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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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目的(未)達成

「ラドイストの鎮圧が完了いたしました」


 会議再開後、マシディリは座りもせずに真っ先に告げる。

 反応の大きさは各々。されど、誰もが驚きをどこかに浮かべている。


「アレッシアを発った軍団がもう到着したのか?」


「いえ。彼らは、順調なら今頃ディティキを発った頃。先んじて発ったアグニッシモの悪友達とビュザノンテンからの部隊だけで陥落させました」

 その数、九百。しかも攻城戦装備は無いに等しい。


「どうやって、ですか?」

 ジャンパオロの疑問は、他の者も抱いていると思っても問題ない疑問だ。


「火計を用いて。ですね。

 ラドイストは人も物も待っていたようです。その隙に人が入り、火をつけていった、と。街並みは燃えていますが、街門の守備兵はアレッシア兵が雪崩れ込むことを恐れて門を開けなかったそうで。ラドイストは、灰燼の街へと変わりました」


 アビィティロは上背があれば性別年齢問わず人を集め、鎧を着せて歩き回らせていたとも報告が入っている。そうして警戒させた中で、街に火を放った。


「作戦の発案者はアグニッシモですが、認可と修正はアビィティロが行ったそうです」

 ゆっくり告げ、机に手のひらを置いた。全員を見回しながら、右の眉を持ち上げる。


「此処にいる皆さんならお分かりですね」

 返事は無い。構わない。


 この五門会議で、マシディリは自身の軍事命令権の確立と最高神祇官への推挙に近い言動を手に入れることが出来たのだ。


 目的は、既に達している。

 ナレティクスの立ち位置もしっかりと分かったことで、ジャンパオロも達していると見て良いはずだ。


「第三軍団を即座にエリポスに移動させます。トーハ族には、私が当たりましょう。ティツィアーノ様と第四軍団もエリポスに。最強の二個軍団で事に当たります」


「スィーパスは?」

 ヴィルフェットが顔を上げる。


「そのあたりも含め、少々お時間を頂きたく思います。決まりましたら、また、報告いたしますのでご安心ください」


 ヴィルフェット以外にも伝えるために、丁寧に言い放った。

 同時に、干渉を受け付けないとの意思を滲ませておく。


「分からないな」

 放言は、ルカッチャーノ。


 本当に分からない訳ではあるまい。

 そう思いながらも、マシディリはにゅうわな表情を変えずに口を動かした。


「ラドイストで防衛はできません。統治も厳しいでしょう。それに、要地が無くとも放火が行われれば、エリポスは説明を求めてきます。彼らは、きっと未来永劫アレッシアを見下す意識でいますから。


 だからこそ、アビィティロは火計を選択しました。


 私を呼んでいるのです。直接来た方が良いと。トーハ族に対する懸念を伝えつつも従順に命令に従い、最高の結果を出した者を見捨てることは出来ません」


 ペリースの下で、左手を握りしめる。

 視線は、ルカッチャーノへ。此処からが、きっと求められている言葉だ。



「如何にもアレッシアを対等に扱っているような空気を出しながら、見下している者を見過ごすわけにはいきません。最初に殺されたのは、アレッシア人です。人と物を集めていたと言うことは、他にも仲間がいる証拠。


 アレッシアは裏切り者を許さない。

 同じく、アレッシアを見下す何者をも許さない。


 自身が優れた人種だと思い、自らの宗教観にこちらを『迎え入れてやっても良い』と考えている連中には、目に物を見せねばならないでしょう。


 我らが崇拝する神は、他の人が信じるモノを否定するほど狭量ではありません。それが人の助けとなり、楽しみとなるのなら認めてくださる寛容性を持ち合わせています。人が信じすがるモノが、排他的であってはなりません。


 我らが排他的になるのは、偏に尊厳を傷つけ、侵し、害となりうるから。


 己の信じるモノが絶対であり、信じない者は下等だと、疑いも無く自然に考えている連中は父上にとっても私にとっても我慢ならない存在ですから。


 アレッシアを守るために、エリポスへの全力投入こそ重要だと判断いたしました。私も、アビィティロも。


 この意思を誰よりも強く共有できるのは、父上の子供達である私や弟子であるティツィアーノ様であるとも信じています」


 ルカッチャーノの視線は、変わらない。


「私もエスピラ様の弟子だ」


 言い切る様も、微塵も疑っていない様子も今まで通り。


「私はフィルノルド様を今後起用することはありません」


 マシディリも、きっぱりと言い返す。

 一拍置き、もう一度。


「スーペル様は父上に仰ったそうです。スーペル様やルカッチャーノ様に対して役職を用意しなくて良い、と」

「エスピラ様は、建国五門の助けを心の底から求めていた時もあったと言っていたらしいな」


「スーペル様はウェラテヌスによる起用を以て「ウェラテヌスの下に入れと言われた」と騒ぐ者はただ喧嘩したいだけの役立たず、と申したそうですね」

「私が役立たずだと?」


 言葉は静かに。お尻もずっと席に着いたまま。ルカッチャーノの腰が動くことも無い。

 手も、握りしめられることなく机の上に両方とも置かれている。


「非常に優秀な方です。別動隊を任せる際、ルカッチャーノ様なら安心できましたから。それに、タルキウスが役立たずを当主に据えることなどございません。

 ですが、代わりばなの一撃を目論まれたのか、今日のルカッチャーノ様がやや攻撃的であったことは否めません」


「私は助け舟となる提案をしていたはずだが」

「感謝しております」


 普段通り目を閉じ、慇懃に伝える。

 ルカッチャーノの返事はすぐにでは無い。他の者が発言をする様子も無かった。


 目を開ける。

 ルカッチャーノは変わらず。

 ヴィルフェット、ジャンパオロはずい、と茶の最後の一滴を呑んでいた。サジェッツァも、マシディリを見てきている。


「パラティゾ様と物資に関して調整を重ねなければなりませんので、これにて失礼いたします。今日の埋め合わせは、また後日。遠征計画が策定出来次第ご連絡させていただきます」


 もう一度目を閉じ、ペリースを揺らす。

 サジェッツァからの解散宣言は、すぐに発せられた。


(さて。どうなるでしょうか)


 アスピデアウスに対し、二人の息子の変わらぬ重用は伝わったはずだ。

 タルキウスに対しても、ルカッチャーノの目論見によるモノとは異なるが、対等の家門であるとの約定が生きているし、尊重しているとも伝わってくれたはず。


 ニベヌレスがウェラテヌスの意向に従うだけの存在では無いと伝えきることは出来なかったが、五門会議と言う狭い場でやらなくても良いこと。ナレティクスに関しては、今後、感謝を示すことで意図を受け取ったと伝えるべきだろう。


「レグラーレ」

 邸宅を出る前に名を呼ぶ。

 すぐにレグラーレが現れた。


「エリポスでの情報網に大きな綻びが出来たようです。初の大仕事ですね」

「最近はマシディリ様の丁寧な言葉遣いが怖いですね」


 声を上げ、口元だけで笑う。


「代替わりを突いて待遇の改善を求めるのは良くある話ですよ。ですが、仕事の質が落ちた者に上げる給金はございません。蓄えもあるでしょうから、隠居していただきましょう」


「すぐに選定を開始します」

「その前に、連絡も」

「かしこまりました」


「ああ。アミクスにも、会おうと伝えておいてください」

「すぐに」

 険しい視線と固まった表情筋は、此処まで。


「父上!」

「兄上」


 外に出れば、すぐに表情がほぐれた。

 ラエテルとセアデラだ。

 エリポスの動乱に備え、責任を負えないから、と言ってジャンドゥールが護衛を付けて送り返してきてくれたのである。


「おかえり。エリポスは、どうだった?」


 両手を広げれば、愛息は一目散に駆け込んできてくれた。

 愛弟は、その様子を遠くから見ているだけ。


「楽しかった! あ、でも、ドーリスは人が少なくなっていて、ジャンドゥールの物価はドーリスよりも低かったよ」


「そうか」

 明るく返しつつも、なるほど、と理解する。


 ドーリス人傭兵が、出回っている。その情報すらラエテルがもたらすまで入ってこなかった情報だ。あるいは、アレッシア内部にも情報を漏らそうとしている人がいるのか。


 そして、ジャンドゥールは我関せずを貫くつもりらしい。


「セアデラはどうだった?」


 尋ねつつ、愛弟に対してもペリースを跳ねのけるようにして手を広げる。

 セアデラは、ため息を吐きつつも近づいてきてくれた。

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