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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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ナンバーツー Ⅱ

「今回の遠征で、アミクスを受け皿としてイロリウスの残党を使おうと思っております」


 音の外れた笛の音を脇に置き、マシディリは告げた。

 アルモニアが「アミクス様との信頼関係は崩れていないとは、エスピラ様も申しておりました」とやさしく相槌を打つ。


「それに、敵はハグルラークの残党もいるようですから」


 ハグルラークを大きく取り立てたのは、イフェメラだ。

 そのイフェメラの遺児を使い、乱の小規模化を図るのである。此処で大きな戦果を挙げられればそれに越したことは無いが、初めての仕事だ。難しいだろう。


 故に、基本は最精鋭で以て遊牧騎馬民族を叩き潰したいのだ。

 そのためのラクダ騎兵でもある。


「現地の情報部隊は、やはり、芳しく無いのでしょうか」


 アルモニアが声量を下げる。

 マシディリは唇を巻き込んだ後で頷いた。


「彼らからすれば絶好の交渉の機ですから。代替わりで、なおかつエリポスで変事が起こっている。これ以上ないほど彼らの力が必要とされていて、裏切られたらウェラテヌスも困るのは確定的。その自負があるからこその行動でしょう」


「如何されるのですか?」

「アレッシアは剣でお返しする。脅しに屈するつもりはありませんよ」


「それでよろしいので?」

「代替わりの度に給金をあげていけば、その内特権と化し、ウェラテヌスやアレッシアを脅かしかねません。父上が作った組織だからこそ、私がどう引き継ぐかが大事なのです」


 外れた笛の音が、止まった。


「では、ソルプレーサ様もエリポスで用いては如何でしょうか」


 アルモニアが膝を前に出す。

 マシディリは、少しだけ上体を折り曲げた。


「ソルプレーサ様を?」


「はい。一番信用できる者である必要があるからこそ、ソルプレーサ様からレグラーレ様に代わったのだとは私達は理解できますが、皆が理解できる訳ではありません。

 決してソルプレーサ様を外した訳では無いのだと、誰もが理解できるように用いることで彼らの不安を払しょくしてやれば、交渉も多少は楽に進みましょう」


「何事も、寛容性と厳罰で天秤を取らねば、と言うことですね」

「はい」


 早足の音が近づいてきた。

 礼を言ってから、マシディリは元の位置に戻る。


「旦那様」

 インフィアネの奴隷だ。

「ソリエンス・オピーマと名乗る者が今すぐにお会いしたいと、門の前に来ております」


 ああ、とマシディリは音もなく嘆息した。

 紛れもなく、ソリエンスである。らしいと言えばらしい行動だ。


「私に会いに、ですか?」


 アルモニアの目が、マシディリにやってきた。

 でしょう、とマシディリも頷く。アルモニアが、こちらに案内するようにと奴隷に頼んだ。


 アルモニアとソリエンスは面識が無いはずである。

 だから、本当に用事があるのはマシディリに対して。


 そこまで見通していたが、流石にソリエンスの格好は予想外であった。


 濃く染色した青・赤・草の色の布を切り継ぎして作られた服である。その上、頭には不格好な、完全に鬣が毛羽立っている獅子の被り物のような帽子。首には七種類の笛をぶら下げ、一つを口に加えている。


 流石のアルモニアも、笑みが固まっていた。


「ソリエンス。その格好は?」

 マシディリは、幼い日のスペランツァの奇行に対して問うような声を使う。

 ソリエンスの目が、体ごとやってきた。


「父上の喪と兄上の離婚祝いと婚約祝いをいっぺんに行おうとしたら、こうなりました。功、成りましたでしょう。孝行な弟なんですから」


「相変わらずだね。御母堂には怒られなかったかい?」

「ため息いっぱい」


 ぱ、とソリエンスが両手を広げる。

 アルモニアも懐の深い笑みに切り替え、座るように勧めていた。奴隷がすぐにソリエンスの分の茶を持ってきて、ドライフルーツも再度現れる。


「お気遣いなく」

 ソリエンスは言いながらも、机に置かれた直後のドライフルーツをすぐに手元に寄せている。


「何かあった?」

「お困りなのはマシディリ様」


 ぞぞ、と茶を飲み、熱い! と勢いよくソリエンスが陶器を置いた。


「プラントゥムに行ってきます」


 そして、アルモニアの心配の言葉も置き去りにする。無論、マシディリ達の理解も。


「優れた外交官の弁舌は一個軍団にも勝ります。エスピラ様のエリポス遠征はまさにそれ。そーれそれと弁舌で一気に諸都市を分断して軍団でほーいほいと片付けていく。そして、最後はメガロバシラスをたった一個軍団でどかん」


「まあ、そうだね」

 アルモニアの顔が、先よりも速度を増してマシディリにやってきた。

 表情は変わらないが、半ばついていけていないのだろう。マシディリも、ソリエンスの世界に完全についていけている訳では無い。


「スィーパスの兄上は失敗続き。父上の男根からやり直せと言いたいほど」


 そっちの表現はあまり聞かないな、と思いつつも、口は挟まない。


「ヘステイラは野心溢れる娼婦。イエネーオスは優秀過ぎるナイフ。フィラエも殺してしまったスィーパスの兄上は疑心溢れる凡夫。父上の葬儀を行うも死体は無く、兄上が正統。弟妹の回収にも成功。人質も失ったスィーパスの兄上は、もう良いところなし。どうして生きているんですか? 邪魔だなあ。嫌だなあ。そんな感じ」


 苦笑いに変えつつ、マシディリはアルモニアに視線で合図をした。

 口をはさむ必要はありませんよ、と。ソリエンスの説明は、此処からくるはずなのだ。


「でも、そこに僕が行けばあら大変。成人した兄弟が手に入るだけではなく、オピーマの後継者を、スィーパスの兄上の中では争い合うこともある存在が自分を立てるのです。しかも、それなりに優秀と来たもんだ。


 重用したくもなるでしょう。そうでしょう。グランディ・ロッホの改築には僕も関わりましたから。えっへん。


 つまり、スィーパス政権の大事なところに入り込める訳です。その上、プラントゥムの国力増加政策も進言し、本気で富ませることもします。そうなるとますますスィーパスは僕を重用する。僕も、アグニッシモから少しは現地の言葉を学んだので、個人的に信頼関係を築くことだってできますよん。


 そうして内側に目を向けさせつつ、富ませたプラントゥムをマシディリ様の再侵攻と共に裏切るのです。くるりん、と。


 そうすれば、あら、どうでしょう。

 マシディリ様が大軍で為そうとしたプラントゥム制圧が、スィーパス排除に必要な僅か二個軍団で済んでしまいます。これぞまさにエスピラ様をほうふつとさせる成果。


 神の子誰の子エスピラ様とメルア様の子、ウェラテヌスの新当主マシディリ・ウェラテヌス。


 ってな具合で。

 どうです?」


「最後のよいしょは別に要らなかったかな」

「本当に申し訳ないと思っているから、もう謝りました。雷よりも速く」


「そうかい」

 腹を揺らしながら、考える。


 確かにソリエンスは優秀だ。能力は高い。裏切る可能性も低い上に、現状では裏切られたら裏切られたで他の者を用意できる状態だ。戻ってきた時に重要な役職を任せる重大な手柄にもなる。


 ともすれば、オピーマの分家として確立させることも、エリポス人系列の血が半分入っていてもアレッシア人であるとマシディリが公言できる。きっと、ソリエンスの母親もソリエンスがアレッシア人として生きていくことを望んでいるのだから、悪くは無い話だ。


「ソリエンス」

 故に、マシディリはソリエンスに近づいた。


「此処だけの話だけど、オピーマにフィチリタを預けられる決断が出来たのは、ソリエンスがいたからなんだ。ソリエンスがいるからこそ、フィチリタは孤立しない。オピーマとウェラテヌスの仲が断絶することも無い。ソリエンスを、誰よりも信用しているからだよ」


「認めてくださりありがとうございます。喧嘩別れしたことにした方が都合が良いので、これで」

 ぐびびび、とソリエンスが上を向いて茶を飲みほした。


「あづづづづ」

 叫びながら、礼だけしっかりと取って脱兎のごとく去っていく。

 相変わらず、アルモニアの理解を置いていく速度だ。


「あの派手な格好では、通りすがりの人ですら忘れるのは難しいでしょうね」


 苦笑しながら、マシディリはソリエンスが座っていた位置に残っている羊皮紙を手に取った。そこに書かれているのは、もちろん、ソリエンスが考えている計画の詳細であった。

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