塞いでしまいましょう。


 また、第七軍団の編成も変えます。軍団長補佐筆頭にスペンレセ、騎兵隊長にヒブリット。軍団長補佐にポタティエ、コパガ、ユンバ。軍団長は、一時スクトゥム様預かりといたします」


 カリトンの子であるが、カリトンほど軍事的才能があるとは言えないのがスクトゥムである。

 しかし、カリトンの才能の内、拠点で粘り強く戦う才能だけは受け継ぎ、さらに昇華させているのだ。


「クイリッタの代わりの第八軍団の軍団長はヴィエレ。ただし、第七軍団の内パライナ隊とヴィルフェット隊を抜くため、その補填は第八軍団から行います。足りなくなった第八軍団には、ハフモニ戦線からテラノイズ様、ビユーディ様を引き抜き、投入。ピオリオーネ攻略を目指し、攻撃を仕掛けます。

 ジャンパオロ様率いる北方軍団はテュッレニアまで撤退。北方動乱に備えつつ、予備戦力として控えていただきます」


 そして、此処からが新設。


「ファリチェ様、リャトリーチ様を主体に、ヴィルフェット隊を加えた部隊でフロン・ティリドと呼ばれている地方の視察に行ってもらいます。リベラリス様ら、本国で実績を多く重ねた方々も、この未開の地への偵察に行ってもらうつもりです」


 フロン・ティリドは、プラントゥムの付け根に作った三角植民都市群の北方に広がる一帯の総称である。


「この冬も少しだけちょっかいをかけられたそうですから。そのお礼と、本当に肥沃の地が広がっているのかを確かめてきてもらいます。これまで伝わってきている情報が本当ならば、此処をプラントゥム攻めの後背地としてしまいましょう」


 マフソレイオからプラントゥムは遠いから、だけではない。いや、むしろこの二つは海で繋がっている以上、エリポスの奥地に運ぶよりも輸送費用が低く済むのだ。


「元老院からの支援を十全に受けられなくなった時のために、でしょうか」

「はい」


 だと言うのに、アレッシアからウェラテヌス派の多くを引き抜くのは、やっていることが違う。その反論を、アルモニアは口にはしないでいてくれた。


「それから、父上の遺言通りに配った財と等量の物を東方諸部族の有力者に配りましょうか。ただ、輸送に多くの手間がかかりますから、その分の貢納財の減免が良いでしょうかね」


「受け入れるでしょうか」

 アルモニアが言う。


「多くは受け入れますよ。彼らにとっても大きな利益ですから。そして、住民には正確に伝えなければ良いだけです。


『アレッシア人のみ』が受けられる優遇措置であるとは言わず、自らの交渉の成果でも、私からの恩寵でも、父上が気を配っていたとでも。何とでも。


 大事なのは、旧ハグルラーク勢力とエリポスの反乱組織が、自分達の後方に位置する東方地域もアレッシアになったのでは無いかと疑うこと。


 蜂起軍はエリポス全土に糾合をかけているようですが、母体が違う者達が集まろうとしているだけの集団です。一つずつに牽制を加え、自分の土地が攻められるかもと思わせられるだけでも兵数は大きく減らせますよ」


 客将マールバラも若き猛者ジナイダも失っているが、ボホロスは未だに一万を動員できる大国だ。バーキリキを失っているが、ユクルセーダは若き国王は健在であり、復興が進んでいる。クルカルの子であるビルダリも、軍事教練をしっかりと続けていた。


 そして、彼らの勇名はマシディリがエリポスにも広めている。


 警戒を解けないのは当然であり、アレッシアが強大であればあるほど、蜂起軍に賭けきれなくなる可能性が高いのだ。


「ただ、元老院からの反発は予想されます。その時は、頼みますね」

「お任せください」


「あと、情報を漏らしている者もおります。どうか、お気を付けください」

「情報を?」


 今度は、マシディリからアルモニアの方へと膝を詰めた。

 アルモニアも尻の位置も前に出し、マシディリに近づいてきてくれる。


「アビィティロからの情報なのですが、ラドイストの者達が「聞いていた話と違う」などとこぼしているそうです。春の大攻勢の予定も知っていました」


 もちろん、完全に秘匿していた訳では無いが、軍事行動である以上漏らしたい情報では無い。


「それから、旧式の、それこそ父上が最初期に元老院に提供したスコルピオが出て来たとも聞いています。設計図も工房に端材らしき物も足りていなかったことから、運び込まれたものだと考えられています。無論、父上は外国に輸出はしていません。


 極めつけは、メガロバシラスに届いた檄文です。


 エキシポンス陛下曰く、半島に攻め込むことを考えていないにも関わらず、アレッシアに勝てるつもりでいる、アレッシアが完全に言うことを聞いて風下に立つ気でいる文章だった、と。まるで、エリポスの思い通りに向かわせようとする者がいるかのような」


 アルモニアの眉間の皺が濃くなる。

 険しい表情は、数多の視線を潜り抜けて来た歴戦兵のそれだ。


「私の方からも、探してみます」

「お願いいたします」


 エキシポンスは、提案するならメガロバシラスが削られる前にするべきであり、今の提案はメガロバシラスのエリポスでの権威を下げるための小癪な策だと言っていました。


 そう、離れながらマシディリは付け加える。

 アルモニアも頷いていた。メガロバシラスをもっと削れと言ってきたのは、旧ハグルラーク勢力や旧アカンティオン同盟である。


 制限をかけてきているアレッシアも憎いが、同じエリポス諸国はもっと憎いのだ。その上、エキシポンスはウェラテヌスの人質として過ごしてきた者。親アレッシア派である。


「最後の一押しをソリエンスが担ってくれて助かりました」


 紙を揺らし、アルモニアも手に取れるように机に置く。

 アルモニアがそっと手を伸ばした。だが、読み進めているのをただ待つことはしない。


「あとは、どう発布していくか、ですね。

 アルモニア様。今度、アルモニア様とサジェッツァ様と私で会談を開くことは可能でしょうか。いえ。誘う時の名目は、元老院の議長と第一人者、それから最高神祇官で決を採りたい、としたいのです。

 ああ、それとも、執政官も入れた方が良いでしょうか。平民が少ないとなると、民会、いや、クーシフォス様に最も反抗的なオピーマ派の方が良いかもしれませんね」


 そうなると数が増えすぎるか。

 いやいや、貴族だけで決めたとみられるのも困る。インフィアネは平民だ。待てよ、その場合は建国五門会議で決めるのは不味いのでは無いか。


 そんな風に、思考が回転し出す。


「マシディリ様」

 その回転を強制的に止めたのは、アルモニアの力強い声。


「何故、宝石に価値があるかお分かりですか?」


 思考の方向は、当然大きくかわらざるを得なかった。


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