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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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探り合い Ⅲ

「エスピラは、軍事的な才能が他の才能に比べて秀でている訳では無かった。だが、マシディリは軍事的な才能も非常に高い水準にある。アレッシアのためにも、軍事に関わらせないと言う選択肢は無い」


「軍事命令権はマシディリ様にあるのは知っております。私も、軍事に関わらないで欲しいとは言っておりません。多くの権限が一気に流れ込むぐらいであれば、まずは代わりの効かないものからやっていただいた方が良い、と進言しているのです」


「厳しいことを言わせていただきますが」

 ジャンパオロが声を張り上げた。


「軍事面に於いてマシディリ様の代わりが務まる者はグライオ様ぐらいです。他の誰も、フィルノルド様であっても、代わりは務まりません」


 気づけば多く死んだものだ。

 そう思い、マシディリは目を閉じた。


 マルテレス、イフェメラ、オプティマ。優秀な戦術家は多く居た。敵にももちろん。マールバラ、バーキリキ、アリオバルザネス、アイネイエウス、ハイダラ。


 全員、死んでいる。


「メガロバシラスに遠征し、時の第二王子を人質とした時から、既にトーハ族に対する策は始まっていました。マフソレイオとの会談で得たラクダ騎兵もトーハ族に備えてのこと。

 最高神祇官も軍事命令権もマシディリ様が持つのがアレッシアにとっての最善だと考えております。永世元老院議員は、時期尚早だと私も思いますが、そのことに関してはエスピラ様も許してくださると信じております」


「私もエスピラ様の弟子だ」

「一世代飛ばしての当主就任などはタルキウスにしかできない画期的な行動だと私も思っております」


 言い切るジャンパオロの椅子は、少しだけマシディリの方に来ていた。正中線は会話相手であるルカッチャーノに向いている。


「私も、その恩恵を受けている一人です」

 ヴィルフェットが言う。


 ルカッチャーノの目が一瞬だけヴィルフェットに行き、すぐにジャンパオロに戻った。が、またヴィルフェットへ。儀礼的であるかのように数秒留めている。


「ですが、そもそもこの話がおかしいと思います。


 軍事命令権保有者はマシディリ様。助言と言う形ならまだ分かりますが、今、他の四門が行おうとしているのはまるで干渉。最高神祇官の話とは全く別の問題にしなければならない話題のはず。


 軍事面に於いて自らの意思を突き通そうとするのは、まさに元老院に刃を向ける行為。


 ええ。エスピラ様がとりつけた後方支援に対する権限に影響を及ぼす決定を下した二枚舌の元老院に対して憤る気持ちは良く分かります。ですが、元老院を切った刃でエスピラ様まで切りかかる行為は容認できません。


 上も下も無く、軍事行動に於いてマシディリ様が下した決定を形にしていくのが共和政としての正しい在り方。


 理想の形、共和政、世襲への懸念。


 どのように言葉を取り繕っても結構ですが、私には自らが独裁者になりたい者がマシディリ様の権限を制限しようとしているようにしか見えませんでした。


 お爺様から聞いていた五門会議とは、アレッシアを思う集まりでしたが、此処もエスピラ様がいなくなったことで権力を握ろうと汚い足を伸ばす人々の集まりなのでしょうか」



 ヴィルフェット、と静かに呼びかける。

 言葉が過ぎるよ。そう、窘めて。


 尤も、ウェラテヌスがニベヌレスに指示を下した、と言う訳ではありませんがね、と最後に苦笑した。


 陶器を持ち上げ、ゆったりと茶を流し込む。ドライフルーツも同時に口内に入り、嚥下した。


 ナレティクスとニベヌレスは強力な味方だ。

 無論、違いはあるだろうが、基本は好意的であり話し合いで解決する問題も多い。


 対してタルキウスは独自路線。アスピデアウスは元々孤立気味。いや、元老院に於いては数に勝っていたアスピデアウスへの対抗策の側面もあるのが五門会議の開催目的だ。


 ならば、アスピデアウスに近づけばタルキウスの意見に同意してくれるとの目論見もルカッチャーノにはあったのだろう。


「ただ、助言、と言うのであればいただきたいモノがあります。

 今回、ディファ・マルティーマやカルド島を含めて多くのウェラテヌスの財を使いました。これらは、国庫から補填してもよろしいのでしょうか。それとも、ウェラテヌスが負担しなければならないのでしょうか」


 ある限りは国庫から負担する。

 それがアレッシアで良く行われてきた活動だ。無論、無い場合もあり、その場合は軍事命令権保有者が負担してきたことも多い。あっても負担した場合もある。


 そして、今は国庫に潤沢な財がある。

 サルトゥーラ・カッサリアが土台を作り、エスピラが補強を重ねた財が。


「聞くまでも無く、国庫から補填するべきモノだ」

 最初の返答はルカッチャーノ。


「今回の遠征に関しては元老院の決定前だ。冬営地への供給もウェラテヌスの独断。国庫から補填したいのなら、元老院を通してからだが、基本はウェラテヌスで持つモノと思った方が良い」


 違うことを言ったのはサジェッツァ。


(やはり、ですか)

 タルキウスとアスピデアウスは協力体制には無い。タルキウスが一方的に探っている形だ。


 そして、ウェラテヌス派から孤立したのはタルキウス。

 この場合、最終的にはサジェッツァの意見の方がウェラテヌスに利益がある。


「元老院を通した結果、懐にしまい込んだアスピデアウスが言うと説得力が違いますね」


 ジャンパオロが顎を引く。

 そう。利益はサジェッツァの意見だが、五門会議の意義としてはサジェッツァの意見はよろしくない。


「元老院を通せば意思が曲がることもある。この場で決めても、元老院が大反対する要因にはならない問題だと思いますが」


 ルカッチャーノも、五門会議に力があった方が嬉しい側。いや、最も恩恵が大きいと考えているのかもしれない。


 ウェラテヌスとニベヌレスは年少。ナレティクスは出自に引け目がある。アスピデアウスは、元老院に出れば出席可能者に於ける最大派閥として幅を利かせている。


 タルキウスが意見を通しやすいのは五門会議に力があってこそ。

 五門会議内で意見を通せる土壌も、今までにないほど揃っているように見える。


(まあ)

 アスピデアウスが味方になりにくいと判断したからこそ、今日初めて意見を対立させたと思えば、既にタルキウスの考えは瓦解しているのかもしれない。


 マシディリは、皿に残っているドライフルーツを手に取り、口に運んだ。

 ゆっくり咀嚼しながら、喧々諤々の言い合いを眺める。


(五門会議である必要は無いのですが)


 貴種と言う威光があるからこそ、まずは五門会議と言うものを父が引っ張り出しただけ。

 少数による決定を国の方針にする前例を作り続けるのが目的であれば、別の形でも良い。


 それこそ、元老院の第一人者と議長、実力者、最高神祇官、民会の実力者、などだ。

 その場合は、サジェッツァ、アルモニア、グライオ、マシディリ、ファリチェ、となるだろうか。グライオとファリチェを呼び戻す必要はあり、他の派閥の者も少し加えるとなると数が増えすぎてしまう。


 性格を考えても、グライオを抜くべきか。

 そうした会議を開けば、省かれたと思ったルカッチャーノはどう出るか。


 少なくとも、アスピデアウスとの共闘は消えるだろう。でも、タルキウスとアレッシアが険悪になるのも望ましくは無い。


(とは言え、売られた喧嘩を放置するのも当主としては良く無いのでしょうね)


 父の庇護を、改めて痛感する。

 ある意味では理想主義者でいられたのも、父がいたからこそだ。


 今は、マシディリが理想と現実の天秤を調整し、舐められないように守りつつも柔和な態度を取らねばならないのである。


「失礼いたします」

 廊下から、奴隷の声がした。

 議論が一度収まる。


「レグラーレ様が、マシディリ様に至急お会いしたいと仰せになっております」

 マシディリに三対六つの目がやってきた。


「少し休憩にしよう」

 そう宣言したのは、唯一マシディリに視線を向けなかったサジェッツァ。

 では、と一足先に、マシディリは部屋を出た。

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