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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十五章
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探り合い Ⅱ

「共通の候補者を立てるつもりは無い。ただ、互いにそれが良いと思う候補者が一致した時に協力を惜しむようなことは無いだけだ。


 タルキウスは、タルキウスの思う者を支持する。

 もしもマシディリ様が多方面の敵について思案しているのなら、一部はタルキウスが受け持つことも辞さない。


 確かに、マシディリ様の下に配置されることを厭う者はタルキウスにもいる。だが、今のマシディリ様の軍事命令権はエスピラ様にあったモノ。エスピラ様の命令なら、従うのも吝かではない」



 秣の調達に際し、パラティゾから探りが入っているのだ。

 パラティゾ、ひいてはマシディリの行動に対する解釈として、ルカッチャーノが『タルキウスの戦力を必要としている』と解釈するのも無理からぬ話である。



「そもそも、ラドイストの蜂起はスィーパスと関係していることなのか?」


 話題を変えるつもりだろう。

 マシディリは、サジェッツァの発言をそう解釈した。


「東方不安は元々エスピラ様が予期していたこと。軍事命令権にも当然入っています」


 ジャンパオロがしっかりとした口調で言い切る。

 ついでに、「下につくと評されるとは、タルキウスは元老院に逆らうつもりなのですか?」とも先より弱い口調で付け加えて。


「そう言う見方をする者も居る、と言う話だ。アスピデアウスほどではないが、タルキウスも大きな家門である以上多様な意見があるのは仕方がない。その中での放言が『仕方がない』では済まされないのも理解はしているが」


 両家門に次いで人が多いのはニベヌレスであるが、ヴィルフェットの本家以外は土地も小さく力が弱い。ナレティクスはフィガロットの裏切りで多くを失った。ウェラテヌスは、マシディリの弟妹関係しか一門の者がいない。


「マシディリ様が前に出来らず、中央で差配する道もあると言う話だ」

 ルカッチャーノが声量を上げる。


「グライオ様をフラシに派遣するのなら、ジャンパオロ様が東からプラントゥムを攻める。第三軍団をトーハ族に当てるのなら、タルキウスが動乱続く北方諸部族への備えに当たろう。その全てをマシディリ様がアレッシアで統括しながらであれば、確かに忙しいが最高神祇官の役目も果たせると私は信じているからな」


「北方に近いのはナレティクスです」

 ぐ、とジャンパオロが腹に力を込めたような声を出した。


「ナレティクスが監督しているテュッレニアが最北だと言うだけだ。その監督者が軍団と共に外にいるのなら、誰かが代わりになるのが最善では無いか?」


 ルカッチャーノがなれたように返す。

 事実、慣れているのだろう。エリポス遠征軍で二人は一緒だったのだから。


 ただし、歩んで来た道は違う。


 早くから頭角を現し、別動隊を任され、常に高官に居たルカッチャーノ。

 片や何度か高官を外れ、ヴィンドとネーレの死後にようやく自身の立ち位置を確立できたジャンパオロ。


 当主としての正統性も、元々本家の人間だったルカッチャーノと庶流から成ったジャンパオロでは違ってきているのだ。


「幸いにして、タルキウスには荒廃したインツィーアを立て直した実績がある。同じように荒廃していく北方を鎮め、アレッシアの版図に組み込むことへの期待も持てると思うが、皆々様はどうお考えで?


 無論、筋に合わないと言うのであれば、この物資をトーハ族との戦いに当てても構わない。嘘つき部族は、きっちりと討伐しないといけないだろう?」


 ちゃぷん、とマシディリは最後の一個をやや大きな音を立てて茶に落とした。


 くるり、と陶器を回す。流れはやや遅い。だが、回っていることは中に入っているドライフルーツがしっかりと伝えて来てくれる。


「その話で行くのなら、半島の最南端であるディファ・マルティーマを監督しているのはウェラテヌスです」


 茶に落としていた視線を、中央に向ける。


「ディファ・マルティーマを半島第三の都市にまで成長させた実績もあります。第三軍団をエリポスに、と言う話であれば、エリポスには私がそのまま雪崩れ込むのが良いのではありませんか?」


 瞬き少なく、背筋は伸ばして。

 誰の顔も見ることなく、自分本位に茶に口を付ける。


「故に都市の場所など当てにならないと言う話だ」


 ルカッチャーノの言葉に対しても、まずは茶を飲むのを優先し。

 飲み終わってなお、マシディリはドライフルーツの皿を手元に置き続けた。



「さて」



 父お決まりの言葉を、父譲りの郎とした声で、父のようにはっきりと発する。

 そうして、ようやくマシディリは他の当主たちと目を合わせた。


「現状、ラドイストの蜂起もトーハ族の南下も、スィーパスやマルテレス様との関係は明らかになっていません。しかし、エリポスが勝手に蜂起することも、その際に大きな力を借りることも父上は予期し、軍事命令権に盛り込んでいました。


 故に、この戦争に於ける軍事命令権は私にあるものだと解釈しています。


 相手はトーハ族。遊牧騎馬民族であり、約束の通じない相手。

 父上亡き後の権力の空白地帯に、我こそは、と適齢期の方々が殺到しているのは存じています。その中でトーハ族相手にも戦闘を行い、勝たんとする気概のある者はいないとも。


 そのような気概がある方は、父上の存命時から向上心を露わにし、その地位を是非とも担いたいと仰られていた方だけ。


 私が信用するのもそのような方。

 私は若輩の身であり、未だ経験の大きく足りない身。故に、人の扱いも多くは知らず、信用できる方しか起用できないのです。


 無論、起用しない方が信用できない方と言う訳ではありません」



 前置きは、此処まで。



「グライオ様には予定通り、フラシおよびハフモニの敵対勢力の鎮圧を頼む予定です。

 エリポスには、ティツィアーノ様とクイリッタを起用します。


 クイリッタは、父上の戦略を誰よりも理解していました。エキシポンス陛下と一緒に、メガロバシラス北方に築く要塞群の使用方法と発展を的確に行えるでしょう。その増築が間に合わない、あるいは虚を突かれた時にはティツィアーノ様の武勇が必要となります。


 何より、二人の性格的な相性は最悪でも能力的には非常に良い相性をしていますから。


 それから、私も予定通り第三軍団を率いて西進、スィーパスを狙い打ちます。

 いえ。スィーパスを討つだけならばこれだけの大軍は必要ありません。


 プラントゥムを制圧し、永劫アレッシアの支配下とするためにこれだけの大軍が必要なのです。その戦略を理解し、部族を調略し、確実なモノとする。そのための春の大攻勢です」


 体を、ルカッチャーノに。

 目を合わせ、一秒黙った。

 それから口を開く。


「これを聞いてもなお、私を最高神祇官に推しますか?」


 瞬きはしない。

 ルカッチャーノも姿勢も態度も変わらないが、唇だけは先よりもやや巻き込まれているか。


「正直な話を言えば、タイリー・セルクラウスから数えて三代も最高神祇官に就任するのは共和政としてどうかと考えている」


 返事がやってきたのは、横。サジェッツァから。


「お義父様。お伝えしたはずです。言い方にはお気を付けくださいと。

 お爺様のことは尊敬していますが、わざわざセルクラウスから始めるとは、悪意があると思われても仕方ありませんよ」


 瞬きは少なく視線もルカッチャーノに向けたまま、マシディリは声を少しばかり低くした。



「タルキウスの意見は変わらない」

 ようやく、ルカッチャーノが口を開く。


「相応しいと思う者を推薦するだけだ。便宜を目的とした覚えは無い。


 が、敢えて言うのなら、サジェッツァ様。エスピラ様を本当に暗殺したので無いのなら、推薦から行った方が良い。エスピラ様の遺言を邪魔したのはサジェッツァ様だと言う言説も耳にしたことがある。

 あの会談で、サジェッツァ様がマシディリ様に対して最高神祇官選挙に出馬しないように言ったのでは無いか、ともな」


 じろり、とルカッチャーノの視線がサジェッツァに向かう。


「払拭するためにも、マシディリ様に最高神祇官の職務を行ってもらい、最高神祇官として働く姿を見せることは有効だと思うが」


 要するに、ルカッチャーノもマシディリの権限を制限したい派閥の者だ。

 マシディリは、そう判断する。


 ルカッチャーノの推薦理由は、最高神祇官にマシディリを閉じ込めることにある、と。


 その先にあるのは、武の家門としてのタルキウスの復活か。

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