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血の繋がらない親類

「アレッシアに侵略しようとした大王の方で良いんだよな?」


 上官と言うよりも友人としてのような声音だったため、エスピラも友として言葉を返した。


 名も知らぬ青年だけが少しだけ表情をこわばらせている。

 不快感に近いだろうか。


「ああ」

「引き際か?」


 定石通りならマールバラはサジェッツァの軍団が突撃した方向の逆側、しかもグエッラの軍団を挟んだ向こう側に居たはずなのである。

 それなのに、すぐさま撤退を決行し、被害も少ないままに彼方に消えていった。


 少なくとも、エスピラにはこんな判断を下せる自信は無い。


「それもあるが、私が率いていた歩兵第三列は回り込んだ位置にいたハフモニの軍団を目撃している」

「別動隊が突破したのではなく?」


「装備が報告と違った。見張り部隊はフラシ騎兵などのハフモニ本国に近い場所の兵、武具だが今回見えたのはプラントゥムで良く見られる武具に見えた」

「勝つ方法はあったが、犠牲に見合う勝利ではないと判断したか」


 判断がやけに早いなと思いつつ。


「幸か不幸か、エスピラが演説で出した大王の例がマールバラが大王以上だと認識させられるのに役だったな」


「取り戻せるか?」

 アレッシアの主導権を。


「次はコルドーニ様の番だろう。今回の戦いでは重要な役割を果たして自信を深めつつもいわば目立った戦果にはならなかった。セルクラウスの名誉にかけて、前々から考えていた大規模軍団での会戦を実行に移すだろうな」


「会戦に応じるとすれば、と言っていたな」


 エスピラとて半ば予想していたことではあるが、これでコルドーニがエスピラの味方をしていたことがすんなりと腑に落ちた。


(元から見ている方向が違い過ぎたか)

 今回の軍団は。


「どうする?」


 窺うような様子は全くなくサジェッツァが聞いてきた。


「カルド島以来の兵はこの二年で四か月も休んでいない。流石に、来年は休ませる。それぐらいの権利はあるだろう?」


(イフェメラは、止められないか)


 イロリウスの家のこともある。優秀だとエスピラが密かに目をかけている若者は、来年の軍団に参加してしまうだろう。


「そうだな。今回の戦いを見てもそれが良いと私も思う」


 サジェッツァが同意した。

 それから、サジェッツァの纏う雰囲気が少し変わる。


「私はこれからマールバラの動きを封じるために戦略を立て直す。戦死者の報告と遺族への手当、死体の運搬の手配の一切を任せる。良いか?」


「お任せください」

 軍事命令権保有者としての言葉に、エスピラは副官としての態度で応えた。


 頭を下げている間に、金属音がやや乱れる様子が耳に届く。


 顔を向ければ、鎧も剣も外し、ぼさぼさの髪と短剣、それから慌てて整えただけのようなトガを纏ったグエッラが自身の軍団の軍団長補佐を連れてこちらに来ていた。軍団長であるフィガロットはいない。


 かちゃ、とシニストラの方から剣に手をかけたような音がした。

 グエッラが、地面に膝をつく。


「サジェッツァ様」


 無言でサジェッツァが半歩前に出た。


「この度は、散々なことをしてきた私共を助けて下さり誠にありがとうございます。数々の無礼を働き、今回もまた余計な手出しはするなと言っていたのにも関わらず、命を賭しての行動、私などには決断できないことでありました。本当に、本当になんと言って良いのか」


 下を向いているグエッラの頭が少し揺れている。


「気にするな。アレッシアの民としてアレッシア人を守るのは当然のこと。何も特別なことはしていない」


 サジェッツァがいつも通り淡々と告げる。



「私は、私は。今。アレッシアの貴族の何たるか、建国五門の精神とは何なのかが身に染みて分かりました。アレッシア人として何が正しいのか、父祖の意思を正しく継いでいるのは誰なのか。愚かな私には何も見えておりませんでした。


 サジェッツァ様。いや、我が父祖と並びしお方。

 もし許していただけるのであれば、今一度私に副官として貴方様に仕える機会をいただけないでしょうか。次は、次こそは必ずや貴方様の力になります。全力でお支えします。


 何卒、アレッシア人として恥ずべき行動をした私の血を、貴方様の輝かしい意思で再びアレッシア人の血に戻したいのです」



 サジェッツァがエスピラを見て来た。


 エスピラは、どうぞ、と肩をすくめる。


「また頼む、グエッラ」

「ありがとうございます!」


 膝を引きずりながら素早くグエッラが近づいて、サジェッツァの指輪に口づけを落とした。


 そして言葉通り、グエッラはこの後自ら独裁官の地位を返上してサジェッツァの副官に戻ったのだった。



 元老院の決議を待ち、カルド島から戦い続けた兵を含めた一万がエスピラを代理の司令官として雪が降り積もる前にアレッシアに帰還する。次いでアグリコーラ近辺から集めた兵の内三千ほどがフィガロット共に雪がちらつく中、山を越えて帰還した。


 最後にグエッラと一個軍団七千八百を残して独裁官の期限が過ぎたサジェッツァが全軍と共に雪の中をゆっくりと軍団を解散させたのだった。




「お疲れ様です」

「出迎えご苦労」


 エスピラは奴隷たちに返しつつ、抱きかかえていたクイリッタを下ろした。


 や、や、と袖を掴んでむずがる次男坊をなだめながら温かいもので釣って離れてもらう。一緒に最後の軍団の出迎えに言っていたマシディリはクイリッタをなだめている間にどこか距離を感じるほどの礼儀正しさで家の中に入って行ってしまった。


 少し、寂しい思いもある。


 暖を取るように抱きかかえていたクイリッタが居なくなったこともそうだが、マシディリの態度が寂しいのである。


「父親も大変ですね」


 少し離れていたソルプレーサが労うと言うより笑うようにそう言った。


「どこか良い家でも見繕ってやろうか?」


 ソルプレーサが首を隠すように肩をすくめる。


「もっと戦争で手柄を立ててからの方が良い家がやってきますので、まだ遠慮いたします」

「そうか。……ユリアンナはやらんぞ」

「エスピラ様を義父上とは呼びたくないので遠慮しておきます」

「ユリアンナでは不満だと言うのか?」


「面倒くさいですよ」

「まだ父上と結婚するとも言われて無いんだからな」

「メルア様のいる前でそんな発言はできないでしょう」


 そのメルアのお腹は今では大分大きくなり、毎日のようにメルアの体調を確認し、奴隷とその日の食事と運動の打ち合わせに時間を割くのが最近のエスピラの仕事の大半である。


 要するに、ほとんどアレッシアでの仕事は無くなっているのだ。


 そうでなくとも、アレッシアに居る間にメルアが妊娠していれば同じことをしていたのだが。


「ユリアンナは意外と図太いからな。少しばかりリングアに分け与えて欲しいほどに、ね」


 次男と同じく良く泣く三男を思い浮かべて、エスピラは口元が緩んでしまった。


 文句を言いつつも泣くのは子供の仕事。別に、リングアが情けないとは思っていないしどんどん泣いて良いと思っている。


「泣くのは赤子の内だけかもしれませんよ」


 ソルプレーサが笑っている間に、奴隷が書斎の扉を開けた。

 エスピラが先に入り、ソルプレーサが続く。


 扉が閉まってから、手紙がエスピラの目の前に。


「マフソレイオからです」


 ソルプレーサが声量を落とした。

 封をされているパピルス紙に描かれているのは、ズィミナソフィア四世のサイン。


「良い話、ではなさそうだな」


 ただの直感だ。

 それに、良い話なら手紙より先に噂で伝わってきているとも思っている。


「近々マフソレイオから使節がやってくると言う話もあります」


 言って、ソルプレーサが一歩離れた。

 エスピラは手紙を開ける。


 つらつらと、マフソレイオの言葉で手紙が綴られているが何よりも印象に残ったのは一文。一部分。

 そこだけを、エスピラの目は何度も往復する。


「何か、ございましたか?」


 ソルプレーサの声が脳を滑りながらも、エスピラは口を開いた。


「ズィミナソフィア三世が、マフソレイオの女王が御隠れになったらしい」


 ソルプレーサの息を飲み音が、エスピラの鼓膜を揺らした。


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